諦める事を覚える
ふと、道路の周辺で人が走り去る姿が見えた。
何やら急いでいて、他にも悲鳴の様な声が聞こえてくる。
ようやく、物思いに耽る事から離れると、商店街前に人の姿があった。
悶え苦しむ様に体をくねらせて、次第に服を破り筋肉が肥大化していく。
「うわぁ!!
外出していた男子生徒の一人がその様に叫んだ。
「は?!」
〈
人が武器と成る方向性は二種類ある。
武器化の制御をする事が出来る代わりに出力が低下する〈
武器化の制御が出来ず、出力が最大になる代わりに理性が消え失せ、手当たり次第を破壊し尽くし殺戮の限りを尽くす〈
今、刻の前に悶えるのは、先程覚醒を果たした〈
この世界の人間は皆、その肉体の内部に武器化現象を備えている。
それが覚醒するのは今日かも知れないし死ぬ寸前かも知れない。
一度覚醒をしてしまえば、その肉体が元に戻る事は無い不可逆なものだった。
「くッ」
相手を見据える。
魔装凶器と化した元人間。
肥大化した腕から生える無数の釘。
恐らく、この人間が発現させた武器は、〈釘バット〉なのだろう。
「うがぁ!!」
叫ぶと共に、魔装凶器が大きく腕を振り上げる。
ぶんぶんと振り回すと、男子生徒たちは蜘蛛の子を散らす様に離れる。
「
「誰か緊急要請をしろ!!」
商店街の店員らしき男性が、男子生徒に声を掛けた。
「な、なあ、あんたら武装人器だろ?!何とかしてくれよォ!」
そう言うが、彼らには無理な話である。
「
「早く、早く
そう言って誰も魔装凶器を止めようとしなかった。
そして、魔装凶器は腕の武器を構える。
人間の時よりも二倍に膨れ上がった魔装凶器。
近くに居た子供連れの主婦に向けて攻撃をしようとする。
どうやら主婦はその場から逃げ遅れたらしい。
「いやああ!!」
叫ぶ主婦、せめて子供でも守ろうと抱き締める。
烈しい音と共に、衝撃が地面を伝わる。
しかし、主婦たちに怪我は無かった。
「ぐ、ふッ!」
真正面から魔装凶器の攻撃を受け切った刻。
頭部を強く殴打されたが、頭部が破壊された様子は見られない。
「奥さん、早く、離れて」
釘バットが当たる寸前、刻は頭部から歯車を出した。
釘の頭部が彼の頭に減り込む事無く、歯車に当たった為に、辛うじて衝撃が頭に伝播する程度で済む。
「あ、貴方も早く逃げなさい!!武器になっても、叶わないでしょ!!」
主婦はそう言いながら子供を連れて離れる。
確かに、彼女の言う事は正しい。
「そうだ!!ってお前!!屑鉄ッ!!」
「お、俺達は誘導、非難だ、あいつが捨て駒に…いや、時間稼ぎをしている間にッ!!」
「あいつ馬鹿だろ、
「まあ、屑鉄だし良いんじゃね?」
「そ、そうだよ…むしろ、身の程を弁えろって感じだろ」
「屑鉄の癖に、な」
彼らの声が聞こえてくる。
確かに、彼らの方が正しいと思える。
此処は、
だが、それを待った所で、一体、魔装凶器がどれ程の被害を齎すか。
人を傷つけるかも知れない、大切な何かを壊すのかも知れない。
その様な性格の良い、正義の味方が自己献身に奔りそうな事など、刻は一切考えない。
あるのは単純な考えだ。
(キレた、何もかも、俺も、テメェもッ!!)
誰も彼もが無理だ無謀だと告げる。
刻には価値が無い、意味が無い、どうしようも無いと、蔑み笑い、嘲り指を差す。
気に食わない事ばかりだ、最早、我慢をする必要はない。
「魔装凶器だってんなら、倒しても良いよな?なんせ俺は、武装人器だもんなぁ!!」
拳を強く握り締める。
拳骨部分から二枚の歯車を突飛させた。
歯車の一枚目を回転させ、二枚目を逆方向に回転させる。
そうする事で、肉を抉る破砕機と同じ役割を持つ武器へと変えた。
それを自らの頭を殴った釘バットの様な腕に向けて叩き付ける。
めり、めりッ、と嫌な音を立てながら肉を食い込ませて破砕していった。
腕との神経が繋がっているのか、魔装凶器は赤い目を細めて後退した。
「うがァ!!」
刻を睨み付ける魔装凶器に対して、刻は歯車を引っ込めて歯を剥き出して笑った。
「キレたか?お互い様だぜ、キレてんだよこっちも!お揃いだなァおい!!」
刻は手招きをする。
自分一人で、この強敵を倒す気概だった。
刻は地面を蹴ると共に蹴りを繰り出した。
脚部に歯車を飛び出させ、足を振り回す際にハンマーの様な破壊力を生み出す。
横腹を蹴られるが、魔装凶器は自らの表皮に釘を剥き出しにさせ、釘の先で歯車を受け止めた。
「さっきの、見て無かったのかよォ!」
得意げに叫ぶ刻。
彼の脚部から飛び出た歯車は二枚重ねであり正反対に動き出すと破砕機の要領で釘の部分をへし折り、更に魔装凶器の脇腹を抉っていく。
「ぐぉ、ぁああ!!」
叫ぶ魔装凶器。
釘バットと化した腕を大きく振り上げて刻に向けて叩き付ける。
刻は両腕で頭部を隠す様に防御を行う、その際に腕の部分から歯車を出して盾の様に扱う。
「ぐもあぁぁ!!」
それでも構わず、魔装凶器が刻を地面に叩き付ける強烈な一撃を与えた。
地面に亀裂が走る程の一撃を受けた刻は衝撃を受けて目から火花が散った。
「おいおい、あれヤバイんじゃねぇの?!」
「鉄屑が調子に乗ったバツだな」
攻撃を与えた足が魔装凶器から離れた、そして地面に横たわる刻に向けて巨腕釘バットを振り下ろし最後の一撃を与えようとした時。
「まだ、まだッ、ぁ!!」
刻は自らの背中に複数の歯車を生やす。
歯車を車輪の要領で回転させ、魔装凶器の釘バットから攻撃を回避した。
「はぁ…はぁ…」
刻は息を荒げる。
敵の状態を確認する。
釘バットと化した腕は痛覚はあるが、相変わらず振り回す事に抵抗が無い。
その事から武器の部分を攻撃してもダメージは無い事を理解。
しかし、脇腹、釘が飛び出た部分を折り、肉を削ると体液が漏れていた。
人体に近しい部分を攻撃すれば、ダメージを与える事が出来ると判断する。
(あぁ、楽しくなって来やがった!俺が、戦処女神の力を借りず、魔装凶器と渡り合ってやがる!)
体中から血を流しながら、刻は笑っていた。
それを見ていた周囲は血の気を引きながら恐ろしいものを見るかの目をしている。
「何笑ってんだよ、気持ち悪い」
「殴られ過ぎて、頭がイカれちまったんだろ」
男子生徒たちはその光景を見ながら言った。
刻にはそんな言葉は耳に入って来なかった。
(生身の部分、魔装凶器として武器化してるが、人間と同じ感触だ、つぅことは、その部分を狙えば、十分に勝機があるって事だ)
刻は狙いを定める。
敵をどうやって倒すのかを算段していた時。
「…ッ!戦処女神だ!!」
男子生徒の一人が歓声を口にした。
周囲の人間は視線を現場に到着した戦処女神の元へと向ける。
「まあ、これは一体、どの様な状況でして?」
お嬢様口調で話し掛ける、紫陽花の様な色合いをした女性。
「魔装凶器が一体…それと、あれは…さっきの」
四葩八仙花は刻のボロボロの状態を見て目を丸くしていた。
(周囲の建物は損壊している、けれど、負傷者は見た所無し…あの御仁以外は)
「や、やっと来ましたか!
「早くやっつけましょう!お、俺の体を使って下さい!!」
観戦していた男子生徒たちは彼女の元へと近付く。
この状況を逃す手など無いと思っていたのだろう。
魔装凶器との戦闘、戦処女神に使われる事で、自分の実力を加味して貰う、と言う算段だ。
例え、四葩八仙花が使って、不要と判断されても…最悪、魔装凶器と戦った武器として話が独り歩きすれば、戦処女神が自分に興味を引いてくれる筈、と浅ましい事を考えていた。
それを見透かす様に、四葩八仙花は彼らの顔を見て軽蔑の表情をした。
「お嬢様に近づくな」
彼女の背後から、声が聞こえてくる。
その声は、女性の声であり、青色の髪をした女性であった。
左右によって髪の長さが違い、執事の様な衣服を着込んだ女性。
ベストを着込んでいるが、かなり胸が大きい事が分かる。
彼女は四葩八仙花が使役する、元・男性の武装人器である。
「
悠長に四葩八仙花は言った。
その言葉に、雅と呼ばれた武装人器は頭を下げる。
武装人器は、全身全霊を戦処女神に捧げる。
神器と呼ばれる程の領域に達すると、人では無く神としての領域に至る。
そうなると、人として必要な生殖機能の喪失に伴い、肉体が再構築されるのだ。
即ち、男性器の消失による、女性転換である。
ある意味、新しい命へと転生するようなものであった。
そうなると呼び方も変わる。
武装人器と言う名は、神の武器に相応しくない。
〈
四葩八仙花は、男子生徒たちに視線を向けると質問をする。
「何故、あの御仁が戦っていまして?」
そう言われ、男子生徒達は目を合わせる。
失礼のない問答をしようとしたのだが、しかしどういうのが正解なのかが分からなかった。
彼らの言葉を詰まらせる表情を見た末に、再び四葩八仙花は質問を変える。
「武装人器である、あなた方が、何故、市民を守る事無く傍観をしていまして?」
一人の男子生徒が声を出す。
「そ、そんなの当たり前じゃないですか!俺たちは戦処女神の居ない武装人器です!肉体の一部を変化する事しか出来ない一般人ですよ!!」
「そうです!!むしろ、市民が被害にならない様に守っているんです!!」
「咎められる様な事は、一切していません!!」
ならば。
四葩八仙花は戦闘を行う刻を見て言う。
「武装人器であり、武器としてすら使えないあの御仁が、どうして戦っているんでして?貴方がたよりも、弱い、鉄屑と言われた者が、何故?」
その言葉に声を詰まらせる。
誰も彼もが答える様な真似はしなかった。
後ろめたい感情が、彼らにはあったのだ。
「…それが貴方がたが選ばれぬ理由なのでしょう、武器とは何か、ただ壊す為にあるのではありませんことよ?…守る為に武器はあるのです、命を、宝物を、尊厳を、守る為に…貴方がたは自分を使えと言いますが、頼りにはなりませんわ」
そして、刻の方へ再び視線を向ける。
前回出会った時は、酷い仕打ちをする酷い殿方と言う印象だ。
しかし、今は違う、彼の勇姿は彼女の胸を高鳴らせる誇り高き様を感じた。
「鉄屑と言えども、志の高き武器こそ、この私に似合うと思いませんこと?」
「然り、お嬢様の言う事は須らくの事です」
と、近くに居た雅は言い、そして数秒沈黙した末に言う。
「それでも、武器として使い道のない男をお嬢様に使わせる訳には行きませんが…」
「分かってますわ!余計な事は言わなくても宜しくてよ!!」
雅の言葉にそう言い放ち、彼女達は優雅に歩き、そして戦闘領域へと足を踏み込んだ。
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