護衛の仕事3

「カルミアッ!」

「ちょ、どこ行くんだよ」

 駆け出そうとした俺の肩をレンジが掴む。

「邪魔をするな! カルミアだ! カルミアがいた!」

「はぁ? どこだ?」

 俺は指差した。

「あそこだ! あの女……は?」

 いない。

「よく見ろよ。お前が指差してる平和主義者さんと、あの写真の女は似ても似つかねぇよ」

 確かに俺が指差した方向には、平和主義者の女がいるだけだった。見間違えた……?

 俺は急いで視線を振り回した。いない? 見失ったのか? ……いや、いた。

 今度こそ間違いない。カルミアだ。

「だから待てって」

 またレンジが俺の肩を掴む。

「離せ! カルミアがいる!」

「いねぇって。お前の見てた方向、俺も見てたけど、あの女も違う。全然似てねぇ。ちょっと落ち着けよカブト」

「そんなはず……」

 カルミアを見つけた方にもう一度視線をやったが、また別の平和主義者の女だった。

 どうなっている?

『あなた、ボスとどういう関係なの?』

 突如、頭の中に響くように女の声が聞こえてきた。

「聞こえたか?」

 レンジに訊いたが、レンジは不思議そうに「何が?」と訊き返してきた。俺にしか聞こえなかったのか。

『あら? 気づいてないの? さっき、あなたの首に毒針を刺したのだけれど』

 もう一度声が聞こえた。俺は反射的に首を撫でる。そして手を確認すると、薄く赤い筋があった。どうやら本当に刺されたらしい。

「誰だ! どこにいる!」

『すぐ近くにいるわよ。あなたは今、毒の効果で私の声だけ聞こえやすくなっているの』

 レンジが俺の顔を心配そうに覗き込んでくる。

「大丈夫か? どうしたんだ?」

「ちょっと黙ってろ」

 俺は刺客の声に集中した。

「なんの毒だ!」

『毒の効果? 今言った、特定の人物の声だけ聞き取りやすくするっていうのと、あとは……ふふふ』

 女は笑った。声からニヤニヤと不愉快な笑顔を浮かべていることが伝わってきて気分が悪い。そして女は心底楽しそうに言った。

『幻覚作用よ。視界の中にいる人をランダムで、自分の愛する人の姿に見えるようにするの』

 自然と眉間にしわ寄る。

「ふざけるな!」

『ふふふ。本当よ。だから訊いたの。あなた、ボスとどういう関係なの、って』

 俺は舌打ちした。付き合ってられるか。

 この場にいるのならば、片っ端から倒していけばそのうち辿り着く。……と、思ったのだが、そこで違和感を覚えた。この戦闘、いくらなんでも長引きすぎじゃないか?

 確かに平和主義者たちの人数はかなり多かったが、精々三十人くらいのものだった。俺はずっと敵を倒しながら女と会話している。護衛たちやレンジも休むことなく敵を倒している。そろそろ決着がついてもおかしくない。それなのに、相手の数が全然減っていない。

 そこで気づいた。今気絶させた相手、さっきも倒したはずだ。薬の効果なのか、こいつらは倒されても倒されても立ち上がっているようだ。クソッ。これじゃ探せない。

 俺は声を張り上げた。

「何が目的だ! 俺を殺す毒でも良かったはずなのに、こんなふざけた効果の毒を打ち込んだのには理由があるはずだろ!」

『さあ? 何かしらね。警告かもしれないし、特に意味なんてないのかもしれないわ。ボスが何を考えているのかなんて、私には分からない。とりあえず、今日はこのくらいで引き上げることにするわ。お疲れ様』

 女がそう言うのと同時に、平和主義者たちは突如動きを止め、一斉に建物と反対方向に体を向けた。そしてゾンビのようによろよろと歩き去って行く。俺たちはそれを呆然と見送った。

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