第29話 夜勤のゾッとする話
夜勤明けの居酒屋。看護師たちの疲れた顔を笑いに変えるこの場所は、彼らにとって唯一の憩いの場だった。仕事の重さから解放された瞬間を噛み締めるように、彩香、美里、恵、そして翔太の4人がジョッキを掲げて乾杯した。
「かんぱーい!」彩香が元気いっぱいに声を張り上げる。
「やっと夜勤終わったね」と美里が続け、全員が心底ホッとした表情を浮かべる。
「夜勤明けのビールって、格別だよね!」彩香が最初にジョッキを置きながら満足そうに言った。
恵も頷きながら、「ほんと、これがあるから夜勤頑張れる気がするわ」と同意する。
翔太が「あ、でもこの後も帰ったらすぐ寝れないよな。夜勤の疲れって、なぜか持ち越されるんだよ」とぼやいた。
美里が「それでもさ、夜勤ってなんか独特の雰囲気あるよね。静かすぎて逆に怖いときとかさ」と切り出した。その言葉に、彩香が目を輝かせて賛同した。
「わかる!何もない夜のほうが逆にゾッとするんだよね。しかも、そんなときに怖い話とかしちゃうと、絶対に変なことが起こるのよ!」
翔太が半ば呆れたように言う。「いや、それ夜勤の禁句だろ。『暇ですね』とか言った新人がその後どうなったか、もう忘れたのか?」
彩香は「えー、いいじゃん!ここ居酒屋だし、夜勤中じゃないんだからさ。怖い話で笑い飛ばして、夜勤の呪縛を解こうよ!」と提案する。
恵が「じゃあ、私から話すね。ついこの前の夜勤のことなんだけど」と静かに語り始めた。
「その日はめちゃくちゃ平和な夜勤だったの。患者さんもみんな寝てて、何事もなく巡視も終わって。やっとコーヒーでも飲もうかなって思った矢先よ」
美里が「うん、うん」と頷きながら聞き入る。
「突然、ナースコールが鳴ったの。あれ?と思ってパネルを見たら、鳴ったのは退院して誰もいない病室なのよ」
「えっ、退院して空の部屋?」彩香が驚いた顔で反応する。
「そう。最初は機械の誤作動かと思ったの。でも、コールボタンがちゃんと点滅してるし、記録にもちゃんと残ってるのよ」
翔太が「いやいや、それ絶対行きたくないやつだよ」と苦笑する。
「でもさ、行かないわけにはいかないじゃない?だから意を決して行ったのよ。そしたら、部屋は空っぽ。ベッドも片付けられてるし、誰もいるわけないのに、コールボタンだけが点滅してるの」
彩香が震え声で「それって…誰が鳴らしたの?」と聞くと、恵は肩をすくめた。
「さぁね。でもその後も同じ部屋から何度も鳴るから、さすがにゾッとしたわ」
美里が「それもう機械じゃなくて完全に…ねぇ」と意味深な表情を浮かべた。
「じゃあ次は私の番ね!」彩香が興奮気味に話を引き継ぐ。「これも夜勤中にあった超怖い話なんだけどさ」
「また怖い話かよ」と翔太が苦笑しながらつぶやいた。
「ある患者さん、普段はすごくおとなしいおじいちゃんなんだけど、その日だけ変だったの。巡視で部屋に入ったら、なんとベッドの上に仁王立ちしてたのよ!」
「え、仁王立ち?」美里が驚いた声をあげる。
「そう、真っ暗な部屋で、カーテン越しにそのシルエットだけが見えてるの。まるでホラー映画のワンシーンみたいに」
恵が「そんなの見たら声出ちゃうよね」と言うと、彩香は「もちろん!思わず『何してるんですか!』って叫んじゃった。でもおじいちゃんはすごく普通に『なんか寝られなくて立っちゃった』って返事してきてさ」
「それめっちゃ平和な理由じゃん!」美里が大笑いすると、彩香は「そのギャップが逆に怖いんだよ」と肩をすくめた。
翔太が「それにしても、立った状態で寝てたとかじゃないよな?」と冗談めかして言うと、全員がまた笑いに包まれた。
一通り話し終わると、美里が「夜勤中の怖い話って、こうやって話すと面白くなるよね」と言った。
「でも、怖い話した夜に限って何か起こるんだよな」と翔太が真剣な顔でつぶやいた。
彩香が「だから、今日話した内容は居酒屋だけのものね」と念を押すと、みんなでうなずきながらジョッキを掲げた。
「でも、やっぱり怖い話って癖になるね!」彩香が楽しげに言うと、恵が「そのせいでまた夜勤が怖くなるんだけど」と呆れた顔を見せた。
美里が「まぁまぁ、それも看護師の醍醐味でしょ」と笑いながら締めくくった。
こうして4人の夜勤あるある話は、笑いと恐怖が交錯する形で続いていった。次の夜勤ではまた何が起こるのか、彼らはそれを知る由もなかったが、そんな予感を楽しむ心も、看護師としての一種のスキルなのかもしれない。
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