第5話 白オークの正体
「お嬢!? どうして止めるんですか!?」
「それは……」
狼狽える俺に、口ごもるお嬢。
そうこうしているうちに、オークはゆっくりと近づいてくる。舌打ちして四肢を踏ん張った俺に、再びお嬢が言った。
「そのオークは……その
「なんですって!? この豚野郎が!?」
「ぶ、豚さんじゃないよ! 豚なんて言ったらきっと怒るよ!」
お嬢が慌ててフォローする。その言い方があまりにお嬢らしかったので、俺は本当のことだと考えざるを得なかった。
早口にお嬢が教えてくれた話によると、この白オークは村でたったひとりの友人で、出ていった自分を追いかけてきてくれたらしい。
しかし、再会した直後に異変が起こり、オークの姿になってしまったのだとか。
『人間が突然オークになることもある』――お嬢が前に説明してくれた内容を思い出す。
「じゃあ、マジで人間がいきなりオークになるっていうのかよ……聞いてねえ――いや、
俺はひとりごちる。
おもむろにお嬢が隣に並んだ。よく見ると、足が震えている。そんな状態にもかかわらず、お嬢はまっすぐに白オークを見つめていた。
「嫌われてる私を、村の外まで追いかけてくれた大事な友達……なのに私は、目の前でオークになったこの子を助けることもできずに逃げ出してしまった」
「お嬢……」
「ヒスキさん。私はとても臆病で、卑怯者なの。だからせめて、ここであの子の剣で殺されるべき――ずっとそればかり考えてた」
だからか、と俺は思った。
だから、
――フッ。
不覚にも、俺は内心で苦笑を漏らしてしまう。
我が身の命よりも仲間のことを思う。
こんなところまでお嬢そっくりたぁ、恐れ入ったぜ。
「お嬢。下がっていてください。あなたはやはり、ここでくたばるべきお人じゃねえ」
「でも!」
「だーいじょうぶでさ。この
「ヒスキさん……」
しばらく
改めて、俺は白オークと
奴は目前まで迫っていたが、すぐに短剣を振るってくることはなかった。俺は犬歯を剥き出しにする。
「いい子だ。ちっとは場の空気っつーもんを読むアタマは残ってるみたいだな」
「――ッ、――!」
「うへぇ、ひでぇ声じゃ。お嬢の天使ボイスとは比べるべくもねえな。ましてや、
言いながら、俺は白オークを観察した。
オークというだけあって、ガタイは立派なもんだ。二の腕なんて丸太みたいに分厚い。見た目通りの筋肉量なら、相当な
意外なのは、俺を前にして白オークが短剣を構え直したこと。
この構えが予想より遙かに、堂に入っている。
もちろん、これまでやり合ってきたプロの
面白い。
俺がイッヌの姿でありながら
白オークが雄叫びを上げながら突進してきた。
短剣の切っ先を、こちらに突きつけてくる。
だが、甘い。
こちらは白オークよりもずっと身体が小さい。つまり、それだけ的が狭いということ。動く小さな的に突きをキメようなんざ、甘すぎる。それなら体格差を利用してなぎ払うか倒れ込んできた方がナンボか脅威だ。
何より――こっちは命のやり取りが身近なプロである。
ラノベにありがちな『自称・平凡な中年おじさん』みたく、命の危機にまずビビってみせるような面倒くさい真似はしない。
ヤクザ舐めんなや!
短剣の切っ先が、何もない空間を刺す。
白オークの一撃を
相手の
(――お? 何だこの感覚)
俺の中の『何か』が攻撃ヒットと同時に白オークに
力が吸われてる? いや、違うな。
奴は文字通り、全身で俺の力を理解したはずだ。
俺がただのイッヌではないと。
白オークの動きが鈍る。明らかに効いていた。
ふらつく足取りで、全身をブルブル震わせている。苦しそうな息づかいをしながらも、白オークは短剣を落とさなかった。
それを見て、俺は目を
いくぶん角の取れた声で話しかける。
「ええ度胸じゃ。褒めてやる。だがその身体じゃ、まともに動けんだろ。諦めろや」
俺の忠告を理解したのか、白オークの足が止まる。さっきまでの獰猛な唸り声もなりを潜めていた。
「もう……大丈夫、なの?」
お嬢がおずおずと尋ねてくる。戦いが小康状態になって、ちょっとホッとしているようだ。
俺は言った。
「お嬢は性根の座ったご友人をお持ちだ。いいことです。――ですが、オトシマエはつけなければいけません」
「え?」
「理由はどうあれ、お嬢に刃を向けたのは事実。その上、お嬢にあんな不安そうな顔をさせて――」
固まったお嬢の前で、俺は全身から菊花の輝きを溢れさせた。
白オークの巨体を超える巨大なフェンリル――『戌モード』へと変身した俺は、容赦なく叫んだ。
「何、お嬢を困らせとるんじゃこのボケがぁぁっ!!」
冗談のように高々と空に舞い上がった白オークは、数秒後に
俺はダウンした白オークに近づくと、前脚でつついたり臭いを嗅いだりしたのち、お嬢に報告した。
「生きてます。お嬢、あとは煮るなり焼くなり、好きに
「ひ、ひ、ヒスキさんっ!?」
「ご友人であろうと、お嬢を困らせた輩は万死に値します」
「どちらかというと、今私はヒスキさんに困ってるよ!」
「……!?」
地味にショックだった。
でかくなった耳と尻尾がぺたんと力を失うのが自分でもわかる。そうか、これが主人に叱られたイヌの気持ちか……。
「あっ!? ヒスキさん、見て!」
ふて寝しそうになった俺の横で、お嬢の焦った声が聞こえる。顔を上げると、白オークに異変が起きていた。
俺から漏れ出ていた菊花の輝きが、白オークの身体に取り込まれていく。
それと同時に、筋骨隆々な奴の肉体がボロボロと崩れ始めたのだ。
まるで、泡立てた石けんに水を垂らしたように。
――そして中から現れたのは、赤く長いボサボサ髪をしたひとりの少女であった。
◆5話あとがき◆
白オークの秘密。それはお嬢のたったひとりの友人でした、というお話。
このボサボサ髪の少女、どんなキャラなのか?
それは次のエピソードで。
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