第九話 王子ではなく、

僕という人間は、出逢いよりも別れの方が多かった。家族、友達、仲間、恩師。救う人と同じかそれ以上の人々を喪ってきた。それでも、夢を、理想を、希望を諦めなかったのは、親友と妹が傍にいたからかもしれない。

王になった今、それがよくわかる。


「始めよう。本当の反逆を」

「はんぎゃく?」

妹はその言葉を反芻して聞いた。その答えを返答する前にある人物が割って話に介入してきた。

「クリスト様⁉」

「グラディアス…」

「兵士長⁉」

つい数刻振りの兵士長の姿がそこにあった。だが、前の時と違い、全身を鉛色の鎧で武装し、背後には三十以上の兵士を連れていた。彼らも同じように銀の光沢のある鎧に身を包んでいた。その者たちの多くは、剣、斧、槍などの武器を傍らに携帯していた。その勇ましい恰好とは裏腹に彼らの表情は、戦慄と驚嘆に満ちていた。

「一体、何が?」

兵士長は当然の疑問を口にした。城は半壊し、内部に籠城していたはずの僕達がなぜかこの場にいる。何より、この国の絶対君主がこの場で死んでいるのだから。

「女王猊下!」

兵士の一人が母を見て絶望の表情を浮かべ、弱々しい声を出して狼狽えた。それに共鳴するように周りの兵士達にもその表情と感情が伝播していった。

やがて不安と恐怖は、怒りと不満へと変化して僕達への非難と成り代わった。「なんで?」、「なぜ?」、「怖い」、「もう終わりだ」。そんな現状の不安が恐怖と混乱を助長した。最終的に、「謀反?」、「親殺し?」、「クリスト様が母君を殺した」とまで解釈が広がった。その状況は先ほどとは別の意味で地獄だった。

「クリスト様。まさか、貴方が……」

遂には直接発言した。やはり、恐怖は人を変えるらしい。僕が恐怖から剣を握ったように、彼らは恐怖から言葉の刃を手に入れたということだ。この剣よりよっぽど攻撃的じゃないか。

「待ってください。お兄様はそんなこと……!」

必死の弁明。それでも、彼らの顔色は変わらない。

「黙れ」

「え……?」

「兵士長……」

————彼らの長の言葉でもなければ。


「貴様らは何の為の兵士だ。誰の為の兵士だ」

「王とイステリアの民の為…」

「なら、それが答えではないか」

「————!」

そのまま鬼のような剣幕で優しく語りかけた。

「我らは肉壁だ。利口な生き方なんぞ見苦しい。王に準じ民を守る。ただ、それだけでいい。それだけが我らの誇りだ。であるからこそ———」

ただ、真っ直ぐな眼差しで、

「誇りを忘れ、王を貶めようとした罪人には、長である私が誅を下さなければならない」

「…………」

「わかるな?」

彼らの信念を語っていた。

それはあまりも忠実な王道の現実論だった。その言葉を聞く前にこの場の誰もがわかっていた。空想を騙るだけの理想論よりも地に足の着いた現実論の方が遥かに過酷だということを。その道に終点はない。いつかは自分に裏切られる。もしくは、自分が裏切る。それでも、誰も異を唱えなかった。誰も否定しなかった。

理由は単純だ。その言葉だけで、彼の信念・覚悟を垣間見ることができたからだ。その覚悟は、硝子のように繊細で、鉛のように鈍重だった。兵士達には、その言葉だけで充分だったようだ。


「クリスト様。何があったのかは、存じ上げません。ですから、我々は貴方を信じます。如何なさるおつもりですか」

グラディウスは先ほどとは真反対に向きなおし、僕に再度説明を求めた。それに続いて、全ての兵士が彼と同じ方向を向いた。三十人以上の兵士達が僕の前に膝を下ろし、僕の覚悟を問いている。正に圧巻。魔物達によって腐りつつある今の世の中に確かに存在している淀みない男達の姿だ。

その猛々しくも静かな佇まいが僕の最後の覚悟を決めさせてくれた。

「ふー。はあ」

重く深呼吸する。もう、ここから先は、王子の領分じゃない。

ここから先は、王の責務だ。その道を一歩でも歩けば、俺はもう人じゃなくなる。

たとえそれが、虚勢でも、贋者でも、その道を突き進んで、貫いていかなければならない。

覚悟なんかできてない。だから、せめてでも自分を見失わないように声を張り上げた。


「私は、第十三代クリスト王国第一王子クリスト・アレクサンドラ。先王ユミナの遺言に従い、王位を継承する」

再度、深呼吸。数刻の間。

「これより、王の名のもとに先王、先々王の仇である魔王に反旗を翻し、魔物の全滅を前提とした反逆行為の開始を宣言する!」


言い切った。言いたいこと全部言い切った!

三十人以上の視線、その重圧が一気にのしかかった。文字通りの不安と恐怖で体の全身が震える。誰も敵じゃないはずなのに。誰もが敵に見えてくる。いつ刺し殺されたって不思議じゃない。そんな威圧感を感じていた。

無限のような沈黙。そののちに、目の前の男達はようやく口を開いた。

「我らが王の仰せのままに」


「…………え」

耳を疑った。おそらくここにいる全員から了解を得た。この中には、つい先刻まで「親殺しをした」とまで疑っていた者までいた。そんな疑惑だらけの彼らがたかが十六の子供の言葉に納得して、頭まで下げた。これが、兵士の、覚悟なのか……?

ともあれ、これで、俺はもう人道を外れた。どんな手を使ってでも、魔物を殺し尽くすしかない。それがどんな結果になろうとも。


「おにいさ…クリスト王、何をする気ですか?」

スイは、俺に最初の命令を求めた。

兄としてのお願いではなく、王としての命令。

俺が命じるのは、三つ。俺がやることはただ一つ。自分を貫け。クリスト王。

「兵士長以外の兵士二九人は、逃げたゴブリンの捜索を。見つけ次第殺して」

逃げたゴブリンは、全部で十体以上、今回逃がした個体が全員じゃないから、町に何体いるかわからない。特にゴブリンのリーダーは、前の戦いで明らかに気が経っている。誰かが襲われる前に殺すべきだ。

「残り一人は、ここに残ってスイの護衛を。兵士長は、私に同行して」

「はっ!」

力強い返事。猛々しい様子の武人たち。そのまま、解散してそれぞれの行動を始めた。命令通りに多くは、城から離れて四方八方に別れた。今は、彼らに期待して一刻も早くあのゴブリン共を殺して、不安を取り除かなければならない。

「クリスト様」

その呼び声とともに兵士長は、俺の方へ近付いてきた。先ほどの演説をしたときの表情と声色のまま、自分に疑問をぶつけた。

「同行はもちろん了承しました。しかし、クリスト様は一体どこへ行くつもりですか?」

至極当然の質問。だから俺も、それに応える。

「もちろん、城だよ」

「城、ですか……」

「ああ」

この城には、いくつか問題がある。まず、一つ目は、上階にゴブリンがいたことだった。だが、奴らはもう出払っている。それに関してはもう問題ない。次の問題は、城が半壊していることだ。いつ崩壊してもおかしくないが、最低限の戦闘を終えたらすぐに拠点を移す予定だ。ほんの数日耐えてくれればいい。

そして、最後の問題。これが、今回グラディウスを同行させる理由。この城に常駐した魔物は、ゴブリンだけじゃない。もう一体いる。ゴブリンが上階を占拠しているのに対して、奴は下階を占拠している。奴を殺さない限り、上階に上がることさえできない。だから、今まで俺達は籠城を強いられていたんだ。

「もう一体の魔物、下級アンデッドを叩く。グラディアス、協力して」

「はい。了解致しました。王よ」

最初の命令。そして、最初の魔王軍幹部討伐が開始した。

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勇者の代行人 @Lain_Tuzimiya

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