第6話 揺れる心

 事が肥大化し、怒りに任せた告発文が大問題に発展し、綿世は日々を針の筵に座る気持ちで過ごしていた。


綿世「武中さん、話が違うじゃないですか」

武中「慌てるな、勝負はこれからだ」

綿世「何を暢気なことを言っているんですか。私は懲戒免職になるかも知れないんで

   すよ。そうなれば、期待していた退職金も…あわわわわわ」

武中「私を信じろ、信じてください」


 武中は情緒不安定な綿世に「あれは嘘でした」と告白し、罪の軽減を図るのではないかと不安に思っていた。武中は綿世を落ち着かせるために翌日、ある人物を紹介した。母親が政界・財界に顔が広い小久田健司県議会議員だった。


 綿世は、2011年から16年に掛けて人事課管理職時に業務の目的外で人事データ専用端末を使用し、特定の職員1名分の顔写真データを2回表示・撮影し、又は顔写真データを1回コピーし、そのデータを公用パソコンに保存した。人事異動の際にそのデータを自宅に持ち帰った上、異動先の公用パソコンで保存することで業務上の端末を不正に利用することともに個人情報を不正に取得し、持ち出した。14年間に渡って勤務時間中に計200時間程度、多い日で1日3時間公用パソコンを使用して業務と関係ない私的な文章を書いたことを理由に停職三か月になっているさ最中の事だった。

 綿世は2022年にも次長級職員に対して人格を否定する文章を匿名で送付するハラスメントを行っていた事実も明るみになっていた。

 公益通報と言えるかどうかは、文書の内容に真実性、真実相当性があるかどうかだ。警察など捜査当局が立件するほどの強い違法性がないとしても、また、それが完全な真実であるとまで断定できず、誤りや思い込みが若干含まれていたとしても、贈収賄、横領、暴行など刑法に抵触すると信じるに足りる相当の理由があれば、公益通報に該当し得る。公職選挙法違反や地方公務員法違反に関する内部告発については、公益通報者保護法の制定の経緯から、同法の保護対象となっていない。したがって、同法の保護対象には入らない。また、違法行為を指摘するのではなく、道義的、倫理的、政治的な問題を指摘している内容についても、公益通報者保護法が定義する公益通報に該当しない。ただし、それでもなお、真実性、真実相当性があるのならば、労働法の一般法理(解雇権など濫用の法理)によって保護されるべき正当な内部告発と認められる可能性はある。「だろう」が含まれれば噂話も対象になり、噂は噂で真実でも事実でもないものが含まれているからややこしい問題を引き起こす原因だ。


 小久田健司県議会議員は弁護資格を持っていた。綿世に会う前に武中から喜多河泰久副知事・長濱剛士人事課長に押収された綿世の公用パソコンの内部文書のコピーをファイルに収めた物を見せられていた。小久田は有力職員OBや反佐藤知事議員から佐藤知事県政を転覆させ、佐藤知事を失職させる指示を受けていた。

 綿世の公用パソコンにはクーデター顛末記や異動案、20240308告発文やマスコミ等宛名と個人的記録が残されていた。


綿世 「ここのファイルには私的情報があり、周知されれば迷惑を掛ける人がいる

    ので明かさないで欲しい」

小久田「綿世さん、安心してください。今回の問題は知事の問題で綿世の私的な事は

    無関係ですからプライバシーに配慮します。それより、佐藤知事を失職さ

    せ、綿世さんが安堵できることに尽力しましょう。そのためにも、証人に立

    ってください。不都合なことは百条委員会の委員長の私が止めますから」

綿世 「分かりました、証言します」


 綿世と小久田とは小久田の母親を通じて知り合いでもあった。県政の先輩後輩の立場でもあった。小久田は、綿世が公開されるかもしれないプライベートには一切無関心だった。興味があったのは佐藤知事を追い込む情報だけだった。小久田は情報の真実性を高めるため、綿世を証言者として委員会に立たせることを約束させた。着々と「佐藤辞職」のシナリオは動いていた。





















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