第26話 武蔵見参!  episode6

 武蔵は自尊心じそんしんを酷く傷つけられて居た。


 意気揚々いきようようと大坂の陣に参戦した。


 しかし豊臣家は武蔵を一雑兵いちざつへいとして扱ったのだ。


 そして大坂城に籠城ろうじょうした。


 だが何もせぬ内に和議わぎが成立してしまったのだ。


 何もしていない。


 武蔵は大坂城の中を、ただ右へ左へと走っただけである。


 大坂の陣は冬の陣と夏の陣、計二度行われるのだが、この時武蔵が参戦したのは、始めに開戦した冬の陣の方だ。


 武蔵は大いに期待したのだが、豊臣家の処遇しょぐうは納得のいくものでは無い。


 おまけに戦働いくさばたらきさえ出来ずに戦は終わった。


 武蔵は兵法者ひょうほうものとして、名をせたつもりであったのだが、戦と言う大きな物からすると個人の価値がなんと小さなものか。


「拙者はまだ、そのいきではなかったようだ」


 武蔵は失意しついのまま、大坂の地を離れることにした。


 また流浪独歩りゅうろうどっぽの旅を続けるのだ。


「もはや豊臣は終りだろう、これからは徳川の時代になろう、江戸へでも行ってみようか」




 寒さが身体に堪える季節に成って居た。


 今日中に松原まで行けるだろうか。


 この寒空に野宿は無理だ。


 東海より上に行くことはあまりない、江戸を訪れるのも二度目である。


 江戸へ行き、その後は北陸の方まで旅をしてみようと武蔵は考えて居た。


 武蔵が開いた流派、円明流えんめいりゅうを関東や北陸の地まで広めるつもりである。


 後に武蔵は流派を、二天一流にてんいちりゅうと改名するのだが、この時期はまだ円明流であった。


 すでに宮本武蔵の名は天下に轟いて居るが、流派である円明流の名はそうでもない。


 武蔵個人の名は、兵法を志す者であれば知らぬ者は居ないだろう。


 しかし武蔵が使う流派名まで知る者は少ない。


 武蔵は自分の流派を、一刀流や新陰流のように広めたいと思ってた。


 武蔵の流派は後世では、すたれてしまって居る。


 武蔵の円明流、二天一流からは、後世に至るまでついぞ名人が育たなかった。


 武蔵が求めた、二刀の剣を自在に操ると言う剣技を、武蔵以外の人間は使えないのだ。


 しかし武蔵は、自分が出来るのだから人も同じように出来るのだと思って居た。


 武蔵はその事を、生涯最後まで気が付かなかったようだ。


 悲しい事だが天才とは孤独こどくなのだ。


 そうして居るうち、遠くに松原の地が見えて来た。


 今日はここで宿を泊ろう。


 武蔵は貧乏ではない、どちらかと言えば金持ちだ。


 路銀は沢山ある。


 武蔵は剣だけではなく、絵や書、創作物の才能もあり、宮本武蔵の名前が上がると共に絵や書、創作物の値も高値がつくのだ。


 この様に才も名前もある武蔵なのだが、豊臣家が下した宮本武蔵への処遇は余りにも低かった。


 信長、秀吉の時代では、兵法者の評価とはそれ程価値のあるものでは無かったのだ。


 家康の時代に成って初めて、この兵法者の価値がクローズアップされる。


 時代錯誤じだいさくご、豊臣家の武蔵への処遇の低さはそこに在る、新しい時代に乗り遅れたほろびゆく家なのである。


 だから武蔵は江戸へ行くことを決意した。


 柳生宗矩は元々土地持ちであったが、小野次郎衛門などは、己の剣だけで将軍家兵法指南役に投与されて居る。


 これからは兵法者が価値を持つ時代なのだ。


 江戸行きは正解だが、これから先は気を付けなければならない。


 それは、名も無き兵法者からの試合だ。


 これは受けない様にしなければならない。


 何故なら己が吉岡流や、佐々木小次郎の様に成るかも知れないからだ。


 おかげで武蔵の名は上がり、天下無双とまで言われるまでになった。


 ここまで名前が売れた武蔵に、名も無き兵法者と試合をするはなに一つ無い。


 負けてしまえば、その時点で積み上げて来たものが無になってしまう。


 昔の自分がそうであった様に、相手がどんな手段を使って来るか解らない。


 これからは失うものが大きすぎる。


 負けるか解らない試合はもう出来ない。


「巌流・佐々木小次郎との決闘が最後だな」


 武蔵はつぶやいた。


 常に細心の注意を払い、行動せねば。


 だからと言って逃げ腰弱腰では、相手になめられてしまうだろう。


 その辺りの加減かげんは難しい。




「親父、部屋は空いて居るか」


 一軒の宿を見付けて、店主に声をかけた。


「はい、いらっしゃいまし、空いとります」


 店主に案内されて一つの部屋に落ち着いた。


 武蔵が旅仕度を解いていると、店主が話しかけて来た。


「お客はん、大坂城から来たのでっか」


「如何にも、大坂城から引き揚げて参った」


「あいや、やっぱりそうでっか。 大きな戦がやっと落ち着いたと喜んで居たのですが、実はまだ終わってへんと言う噂があるのですわ。 ホントのところどうなのでしょう」


 店主が不安そうに聴いて来た。


「今のところ和議が成立致して居るが、近い内に必ずまた戦になろう」


 武蔵は自分の見解を述べた、この見解は正解で、数か月後に大坂夏の陣が開戦する。


 武蔵の言葉に、店主はがっくりと肩を落とし、退室して行った。


 もう一度戦は起る、それは間違いないだろうが、しかし武蔵はもう戻るつもりは無い。




 武蔵は江戸へ入った。


 寒さが身体に応える季節であったが、それも緩み、もう春が訪れようとして居た。


 江戸の町は活気があり、以前に武蔵が訪れた頃より随分と大きく成って居た。


 実は江戸に武蔵は知り人が多い。


 武蔵の武勇伝を聴きたがる諸大名しょだいみょうは多く、そう言った大名や小名や旗本はたもとの江戸屋敷を訪ね歩くと、何日でも滞在をわれる。


 旅の途中で作成した絵や書、時には刀のつばなどが、飛ぶ様に高値で売れて行く。


 この為、旅の路銀に事欠くことはない。


 活気ある江戸の町を歩いてみると、何やら楽しい気持ちに成って来た。


 大坂などへ行かず、始めから江戸へ来るべきであったと、少し後悔をした。


「いや、自分の行動に後悔などあっては成らぬ。全て意味があると考えよ」


 そう自分に言い聞かせて反省をした。


 武蔵は縁を頼り、さる旗本の屋敷に逗留とうりゅうすることにした。


「いつまででも、逗留なされよ。 しかし、また大阪で戦があるでな、今はバタバタとして居る。 しかし気にされることは無い」


 その旗本はそう言って武蔵をもてなした。


「さような時期にかたじけないことです」


 武蔵は旗本の行為に甘える事にした。


 大坂の戦とは、大坂夏の陣である。


 いよいよ家康が、豊臣滅亡の仕上げにかかるのだろうと武蔵は思った。


 豊臣の様な特別の大名を置いて居る事で徳川家にするものは何もない。


 豊臣の名が残って居る限り、いつまた豊臣恩顧とよとみおんがんの大名達が反旗はんきひるがえすか解らない。


 旗頭の芽は摘んでおかねば成らない。


 少なくとも自分が生きて居る内にそれをやらなければ成らないと、家康はそう考えて居る。


 新しい時代が生まれるには、古い時代が終らなければ成らない。




 大坂の戦が終った。


 豊臣家は滅び、徳川幕府は盤石ばんじゃくなものになった。


 それを繁栄はんえいするかの様にして、江戸の町も大きくなって行った。


 武蔵は、高い禄で自分を召し抱えてくれる大名を探して居るのだ。


 口に出した事は無いのだが、将軍家剣術指南役しょうぐんけけんじゅつしなんやくである、柳生宗矩やきゅうむねのり禄高ろくだかを基準として居るのだ。


 宗矩の剣術より、自分の剣術の方が優れていると思って居たからだ。


 武蔵を召し抱えたがる大名は多い。


 大坂の戦が終り、この先はもう大きな戦は起らないだろうとどの大名も考えて居た。


 戦が無ければ家名を上げる機会も無い、そう成ると今度は有名な家臣を抱える事で家名を上げると言う流れに成って居た。


 あそこの家は、宮本武蔵ほどの漢を召し抱えて居るのか、と噂される事により家名も上ると言う訳だ。


 武蔵の方も、そんな大名たちの心の内が解って居るので、意にそぐわない禄高では首を縦に振らない。


 武蔵は豊臣家での低い処遇を思い出し、また腹立たしい気持ちに成った。


 あの時の扱いは酷かった。武蔵は、ねちっこく思い出しては、拳を畳に叩き付けたく成る衝動を必死に抑えていた。


「宮本殿、如何された」


「あ、いや、何でも御座いませぬ」


「左様か、して先程の話しの返答は如何に」


それがし、心に思うことあり、今はどなた様にも仕える気は御座いませぬ故」


「禄高の額が気に入らぬと申されるか」


 その通りである。


「その様な事は御座いませぬ。 某はまだ途上の身故、剣をまだ見極めとう御座います。 お仕え致せば修行が出来ませぬ、どうか御理解頂きたく思います」


 断る際は、いつも同じ言葉を述べて居た。


 結局、武蔵は自尊心が強すぎて、最後まで禄の基準を下げる事は無い。


 諸大名たちも、まさか将軍家より高い禄を提示する訳には行かない。


 武蔵を召し抱えると言う話は、何処まで行っても平行線のままだった。


 断れると、どうしても欲しくなるのが人情である。


 勿論、実力があってのことだが、武蔵の名は断れば断るほど上って行った。


「へー、宮本武蔵ってのは、そんなに凄いのかい」


「そりゃそうよ。 大名から幾ら銭積まれたって首を縦に振らねえってんだ。 余程腕に自信があんだろうよ」


「銭に転ばねえってところが良いね」


「なんでも、鬼やら妖怪だって退治しちまうってぇんだから、強いに決まってら」


「はぁ~、鬼なんてホントに居んのかい」


「知らねえよ、そう言う噂なんだよう」


 噂が噂を呼び、武蔵の名は江戸っ子たちの間でささやかれ評判になった。


 いつの時代も宣伝と言うのは大事で、武蔵は自分を売り込むことに才能があった。


「何々の大名の話しを断った」とか「姫路で妖怪退治を致した」などと、人の集まる食堂や茶店で、声を大にして語り聞かせるのだ。


 この効果は絶大で、いつしか家康の耳にも入り柳生宗矩に武蔵と試合をする様に命じたと言われて居る。


 しかしこれは実現しなかった。


 宗矩が言葉巧みに家康を説き伏せたのだ。


 真相は解らないが、家康を説き伏せて試合を断った宗矩の才も流石である。


 武蔵は自分の宣伝効果を、挑戦を挑んで来る兵法者の数で感じとっていた。


 名も無き者と試合をする利など何一つ無いのだ。


 それは今まで己が有名人と試合をして、その時に勝って来たから今の己が有るのだ。


 そのことは武蔵自身が一番解って居た。


 全ての挑戦を理由も無く断ることは出来ない。


 そんな事をすれば、相手は武蔵が臆したと吹聴するに決まって居る。


 自分であればその様にするであろうし、今までそうやって来たのだ。


「名前が売れてからの方がしんどいのう」


 武蔵は考えた。


 考えた末に出した策はこうだ。


 何度かに一度、これは必ず勝てると見切った相手を選び、その試合は受ける事にしたのだ。


 武蔵の見切りには間違いがない。


 選んだ相手との試合では、圧倒的な強さを見せ付けて圧勝する。


 勿論、試合は真剣勝負だから負ければ命を落とす事に成る。


 何度かに一度は試合を受けるから、武蔵は臆したと言われる事は無かった。


 しかし選んで試合をしても、その数はかなりなものに成った。


 全てに勝利し、武蔵は江戸の町を暫らく離れる事にした。


「いくら拙者でもひと所に滞在するのはキツイことだ。 所在を明かすのはしんどい。 狙われる者より、狙う者の方が強いのが道理。 暫らく江戸から離れた方が良いだろう」


 自分が広めた宣伝と、圧倒的な勝利の効果は大きかった、そして武蔵は天下無双と噂される様に成った。




 武蔵は江戸を離れると、当初からの計画通り、北陸方面へ向かう事にした。


 武蔵は大男である。


 この時代、身体が大きいと言うだけで、生きて行く上で有利なのである。


 兵法を志すのなら尚更だ。


 しかし、今の武蔵にとって身体の大きさは危険なのである、目立ち過ぎるのだ。


 情報は人から人へと広がる。


 武蔵を知る者は、必ず人に話す時に、身体の特徴を語るのだ。


 武蔵の噂が広がると共に、武蔵が大男であると言う事も広がるのだ。


 もし武蔵を狙う者が居たとすれば、武蔵を見付ける事は簡単だ。


 大男故に相手は怯む。


 此奴には勝ち目は無いと思わせる事は有利になる。


 結果、余計な闘いは避けられる。


 しかし、それを差引いたとしても、今の武蔵には、大きな身体は不利に働くだろう。


 江戸に居る間に、武蔵は逢いたいと思う兵法者が一人だけ居た。


 小野派一刀流おのはいっとうりゅうの流祖、小野次郎衛門おのじろうえもんだ。


 今この日の本で、一番の手練れだと武蔵は思って居る。


 達人は達人を知る。


 武蔵は自分より、小野次郎衛門の方が、一段上だろうと考えて居た。


「やはり江戸を離れる前に、尋ねておくべきであったか、しかし」


 武蔵は小野次郎衛門が怖かったのだ。


 確実に自分より強い男と逢うのが怖かったのだ。


 逢ってはみたいが、足が向かわなかった理由はそれである。


 小野次郎衛門程の剣豪が、自分を訪ねて来た者に、いきなり斬り掛ると言う無礼をする筈はない。


 そう頭では解って居ても、身体の方が言う事を聴かなかった。


 獣が格上の相手に近寄らないのと同じで、武蔵の獣の部分が次郎衛門に近寄らせなかった。


「拙者の剣技がもう少し上ったと確信してから逢いに行こう」


 武蔵は自分の気持ちに答えを出した。


 自分よりも強い相手は他にも必ず居るだろう。


 確実に次郎衛門がそうである、世の中は広いのだ。


 柳生兵庫助も強い男ではあったが、自分よりは格下であろう。


 本気で戦えば、武蔵の方が強いと思って居る。


 居そうも無い兵法者は居るだろう、いや、居るはずだ。


 いつかは自分も斬られて死ぬのかも知れない。


 それは今日かも知れず、明日かも知れないのだ。


 兵法者の旅とは、危険と裏合わせなのだ。


 武蔵はそう考えると少し恐くなって来た。


 何度も後ろを振り返った。


 しかし誰も居なかった。




 徳川幕府は盤石なものに成った。


 家康が兵法者を重く観て居る事からか、全国には兵法で名を上げようと、腕を頼りに練り歩くやからあふれ返って居た。


 これからは、個々の能力が徴用ちょうようされる時代へと代わって行くだろう。


 武蔵も個々の能力が徴用される時代故、それを利用して名前を上げて行った一人である。


 武蔵の自己演出効果は、今のところ成功して居る。


 実力を見せる際、最大限に大きく見せる演出は大事である。


 武蔵は実力と、自己演出能力との両方を兼ね揃えて居る天才だ。


 武蔵に欠けて居るものは、柔軟性だけであろう。


 きっと、全てに置いて才能を持つ武蔵から見ると、何の才能も持ち合わせない、普通の一般人は阿呆あほうに見える筈だ。


 武蔵は自尊心プライドが高く妥協だきょうも許さない。


 ある意味、天才とは孤独なのだ。

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