「影に揺れる心」
平穏な火曜日の午後、鈴木太白は教室の机にうつ伏せになり、窓から差し込む陽光が散らばった彼の教科書を照らしていた。昼休みの教室は特に静かで、クラスメートたちは三々五々集まり、おしゃべりをしたりスマートフォンをいじったりしている。太白は相変わらず無言のままで、机の上で指先を軽くトントンと叩いていた。それは何かを考えているようでもあり、ただ漫然と時間を潰しているようでもあった。
突然、教室の前方で数人のクラスメートがひそひそと話し始め、その中の一人の声が太白の耳に届いた。
「聞いた? 沖田さん、休学したらしいよ。本当かな?」
「えっ? 休学? どうして?」別の声が驚いた様子で返す。
「どうやら家の事情らしい。彼女の父親の会社が問題を抱えていて、引っ越すことになるみたい。」
その言葉は冷たい刃のように太白の耳に突き刺さった。彼は突然顔を上げ、話しているクラスメートたちの方を見た。心臓が制御不能なほど早く脈打ち、その言葉が脳内を占領していく。「休学? 引っ越し? 玉妃がいなくなる?」
太白の思考はたちまち混乱に陥った。冷静さを装おうと必死だったが、震える指先が内心の動揺を隠しきれない。彼は教科書を開き、勉強に集中しようとしたが、文字はぼやけて内容が頭に入らず、心は乱れたままだった。
午後の授業中、太白の意識はずっと玉妃のことに囚われていた。教師の話も聞き流し、いつ授業が終わったのかさえ気づかなかった。気がつくと、教室はすでに無人で、静寂だけが残っていた。彼のそばに立っていたのは、千葉夕嬢だけだった。彼女は優しい声で言った。
「太白、もう放課後だよ。どうしてまだ帰らないの?」
太白は少しぼんやりしながら、自分の荷物を慌ててまとめた。
「ごめん、少しぼんやりしてた。」
夕嬢は彼の異変に気づいたが、特に問い詰めることはせず、教室の出口で待ちながら言った。
「一緒に帰ろう。今日は風が少し強いみたいだから。」
二人は並んで帰り道を歩いた。冷たい風が街を吹き抜け、落ち葉が空中を舞っていた。太白はずっと俯きがちで、その足取りはいつもより重かった。彼の頭の中では、「沖田さんが休学した」という言葉が何度も繰り返され、不安と無力感が胸を締めつけていた。信じたくない気持ちと、現実を受け入れざるを得ない気持ちが入り混じっていた。
交差点に差し掛かった時、夕嬢が立ち止まり、太白の方を振り返った。
「何かあった?」
太白は一瞬戸惑ったように彼女を見つめ、やがて小さな声で答えた。
「……沖田が、休学したって聞いた。」
夕嬢の瞳がかすかに揺れた。彼女は少し考え込んだ後、優しく尋ねた。
「彼女に連絡してみたい?」
太白は苦しそうに目を逸らしながら、力なく言った。
「……わからない。彼女はもう、僕と関わりたくないんじゃないかと思う。」
夕嬢は彼を無理に説得しようとはせず、小さくため息をついてから言った。
「時には、ほんの一言だけの挨拶でも、相手の心に届くことがあるよ。もし、それがあなたのすべきことだと思うなら、やってみてもいいんじゃない?」
家に帰ると、太白は机に座り、スマホを手に取りながら沖田玉妃との過去のチャット履歴を開いた。その短いやり取りの一つ一つが、彼女の面影をまだ残しているように感じられた。まるで彼女がまだどこか近くにいるかのようだった。しかし、今の太白には、それらのメッセージ一つ一つが重くのしかかり、呼吸すら苦しくなるほどだった。
彼は長い間迷った末、結局何も送信しなかった。スマホをそっと机の上に置き、両手で顔を覆いながら、ポツリとつぶやいた。
「きっと、もう僕なんか必要ないんだよな……」
その夜、太白はなかなか眠れず、布団の中で何度も体を寝返りさせた。頭の中には玉妃との思い出が繰り返し浮かんでは消えていった。初めて出会ったときの彼女の冷ややかな瞳、そして別れ際に見せた決然とした背中……。それらの場面がまるで映画のように次々と再生され、彼の心を締めつけた。
彼女の微笑み、そして雨の中で一人佇む彼女の孤独な姿……。それらが次々と思い出され、太白は胸が張り裂けそうだった。
うとうとしかけたそのとき、スマホの画面が突然明るく光った。彼は飛び起き、鼓動が急激に速くなるのを感じながらスマホを手に取った。しかし、それはただのニュース通知だった。深いため息をつき、彼はスマホを再び横に置いた。
外では風が音を立てて吹き荒れ、その音はまるで遠くからの悲鳴のようにも聞こえた。太白は天井を見つめ、何も考えずにぼんやりしていた。「きっと時間が解決してくれるはずだ」と自分に言い聞かせようとしたが、目を閉じるたびに彼女の姿がはっきりと浮かんできて、その度に彼の心には冷たい痛みが走った。
自分が沖田玉妃の休学を知ってから、太白の気持ちはさらに沈んでいった。千葉夕嬢は彼の変化を察していたものの、何も言わなかった。ただその胸の中に、太白の苦悩を見るたび、どこかチクチクと刺さるような痛みが広がっていた。しかし、彼女は知っていた。沖田玉妃に関することにおいて、自分がどれほど努力しても、太白の心を完全に奪うことはできないのだと。
その日の夕方、夕嬢は部活動の終わりに、一人窓辺に立って外を眺めていた。空は次第に暗くなり、街灯がぼんやりと灯り始めていた。彼女の指先は机の表面を軽く撫で、頭の中には、校庭で物思いに沈む太白の姿が浮かんでいた。彼の視線はどこにも焦点が合っておらず、顔には彼女がこれまで見たことのない疲れと孤独が滲み出ていた。
部活動が終わった後、夕嬢は一人で帰宅する道すがら、小さな路地を通り抜けながら、足を止めて少し俯いた。
「私はただの友達。それ以上でもそれ以下でもない。」と、彼女は小声で自分に言い聞かせた。しかし、その言葉が終わるや否や、頬を伝う涙が止められずに流れ落ちた。
急いで家に帰った夕嬢は、部屋の扉を閉めるとすぐに机に向かった。引き出しから日記帳を取り出し、手に持ったペンを持ち上げたものの、その動きは長い間止まったままだった。そして、やっとの思いで彼女は文字を綴り始めた。
「私は彼のそばにいられるだけでいいと思っていた。でも、彼が他の人のことで苦しんでいるのを見るたび、私の心も同じくらい引き裂かれそうになる。このままで、私に何ができるのだろう?」
書き終えた後、夕嬢は手の甲で涙を拭い、微かに苦笑しながらつぶやいた。
「それでも、彼のそばにいる理由がまだあることを、私は幸せに思うべきなのかもしれない。」
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