第12話 彼の微笑み

 新たな敵との接触


 モロキューのメンバーは、それぞれ異なる場所から慎重に次の手を考え始めた。美咲がパソコンの前で冷静に状況を分析しながら、クロザワ、高橋、渡辺に一報を送る。ヴィクター・ハルトマンの周りに現れたのは、ただの警備員ではない。彼らの装備や行動に異常な精度と統率力が感じられ、ただの民間警備会社の手配では説明がつかない。


 美咲はハッキングした監視カメラの映像をスキャンし、敵の正体を突き止める。彼女が発見したのは、影の組織と呼ばれる秘密結社「ノクス・シンジケート」の痕跡だ。ヴィクター・ハルトマンが裏で操る暗黒の商取引の一部である可能性が高い。彼がそのような組織に関与しているとは予想もしていなかったが、今やその可能性が濃厚になった。


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 クロザワの決断


 クロザワは一瞬、冷静さを失いかけた。暗殺計画が破綻したのではないかという恐れが頭をよぎった。しかし、彼の冷徹な本能がすぐに彼を立ち直らせる。彼の任務はただ一つ、ヴィクターを仕留めることだ。敵が誰であろうと、それが阻止する理由にはならない。


 クロザワは手早く戦術を練り直す。警備が強化されている現在、直接の接近は危険だ。しかし、ヴィクターが乗る車の前後にいる警備員たちは、車の移動ルートを知っているという点に着目する。クロザワは自分の足でヴィクターを追い、車が進む道を先回りすることで、敵の意表を突こうと決意した。



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 高橋の新たな戦術


 高橋は音波ピストルを持ったまま、周囲の動向を探っていた。通常、音波攻撃は精度が高いものの、周囲の音や物音が多すぎるとその効果が薄れる。しかし、ヴィクターが狙う車道には数軒の車庫があり、道幅が狭いため車両の動きが予想しやすい。


 高橋は、車両の進行方向を予測し、車道の先にある車庫からタイミングよく音波を発射することに決める。事前に音響環境を分析した結果、ヴィクターの車がそこを通る時が最適の瞬間だと判断した。音波ピストルの無音攻撃は、全く音を立てずにヴィクターを仕留めることができる。だが、警備員がその周囲に現れていることを考慮し、彼は一度静かに待機し、次の瞬間を見極めた。



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 渡辺の決死の選択


 渡辺は、暗影スモークペンを手にして、工場近くの屋外に身を潜めていた。警備が厳重になったことで、彼女の役目は一層重要になった。スモークガスは決して臭わないが、煙幕を広げるタイミングを誤れば、作戦は全て無駄になる。


 渡辺はすぐに「ノクス・シンジケート」の新たな動きにも気づいた。ヴィクターの周囲にいる人物たちが、ただの警備員ではないことが明白だったため、彼女の選択肢は限られてきていた。彼女は慎重にスモークペンを構え、ヴィクターの車が出口に向かう道を遮るための一手を考えた。



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 美咲の先手


 美咲は、ハッキングしていたセキュリティシステムを一時的に停止し、クロザワ、高橋、渡辺の動きがスムーズに進むように手配を進める。しかし、彼女は次第に敵の動きに対する疑念を深めていた。「ノクス・シンジケート」との接触が決定的になった場合、彼女の能力だけでは到底対処できないと感じ始める。


 美咲は、この陰謀の背後にある更なる大きな力が存在することに気づき、モロキューにその情報を送るべきかどうか迷い始める。次の手を打つためには、できるだけ迅速に行動を取る必要があると認識していた。



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 予想外の連携


 ヴィクター・ハルトマンの車は動き出し、クロザワが計画通りに車道を先回りした瞬間、突然、彼の周囲に奇妙な影が現れる。クロザワが直感的に感じ取ったのは、これが単なる警備員ではなく、別の「暗殺者」たちであることだ。


 彼らもまた、モロキューのメンバーを知っている可能性がある。クロザワは静かに構え、最適なタイミングを探る。音波ピストルを構えていた高橋も、ヴィクターの車の進行方向に向けてそのトリガーを引く瞬間を狙っていた。


 そして、渡辺もスモークガスを放出するタイミングを計っていた。すべてが、数秒後に起こる緊迫した瞬間に向けて動き出していた。


 モロキューのメンバーと「ノクス・シンジケート」の影の闘いが、再び新たな局面を迎えようとしていた。



 静かな夜の西浦和の街。月明かりが窓から差し込むアパートの一室で、カズキとユウナはソファに寄り添いながら笑い合っていた。彼らはお互いに、誰よりも愛し合っていると信じて疑わなかった。周りの目など気にせず、二人だけの世界に浸っていた。


「ユウナ、君といると、本当に楽しいよ」

 カズキが笑いながら言った。

 ユウナはその言葉に甘えたように微笑んだ。「私も、カズキがいれば何も怖くない」

 だが、その微笑みの裏に、二人の運命を変える者が潜んでいた。


 カズキの携帯電話が突然鳴り響く。表示された番号は見覚えがない。彼は一瞬ためらいながらも、電話を取った。


「もしもし?」彼の声に、少しの不安が混じる。

「お前、ユウナと一緒にいるんだろ?」

 電話の向こうから低い声が響く。

 カズキの心臓が一瞬で跳ね上がる。「誰だ、お前は」

「いいから、今すぐユウナを放って一人で出てこい。お前の命は、あと10分が限界だ」


 カズキは電話を握り締めたまま、ユウナに目を向けた。ユウナは心配そうに彼を見つめている。カズキは冷静さを取り戻そうと深呼吸した。


「誰だ? 何を言っているんだ?」カズキは問い詰めた。

 だが、答えはなかった。ただ、電話越しに響く無音の中、次第に息が荒くなっていく。カズキは電話を切り、すぐに立ち上がった。

「ユウナ、ちょっと待ってて。」

「カズキ、何が起きているの? 怖い…」

 ユウナが心配そうに言ったその時、窓の外から見えた影に、カズキの目は瞬時に引き寄せられた。

「…誰だ?」彼の声は震えていた。


 そこに立っていたのは、冷徹な表情を浮かべた男だった。黒いスーツを着て、手に持つナイフを月光に反射させながら歩み寄ってきている。

 男の目は無表情でありながら、その瞳の奥に深い闇を感じさせた。彼の名前はダイスケ。冷徹なサイコパスであり、彼の遊び相手として選ばれたのは、カズキとユウナの二人だった。


「お前たち、こんなにも幸せそうだな。でも、俺のゲームには参加しなきゃならない」

 ダイスケの口元がゆっくりと引き締まる。

 カズキはユウナを守ろうと必死で立ち向かおうとするが、ダイスケの冷静な態度とその圧倒的な存在感に圧倒され、動けなくなってしまう。


 ユウナが恐怖で震えながら呟く。「お願い、カズキ…お願い、守って」

 その言葉に、カズキは必死に拳を握りしめたが、ダイスケは一歩踏み出し、あっという間に距離を詰めてきた。

「怖がらないで」ダイスケは無表情で言った。「君たちの命は、俺が決める」


 カズキは怒りと恐怖で動けなくなった。しかし、その時、ダイスケの顔に微かな笑みが浮かんだ。それは、まるでゲームの始まりを告げるかのような、冷ややかな微笑みだった。



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