第5話 曖昧さが生む迷走

 関係各所に送付された文章は、マスコミにとって啄むべき餌となった。マスコミは斎藤知事を悪者に仕立て、その悪行を暴く正義者面を貫いた。地方の県の話題は、マスコミによって全国に知らしめられた。

 話題が全国に広がる前に震源地である兵庫県では問題になっていた。加害者とされた佐藤知事からすれば事実無根の内容であり、県政の活動に支障をきたす怪文書の出所を探った。探索の責任者は喜多河泰久副知事と長濱剛士人事課長があたった。

 この段階では、まだ内部通報制度に抵触しないのが一般的だった。法は完ぺきではない。考え方の軸だ。解釈次第で法の解釈が変わることは珍しくなかった。

 流布された内容から、人事課の聞き込みから、日頃から不満を多方面に愚痴っていた綿世康秀西播磨県民元局長が浮上した。

 3月25日、喜多河泰久副知事と長濱剛士人事課長がアポなしで西播磨県民局を訪れ、県民局長だった綿世の公用パソコンを押収した。そこには、告発文のデータが残っていた。文章作成・流布の疑いで喜多河副知事は、3月25日に綿世からヒアリングを行った。喜多河副知事は、綿世県民局長を厳しく問い詰めた。その結果を経て、綿世康秀は、西播磨県民局長の職を解かれ総務部付とし、処分として停職三か月を言い渡された。それを受けて喜多河副知事は、記者会見でこう述べている。


「県民局長というのは部長級です。部長より上といったら副知事しかいませんので最初の聴取だけは私がやりました。事実無根の内容が多々含まれている内容の文章を、職務中に、職場のPCを使って作成した可能性がある、ということです。告発文書は、4ページ、126行にわたって、佐藤知事、私(喜多河副知事)、県部長級職員らによる種々の問題行為を列挙している。決して上品とは言えない書きぶりだが、具体性に富み、迫真性がある。知事によるパワーハラスメントについては、被害者の職員からの訴えがあれば、暴行罪、傷害罪に当たる、ものだった。内容は、事実無根で根拠がなく、一人の職員による職務専念義務違反とか地方公務員法上違反と考え処分にいたりました。議会関係者、警察、マスコミ等へも提供しています。しかし、関係者の名誉を毀損することが目的ではありませんので取扱いにはご配慮願います」


 この段階での告発文書扱いの取り扱い方が後の混乱を招くになるとは、当事者たちは知る由もなかった。県当局者が最初にやるべきことは、「人事管理上の事案」とみなし、それが正当な内部告発や公益通報である可能性を視野に入れ、当事者である知事から独立した第三者にその可能性を検討してもらう、との行動を選ぶべきだった。


 3月末に定年で退職する予定だった綿世だったが、県は退職をいったん保留にした。綿世康秀西播磨県民元局長は懲戒免職を恐れて震えて時を過ごした。ただ、知事・副知事は停職三か月で済ませるつもりだった。懲戒免職を決めていれば、事態の早期終息を願い判断する。また、流布された情報が悪化した場合、懲戒免職を選ばなければならないことを懸念して、鎮静化に動いた結果だった。


 佐藤知事は4月2日の記者会見で「当該文書は、兵庫県の公益内部通報制度では受理はしていませんので、公益通報には該当しない」と述べて終息に努めた。

 事が思っていた以上の大問題になり、処分の再考・取り消しを目的に渡瀬は武中議員のアドバイスを受け、4月4日、県の公益内部通報制度を利用し、文書の内容を内部通報した。

 内部通報の解釈の違いにより、兵庫県の迷走が始まった。


 「不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でない」。人事上の恨みを晴らす目的が主であれば、「公益通報」非該当になる。違法行為を是正しようとする目的と恨みを晴らす目的が併存している場合は、強い悪意があったと言えない限り、「公益通報」非該当とは断定できない。したがって、「公益通報」だと一応みなして取り扱うべきという考えもある。恨みを晴らす目的か違法行為を是正しようとする目的なのかを第三者委員会などで決める必要の有無は記載されておらず、グレーゾーンの領域だ。この曖昧さが、是々非々を噴出させ、迷走する。

























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