オークション
屋上の片隅。
壁に腰を下ろして焼きそばパンを食べる刻。
結局、コーヒーミルクを回収する事は出来なかった。
なので、口の中が焼きそばの脂でぎとぎとになりながら食事を行う。
(…これが正しい事なんだ)
呆然と、刻は過去の事を思い出している。
『あたしと契約してよ、刻ちゃん』
彼女と出会った時。
幼馴染としての再会を感動するよりも先に、刻は勧誘された。
装神館學園を入学すると共に告白された刻は、その誘いに乗ろうとした。
その時点で武器として活躍する事は不可能だろうとされた刻。
そんな自分が、戦処女神に求められる事は嬉しい事だったのだが。
『武器として?刻ちゃんは戦わなくても良いから、あたしの傍で、一緒に居てくれるだけでいいの』
彼女の誘いに乗り掛けた。
その際に言われた言葉に、彼は笑みを殺した。
元は人だった、それでも武器として覚醒した以上、精神も矜持も武器として存在し得る。
それなのに、彼女は面前と刻を武器として扱わないと言った。
武器が武器として活躍しない事が、どれ程苦痛な事であるのか。
『はやく、契約しようよ、そうしたら、あたしと刻ちゃんは、ずぅっと一緒だから』
幼馴染が、自分だけに見せてくれる微笑み。
幼少期の頃から変わらない満面の笑みに、刻は同じ様に返す事は出来なかった。
『…俺は、武器だ、武器以外の使い方なんざ、されたくねぇよ』
幼馴染に諦観を覚え、刻はその場から立ち去る。
当の本人は、何故断られたのか分からないだろう。
戦処女神として覚醒し、必然的に、武器としての評価をしていたのだ。
それでも尚、貴方が欲しいと言えるだけでも立派なのだろうが。
少なくとも、武器として生きる事を決めた刻にとってこれ程悲惨な言葉は無かっただろう。
そうして、二人は決別した。
いや、刻が一方的に決別したのだ。
彼女の元に居れば、自分は戦処女神に愛された存在として周囲の武器とは違う、カースト上位に食い込めるだろう。
しかし、武器としての評価は以前、無価値のままとして残る。
だから、刻は折紙千代姫と一緒になる事は無かった。
「…はあ、考えても仕方がねぇな」
無気力な自分に焦りを覚えるが、それでも現状を考えればどうしようも無い。
自分を使ってくれるパートナーなど居ないと言う事実。
それがある限り、刻は武器として評価などされないのだ。
(取り合えずは、俺を使ってくれる人を探す、その為に…)
刻は懐に入れたチラシを確認する。
それは、武装人器が最終的に行き付く場所だった。
ブンダーカンマーオークション。
端的に言ってしまえば、自分の価値を定めてくれる場所だ。
(ここに懸ける、俺を選んでくれる戦処女神が要る筈だ…)
一縷の望みを抱き、オークションに自分を出品する事に決めた。
オークションルーム〈ブンダーカンマー〉。
能力と人権を競売へ出し、
既に競売は始まっていて、夫々の
「はい、20番、400、33番、440、04番、500ッ!はい、500万、出ました!他、他には居ませんか?はい、落札ゥ!!」
大賑わいを見せる競売会場。
幕の裏側から外を見る刻。
ステージの上には多くのスポットライトに照らされている。
客席は暗いが、何とか競売で扱う札が見える程の灯が付いていた。
「04番の
「これまで全部買ってるぜ?」
「あぁ、もしかしたら全部、競り落とすんじゃないのか?」
そう男子生徒達が話していた。
その話に割って入る様に、刻が顔を出す。
「誰の話をしてんだ?」
そう聞くと、男子生徒達は振り向いた。
相手が刻であるのを確認すると、同情の顔を浮かべる。
「あぁ、お前か…あれだよ、トワイライト様だ」
そう言われたと同時。
「おい、次は…なんだ、鉄屑かッ!」
運営の役員がステージの幕から入って来る。
そして、刻の顔を見てそう罵った。
睨まれながら、蔑称を言われれば、流石の刻も言い返したくなったが。
「お前、時間通りに来いよ!お前がトリになっちまっただろうが!!」
そう言われて刻は即座に黙った。
確かに、時間通りに来なかったのは自分が悪い事だった。
会場に辿り着くまでに、かなりの時間を有してしまった。
それは言い訳に過ぎないので、刻は口を出す真似はしなかった。
「ほら、最後だ行って来い!!」
そう言われて、刻の背中を押してステージの上へと出される。
躓きそうになりながらも、刻はスポットライトに当てられながら周囲を見回す。
(さっき、トワイライトって言ってたな?)
そう思いながら、彼は目を動かして探す。
「うわー…あれ」
「鉄屑だ、売れ残ってるじゃん」
「誰か買わないの?」
「買うワケないでしょ、あんなゴミ」
最早慣れたものであり、刻は特に気にする様子も無く周囲を探して、そして見つけた。
暗闇の中でも黄金の色気を持つ女子生徒。
トワイライト。
名前は刻も聞いた事がある。
畏怖の意味を込めて〈人器殺し〉のトワイライト、である。
敵である〈
トワイライトは、多くの〈
それにより、彼女は一度、武装人器を使用するだけで破壊してしまう程に力を流し込んでしまう傾向にある。
その為、彼女に選ばれると言う事は、人器の肉体は補修不可に至るまで破壊されてしまう。
しかし。
武器として使われて死亡した場合、それは名誉ある事として世間的にはそう認識される。
トワイライトと共に戦ったと言う事実、彼女の歴史の一部に慣れると考えれば、彼女に扱われる武装人器もまた悦ばしい事であった。
「…うーん」
トワイライトは刻の顔を見ていた。
金髪で、さらさらとした髪に、名前と同じ彼岸花を模した髪飾りを付けた彼女は、頬を赤くしながら刻の顔を見詰めている。
(…もしかして、俺を取ってくれるのか?)
舌先を出して舌なめずりをしながら、淫靡な笑みを浮かべていた。
脈ありか、と思っていた刻だったが、突如としてトワイライトは客席から立ち上がる。
それに伴い、付き人である武装人器たちもその場から離れだした。
「面白そうな方ですが…きっとすぐに壊してしまいます」
目を細めて、刻を見ながらそう告げる。
「可愛らしいですが…だからこそ、無闇に奪ってはならぬ命もありますからね」
その様に刻を評価していたが、その様な言葉は、刻の耳には届かない。
そして、彼女はオークションルームから退席してしまう。
(俺だけ買わないのかよ、…いや、買われてたら使われてたし、そうなると…死んでた?…じゃあ買われなくて良かったのか?いやでも、武装人器としてどうなんだ?いや、他にも俺を買ってくれる人がいるかも…)
そして周囲を見回す刻だったが。
誰も札を挙げる素振りは見せなかった。
それ所か、トワイライトの退室に伴い、他の
誰も、刻を見てはいなかった。
「…笑っちまうな」
顔を引き攣らせながら、やせ我慢をする様に、刻はそう言って笑っていた。
武器として評価を得る為にオークションに出た。
なのに、武器として買われる事すら出来なかった。
それは最早、刻はスタートラインにすら立つ資格が無いと言われているようなものだったのだ。
「売れ残っちまったなぁ」
呆然としながら刻は空を見上げながら歩いていた。
何故か、悔しい気持ちは無かった。
この結果は予想出来ていたからだろう。
思えば最初の頃からだった。
武装人器として覚醒した年。
学園へと転入して来た刻は現実を知った。
最初のパートナー決めの時も、クラスの大半が
『あー、余り物だ』
『本当だ、かわいそー』
『ナイフとかだったら私が貰って挙げよっか?』
情けを掛けて、刻をパートナーにしてやろうと言う者も居た。
しかし、刻の能力が歯車と聞くと、彼女達は笑った。
『ウソ、武器ですら無いじゃん!』
『そんな武器形態でどうやって戦うの?!』
『あぁ、おかしいッ!鉄屑が夢見ちゃってる!』
それに釣られて笑う男子生徒達の顔は、自分が無能な能力で無くて良かったと思っている、そんな顔をしていた事を覚えている。
(最初の頃は、見返してやるって気持ちだったけど…もう誰も、俺の事を必要としてねぇんだって思うと、やっぱ、そうだよなぁ、って、そんな感想しか出て来ねぇや)
掌を見詰める。
刻は歯車を生み出すと、ゆっくりと回り出す。
(俺って存在を認めて貰う為に、努力をしたが…誰からも見向きもされなかった)
掌から、肩から、足から、首から、背中から、あらゆる箇所から歯車を生み出す、木製の歯車やシリコン製、金属製の歯車と多様な歯車である。
「…それならもう、仕方がねぇか」
刻は苦悩から解放を望んだ。
最早、武装人器としての価値は無い。
それを理解出来た以上、刻は逆に諦めが付いた。
「これが、運命って奴だ、潔く諦めるしかねぇよな?」
儚げに笑いながら、刻は自らの歯車を収納する。
(それか、大人しく折紙千代姫と契約するか?…は、何を今更、お前が否定したんだ、それなのに、擦り寄るなんて、虫が良すぎる話だろ)
折紙千代姫はそんな事気にしないだろうが、その道は自分にとって都合の良い展開でしかなく、彼女に買われると言う選択を選ぶ気にはなれなかった。
すっぱりと諦めた刻は自らの腕時計を確認する。
(考える事を諦めたら腹が減ったな…)
腹部に手を添えて、刻は歩き出す。
放課後の時間帯であり、学園外へ外出する生徒の姿が見られる。
刻もゆっくりと歩きながら外出をして、周囲を見回した。
(何か飯を食って、その後はどうするか…)
最早、武装人器としての道は諦めた。
ならば学園に居る意味も無いだろう。
早々に退学届でも出そうかと考える。
しかし、そうなると法律の問題に当たってしまう。
一応は優良武装人器として認定して貰う為に卒業はした方が良いだろう。
で無ければ、一生、不良品として首輪を装着する人生が待っている。
そんな窮屈な人生は嫌なので、退学届けを出す事は止める、そう考えていた時だった。
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