第12話 ダルツィーク強襲
勇暦790年8月24日。プロジア王国北部の港湾都市ダルツィークには緊張が走っていた。戦争が始まったとはいえ、まさかイルフィランド軍が再び襲撃を仕掛けに来たのだ。それに対する対応は早朝という早い時間であるにも関わらず、迅速であった。
「皆さん、落ち着いて避難して下さい!シェルターにはまだ余裕があります!」
「訓練通りにやれば大丈夫だ!今は軍の連中を信じろ!」
市街地にて、大勢の市民が内陸側にある地下シェルターと、その機能を持つ地下鉄の駅に入っていき、警察や海軍歩兵部隊が誘導を行う。消防隊も爆撃による火災を警戒し、消防車に乗って各所へ散開していく。そうして避難活動が進められていく市街の上空を、十数機の戦闘機が駆ける。
『隊長、前方に魔法陣を視認!そこから敵機の出現も確認しました!』
無線より僚機の報告が届き、隊長はゴーグルの奥で目を細める。プロジア空軍第4航空師団に属する彼らはプロジア北部の防空任務と、他方面への応援を主任務としており、此度は前者の任を果たすために展開していた。
今彼らの駆るKt-8C〈スクルヒェン〉戦闘機は、まさにそういった任務に適した機体だった。召喚者一族の経営するカワサキ重工業航空機部門で開発されたそれは、冶金技術に秀でたドワーフと手先の器用なエルフの手で開発・製造された倒立V型水冷エンジンを有し、最高速度は時速600キロメートルに達する。武装は胴体機首上部に据え付けられた2丁の7.62ミリ機銃に主翼内の12.7ミリ機銃2丁と、こんにちのイルピアの戦闘機としては身軽なものであったが、イルフィランドのアウスタリア継承戦争後に導入が進められた旧式機を叩き落とすには十分だった。
その12機の〈スクルヒェン〉に対し、敵は目測でも60機以上という圧倒的な物量で攻め寄せる。主力たる〈Sk-109〉戦闘機を中心に、〈Ja-87D〉急降下爆撃機と〈Ja-88D〉軽爆撃機からなる攻撃隊は、イルフィランドの航空戦力として主力の中の主力であった。
「全機、交戦開始!間もなく味方の増援もここに駆け付ける、それまでに1機でも多く墜とせ!」
『了解!』
命令一過、12機は高度を8000メートルにまで上げていく。教範では『旋回性能に劣る機体は敵より高い位置につけ、一撃離脱を以て強襲せしめるべし』と教えられている。〈スクルヒェン〉は多くの揚力を掴みやすい楕円形翼であり、燃料タンクや引き込み脚、そして12.7ミリ機銃を収められる程度の余裕を持っているため、格闘戦も得意である。が、高速機としての長所を最大限活かせるのならば一撃離脱戦を用いるのが良策であった。
「掛かれ―!」
高度8000メートルにまで昇った12機は一気に降下を開始。都市部に向けて進み続ける敵爆撃機へ迫る。それに気づいた護衛機が上がり始め、爆撃機自身も胴体上部より13ミリ機銃で迎え撃つが、時すでに遅かった。
一斉に機首の7.62ミリ機銃と主翼内の12.7ミリ機銃が吠え、無数の鉛玉が爆撃機の胴体を穿つ。12機の編隊が斜め下へ突き抜けた時には5機の敵機が落ち始めており、〈スクルヒェン〉の編隊は4機編隊へ分散を開始。独自に上昇し始める。その頃には敵の護衛機が反撃に転じようとしていたからだ。
『隊長、敵護衛機が襲い掛かってきます!』
「分かっている!各機応戦、
隊長機はそう言いながらフットペダルを踏み、機体を軽々と翻させた。
・・・
空軍の迎撃を掻い潜った敵機が、軍港区画へ爆撃を開始した頃、湾外には数隻の駆逐艦が隊列を成し、先んじて沖合に展開しようとしていた。
「全艦、戦闘配置!すでに空は空軍の連中が出迎えている、いつでもどんな敵にも対応できる様にしておけ!」
その先頭を進む駆逐艦「ヴォルフ」の艦橋で、艦長兼第41駆逐隊司令官のマース海軍中佐は指示を飛ばす。今この戦隊が求める的確な命令を下し、導くことがこの艦の役割だと自覚しているからだ。
艦名の共通点から
「ヴォルフ」率いる第4駆逐戦隊は2隻の嚮導駆逐艦と12隻の駆逐艦で構成されており、実戦では嚮導艦1隻と駆逐艦6隻の7隻グループ二つに分かれ、先行偵察と敵艦隊への強襲を担う。すでに港湾部では巡洋艦6隻が出航準備を進めており、沖合へ避難している戦艦部隊も間もなく参加する。
7隻の駆逐艦は整然と隊列を組み、ダルツィーク湾の外へと向かう。第4駆逐戦隊を構成するうち片割れの第42駆逐隊は、空母「アステルローツ」を取り囲む形で北東へ向かう。その主目的は十中八九、事前に避難している戦艦部隊や、本来デモナハーフェンを根城としている艦隊との合流だろう。
「しかし、敵さんも随分と欲深いことで。規模は判明しているか?」
「第1戦闘飛行隊の強行偵察によれば、戦艦4隻を主体に巡洋艦2隻、駆逐艦6隻、そして超大型の飛行機が1機だそうです。そしてその飛行機は、艦載機を多数展開しており、空母に近しい能力を持っている模様です」
「超大型の…大方、魔法技術で無理やり浮かした飛空艦だろうな。貴重な魔石を大量に消費してまで浮かべるぐらいなら、空母を造った方が安上がりだというのに…」
マースは呆れ交じりに呟く。開発国のゴーティアと対立相手のガロア王国が競って開発し、遅れて南のサルディニア王国も建造競争に参加したことで有名な飛空艦は、アルピニシア山脈より産出される魔石を燃料として空中に浮かぶ空中兵器である。しかしその建造と運用にかかるコストは大きく、軍事費に多大な負担をかけていた。
それ故に世界各地に植民地を持つブリタニアと、北海の制海権を生命線の一つとするプロジア王国は、洋上での制空権確保手段として航空母艦を開発し、飛空艦に対するカウンターとしていた。無論ブリタニアは人口の多さと経済的余力、そして魔導技術の高さを活かして飛空艦も保有しているが。
「艦長、左舷より「ブラウ・シュテルン」が接近してきます。艤装途中なのになんて無茶な…」
周囲を警戒していた乗組員が報告を上げ、マース艦長は怪訝な表情を浮かべつつ双眼鏡で指示された方向に視線を向ける。10キロメートルも離れた地点から見える程の巨体は、館の様ないでたちをした艦橋構造物と2本の煙突、そしてわずかばかりの武装のみをまとっていた。
何せ平時であれば来年に就役するはずだったものを、こうして無理やり避難させようとしているのだ。軍港や造船所で一方的に爆撃を受けるよりかはマシだと考えでもしたのだろうが、マースとっしては浅慮に過ぎると考えていた。
「艦長、ここは北西のロストロクへ向かう形で避難しましょう。恐らく敵艦隊は空母のいる方を優先して狙うはずですし、ロストロクの艦隊戦力はダルツィークと同等。襲撃をしのぐには好都合でしょう」
「ふむ…本艦隊は「ブラウ・シュテルン」の使い勝手は違う。今は敵の襲撃を掻い潜ることだ。戦闘は出来る限り回避し、西へ逃げるぞ」
「了解!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます