第14話 ダルツィーク湾海戦の影響

 勇暦790年8月25日。首都フレスベルグの王宮にある会議室で、ヴィルヘルム王とラインハルトはダルツィークにおける戦闘に関して報告を受けていた。


「戦艦「ブラウ・シュテルン」は第41駆逐隊の援護により、無事にロストロクに到着。艤装工事の続きを現地で受けております。ですが戦闘艦は相当数が損傷しており、キルスやロストロクの戦力も考慮すると、イルフィランドとの海上戦闘は些か厳しいものとなる可能性が高いです」


 プロジア海軍総司令官のアドルフ・ボニファティウス・レーダー海軍大将は言い、臨席する者達はそろって悩ましい表情を見せる。報告書では海軍の地上施設に爆撃の被害が大きく、艦艇の整備や建造工事そのものに大きな遅れが生じると、率直に厳しい内容が書かれている。粉飾の類は記されておらず、実直を売りにしているレーダーらしい内容だとヴィルヘルムは評していた。


「…積極的な艦隊運用ができないのは、運用ローテーションが乱れるからか」


「その通りです。また、主力艦に関して我が国とイルフィランドの間に数的差はほとんどなく、むしろ質の面で相手に劣っており、純粋に艦隊決戦を挑む場合は相当な苦戦を余儀なくされる事でしょう」


 イルフィランド最新のクイーン・マルガレーテ級戦艦は、ゴーティア自慢の長砲身38センチ砲を8門搭載しており、射程距離と貫通力の双方で我が方の戦艦を一方的に破壊できるとされる。これに対抗するために40.6センチ砲を採用したブラウ・シュテルン級戦艦を建造しているのだが、現在洋上に浮かぶのは一番艦の「ブラウ・シュテルン」だけであり、二番艦以降は未だにダルツィークとデモナハーフェンのドック内で進水式を待つばかりであった。


「また、残存艦隊主義も此度の戦争では効果が薄いでしょう。アウスタリア継承戦争の後、イルフィランドは継戦能力の致命的な低さを改善するべく、兵器の国産化を押し進めてきました。特に潜水艦は他国へ輸出する程に高性能で、今後は潜水艦戦力による通商破壊とブリタニアとの分断に取り掛かるでしょう」


 レーダーはそう語りつつ、地図の上に幾つか駒を置く。それが置かれたのは、イルフィランドの領土近く。


「そこで、我々海軍は賭けに出ることとします。以前より『売国機関』を介して入手している敵軍事施設と、航行を制限している機雷原の展開海域。これらの情報をもとに、敵軍港施設へ強襲を仕掛けます」


「…!」


 その言葉に、多くの者が瞠目する。その作戦は『賭け』以外の何物でもなく、参席する者のほとんどがレーダーの発想に対し正気を疑った。


「軍港施設というと…北東のヒルデガルズハヘンか!?」


「無茶な…あそこは確かにイルフィランドの主力艦隊が集う場所だが、セラン島の防衛戦力に悟られずに襲撃を仕掛けるなど、潜水艦でも厳しいのだぞ…!」


 軍の総責任者として参席するヴィルトシュヴァインが珍しく声を荒げる。イルフィランド王国の首都グリテントリヴィがあるセラン島は、イルフィランド海軍の主力艦隊が常に防衛する場所であり、航空戦力も相応に配置されている。この立地を活かしてイルフィランド海軍は、艦艇の建造や整備、演習を自由に行える海域をイルフィランド半島北部に確保し、プロジアとデモニヤの北海進出を厳しくしていた。


 さらに近年では、ゴーティアで開発された磁気探知機を装備した、新型の対潜哨戒機や、対潜装備を充実させた大型水雷艇を多数配備している。つい最近更新された海軍年鑑では、戦艦8隻、装甲艦6隻、重巡洋艦6隻、軽巡洋艦9隻、駆逐艦24隻、大型水雷艇33隻、潜水艦36隻、砲艦18隻、揚陸艦艇20隻、補給艦6隻の計166隻。先のダルツィークでの海戦で2隻を沈めたとはいえ、未だ多くの兵力を抱えるヒルデガルズハヘン軍港を襲撃するというのは無謀に近かった。


「確かに乾坤一擲の策は魅力的だが、我らには蛮勇に全てを賭ける余裕などないのだぞ!海軍は如何なる根拠で此度の策を弄するつもりか?」


 ヴィルトシュヴァインの問いに対し、レーダーは即座に答えた。それも自信満々に。


「此度の作戦、実はデモニヤ帝国の方より秘密裏に協力の申し出を受けております。『売国機関』を介して幾分か下準備を進めている最中であり、国王陛下や総監には迂闊に内容を明かすことができませんでした。先ずはその点についてお詫びを申し上げます。ですが、この作戦が成功さえすれば我が軍は反撃の好機を得られますし、デモニヤにとっても好都合な展開となるでしょう」


・・・


 デモニヤ帝国の首都サンクトキリルブルグにある宮殿、サンクトキリルブルグ城。その中にある執務室では、アレクサンドル帝が窓の外を眺めていた。その背後にはウィルテ宰相の姿。


「よろしいのですか?後でイルフィランドの方から相当な批難が来ることとなりますが…」


「よいのだよ、ウィルテ。彼の国はその狭い国土と少ない人口に見合わぬ軍事力を持ち、我が国の外洋への進出機会を奪ってきた。特に海軍は西への出口を欲する我らにとって大きな脅威だからな」


 何せ3600万という少ない人口で、ゴーティア海軍の1個艦隊に比肩する海軍戦力を保有しているのだ。その上で700万人を不当な理由で排除している真っ最中であり、後々その影響が出始めることだろう。


「つまりは、我らが将来被ることになる面倒をプロジアに押し付けた、という形になりますな」


「ああ。此度の戦争でプロジア海軍は相当な痛手を被る。例えイルフィランドを飲み込んだとしても、我が国のバルター海艦隊の脅威になる程の余力は残すまい。その間に我らはより強大な海軍を有する事が出来る」


 アレクサンドルはそう語りつつ、南西の方角へ目を向ける。その先にはデモニヤ海軍最新の主力艦を建造する造船所があり、今まさに強大な戦艦の建造が行われていたのだ。


 将来、北方艦隊とバルター海艦隊において、西イルピア諸国のそれに引けを取らぬ戦艦群が生まれ、この北海の王とならんとする様子を想像していると、ドアをノックする音が聞こえてくる。


「皇帝陛下、失礼致します」


 ドアを開き、一人の魔人族の将官が入ってくる。ドミトリー・キリル・グリゴローヴィチ提督はデモニヤ帝国海軍のトップである帝国海軍総司令官であり、頭から生える一対の角の様に鋭い口髭がトレードマークだった。


「イルフィランド方面での戦闘詳報がある程度まとまりましたので、ご報告致します。先ずイルフィランド海軍はダルツィークに続き、ホルスタイン地方の港湾都市ケルスに侵攻。揚陸艦艇による強襲上陸を敢行しました。プロジア海軍の現地艦隊はすでにロストロクへ避難し、市民も大半が疎開したため、プロジア側の被った損害は無いとのことです」


「そうか…となると、向こうの方も下手に艦隊決戦を仕掛ける事は出来まい。主戦場はあくまでもホルスタイン州であり、陸戦が主になるだろうからな」


 皇帝はそう言いつつ、グリゴローヴィチに顔を向ける。そして自身の頭から生える角を指でこすりながら言った。


「向こうから合図が来たら、補給艦を何隻か、護衛をつけて洋上に出す用意をしておく様に。我が国は表立っては参戦出来ぬからな、上手くエルフ共の目を欺けよ」


「御意に、陛下」

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