仲介屋

「逃げた、のか?」

 俺はあの集団を追いかけたい気持ちを必死に抑えた。一人で行ってもどうにもならない。ともあれ、あの集団がギフトの差し金であることは確定した。つまり仲介屋がギフトの関係者である可能性が高くなったということだ。

「おい、大丈夫かよ」

 レンジが声をかけてくる。

「ああ。問題ない」

「どうしたんだよ。急に一人で叫んでたけど」

「後で説明する」

 その時、護衛たちの声が聞こえてきた。

「一体なんだったんだ。こんなに酷いデモは初めてだぞ」

 普段から要人の傍にいる護衛たちがこんなことを言っているということは、やはり今日ほど激しい騒動は日常的なものではないのだろう。俺たちが依頼された時に限って起こった。これは偶然ではないはずだ。仲介屋を問いただすべきだろうか。それとも気づいていないふりをして泳がせてみるべきだろうか。


 俺たちはその後、仲介屋に向かうことにした。結局、問いただすことにしたのだ。道中、レンジが改めて訊いてきた。

「さて、じゃあ色々話し合おうぜ。まずは教えてくれよ。あの時、お前には何が聞こえていた?」

「ああ。説明しよう」

 俺は毒針を刺してきた女とのやり取りをレンジに伝えた。レンジは俺の首元を見て、

「なるほど、刺されてんな」と頷いた。

「その毒針女の言ってることが本当のことだと仮定すると、カブトはもうギフトに目をつけられてることになる」

「そうだな。だがそれ自体は別に問題ではない。カルミアを狙っていれば、そうなることは仕方がない。最初から覚悟していたことだ。問題は、仲介屋が恐らくギフト側の人間であるということだ」

「だなー。俺たちの選択肢は大まかに二つ。仲介屋を殺すか、騙されているふりをして情報を引き出すか。どうする?」

「ひとまず、会う。そして揺さぶりをかける。敵だと確信するに至ったら、拘束する」

「拘束? で、それから?」

「情報を吐かせる」

「へぇ。──ところでお前さ。人、殺したことあるか?」

 レンジは突然、俺のことを試すように訊いてきた。

「……」

「ねぇんだな」

「俺は何も答えていない」

「いい加減あんたの表情から何考えてるか察せるようになった。……あのさ、あんたはいざって時、例えば自分の命が脅かされた時、人のこと殺せるのかよ」

「……」

「相手を殺さなきゃ自分が殺されるって時、相手のこと殺せるか?」

「……俺が殺したいのはカルミアだけだ。それ以外はどうでもいい」

「それは、自衛のためであったとしても人を殺すのは嫌だって答えてるように聞こえるぜ。そもそもカルミアを本気で殺す気があるのかも怪しいな」

「本気だ」

「どうだか。まぁいいけどな。でも、一応忠告しとく。覚悟がねぇなら復讐なんてやめておいた方が身のためだ」

「なんだと?」

 詰め寄ると、レンジは肩をすくめてみせた。

「怒んなって。落ち着けよ。ただの余計なお節介さ。ちょっと心配になったもんでな。そもそも、復讐なんてやっても虚しいだけだ。半端な気持ちでやるなら、なおさらな」

「お前に何が分かる」

 俺が敵意を込めて睨みつけると、レンジは真面目な顔になった。

「分かんねぇよ。分かんねぇからこんなこと言えるのさ。何があったのかは知らねぇけど、復讐したいって思う程のことがあったんだろ? それに確かあんた、脱獄したんだよな。それだけでも色々あったってのは想像つくさ。もし俺があんたと同じような目に遭ったら、多分こんなことは言ってねぇよ。感情を抜きにして忠告できるのは、いつだって無関係な第三者だ。気持ちが分からないからこそ、非情なことが言える」

「……」

「まぁ、邪魔する気はねぇよ。どうやらあんたは本気でカルミアを追っているらしいからな」

 殺す気があるのかは疑わしいけど、とレンジは小さく付け加えた。そして、

「俺も自分の記憶を取り戻すためにあんたに協力する。だから、ここでハッキリと俺の覚悟を表明しておこう」

 と言って立ち止まり、俺の目を見てきた。俺もレンジの目を見返す。

 レンジは口を開き、脅すような口調で言った。

「俺は、場合によっちゃ人を殺す。これから仲介屋のとこに行くが、もし仲介屋が俺を殺そうとすれば、俺は奴を撃つ。それだけ、知っておいてくれ」

「……ああ」

 俺が頷いたのを見て、レンジはニッコリと笑顔を作った。

「俺からも一ついいか」

 俺は今更ながら疑問に思ったことをレンジに訊ねてみることにした。

「なんだよ」

「お前はカルミアの写真を見て、何も思い出さなかったのか?」

 レンジは頷いた。

「それな。俺も思った。そうそう。特に何も思わなかったんだよ。不思議だよな」

 嘘をついているようには見えなかった。

「カルミアの写真を見ても何も感じなかった。でも、失った俺の記憶にカルミアが深く関係していることは多分間違いない。写真には何も思わなかったが、『暗殺組織ギフト』って名前に俺の頭が反応した。チクッて痛んだんだ。だからやっぱり俺はお前に協力するよ。俺はギフトと過去に何らかの縁があるはずだ。俺たちが目指すべき道は多分ほとんど同じだと思う。……っと。話してるうちに着いたな」

 仲介屋の事務所の前に到着した。

「武器を構えろ、カブト。入るぞ」

「ああ」

 俺たちは頷き合って、勢いよく事務所へと突入した。

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