最終話:変態姫騎士はキューピッドかもしれない

「ま、まいたか…?」


街道を少しそれた森の木の陰に潜み、俺は周囲を警戒した。


「し、師匠…?」


ユーニはなぜ俺がここまで警戒しているのか理解していないらしく、首をかしげながら俺を見上げている。


「奴だ…奴が来たんだ…宣言通り若返りの霊薬をがぶ飲みして…!」


怯えおののく俺。


「若返りの霊薬…あの人ですか…」


頭を抱えるユーニ。


「さあロリコン調教師! お前好みの幼い姿になってきたぞ!」


そして現れる、変態姫騎士。


こちらの隠密行動など完璧に見抜いて迷いなくここに走ってきたこいつから逃げるのは、もはや不可能だろう。


いろんな意味で、盤面は詰んでいる。


婚活のためなら何でもやる、肉食系にもほどがあるこのエルフを何とかする方法を、俺がそう簡単に思いつくはずもないが。


「あげませんッ!」


いつぞやの再現のように、ユーニが俺にしがみつく。

つまり、状況は変わらない。

何とかする方法は分からないが、何とかしなければならないという方針だけは、確定しているということだ。


「悪いが、俺はユーニのだ。諦めてもらうわけにはいかないか」


とりあえず説得を試みるが。


「せめて霊薬をがぶ飲みする前に言え! この姿を好む好事家な強者を探さないといけなくなったじゃないか! 責任とれ調教師!」


実に理不尽なヒステリーを起こされた。


「自分で勝手に飲んどいて言うセリフかよ…」


ため息で返すしかないが。

まあ、それで納得してくれるはずもない。

変に不満をためられて、襲い掛かられるのだけは絶対に避けたい。


「…その好事家な強者を一緒に探すので勘弁してくれ。重ねて言うが、俺はユーニのだからな」


ユーニは大輪の花が咲くような笑顔で俺に抱きつき、変態姫騎士は不承不承といった様子で俺から離れた。




その夜、俺はユーニの懇願を断り切れず、彼女を破門にした。

それが何のためであったかについては、ご想像にお任せするとしよう。




「おはようございます」


野宿明けの朝、ユーニはいつもより近い距離感で俺に朝の挨拶をしてくれた。


「今日はどんな調教をしてくれるんですか? 師匠」


相変わらず、ユーニの言葉遣いはいかがわしい。

だが、それよりも今は。


「その呼び方は禁止だな。破門なんだし」


昨晩の波紋をもって、もう、彼女と俺は師弟の関係ではない。

それが二人の間ではもはや垣根でしかないことを確認しあった今、その呼び方は、無粋にしか感じられなかった。


「そう、ですね…えへへ」


幸せそうに自身のへその下あたりをなでながら笑みをこぼすユーニから目を逸らし、意識せずに済むように、これからなんと呼んでほしいのかを考え、そして、俺は自分が名無しであることを思い出した。


「…といっても、名無しだったな、俺」


「そうなんですか?」


首をかしげるユーニに、俺は首を縦に振る。


「ああ。この間タレントの資料を見せてもらったときに、俺は名無し表記だった」


俺を名前で呼べると一度は期待していたのか、ユーニはわかりやすく肩を落とした。


「そう、ですか…」


その寂しい顔をどうしてあげればよいか考えてみたが、結局俺に思いついたのはろくでもない質問だけだった。


「ユーニは、俺のことをどう呼びたい?」


その問に、ユーニはしばらく考え込み、そして。


「もし、よければ、ですけど」


ためらいがちに、頬を染めて、新しい呼び方を提案した。


「お兄様、と」


兄か。今の俺とユーニの関係を前提とすると、かなり倒錯的だが。


「分かった。そう呼んでくれ」


ユーニが望むなら、それでいいだろう。


「ありがとうございます。お兄様」


ユーニは心底嬉しそうに笑った後、俺の耳に唇を寄せて、ささやいた。


「これからも、私をいっぱい調教してくださいね、お兄様♡」


「いかがわしさのレベルが二桁くらい跳ね上がった気がするなぁ…」


俺は苦笑しつつ、ユーニをそっと抱きしめた。


「お前ら…私への当てつけか何かか…?」


エルフの変態姫騎士リーゼが、羅刹女の相でこちらを睨んでいることに気づくまでは。




その後の俺とユーニの関係については、まあ、


ユーニが姫騎士のマスターレベルに達し、タレントが変化したころにおなかが大きくなってきて、その半年ほど後には、俺は父親になったということと。

俺たちの息子が魔王を倒して世界を救ったとかで、老いた俺とユーニが世界のどこを旅しても息子の銅像を目にしたということ。

それと、息子の嫁は幼い外見のエルフだったことだけ、明らかにしておこう。

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姫騎士調教中~あの、卑猥な声出すのやめてもらえますか~ 七篠透 @7shino10ru

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