ウォーモンガー・リッジス
「隣国ゼレンが攻めてきたのか」
「我が国の大貴族からの要請を受け、義のため、成り上がりの国盗人ビル・リッジスを打ち滅ぼす手伝いをするとの名目で、国境を越えて侵攻してきました」
ビルの質問に、国境の指揮官に抜擢したディヴッドからの使者は息も絶え絶えに答える。
「急使の務め、よく果たした。
ゼレン国王め、以前も散々に叩きのめしたのにまだ懲りないのか。
貴族との内戦を見てチャンスと思ったのかもしれんが、ちょうどあまりにも一方的な戦いで物足りなかったところだ。
さて、ディヴッドはどうしているか?」
ビルの口角は上にあがり、獲物を前にしたオオカミのような表情になる。
「ディヴッド様は要所で反撃しつつ、被害を出さないようにしながら退却しています」
「それで良い。
では、お前たち、せっかく我らと遊びたいと誘いに来てくれたのだ。ゼレン軍に十分なもてなしをしなければ失礼というもの。
剣や槍は磨いてあるか、矢玉は十分か。
一兵も帰さないつもりで迎え撃て!」
遠駆けに行くかのような気楽さでビルは配下の指揮官に言い渡す。
彼らは身分を問わずにビルが引き上げてきた男たち。
ビルの命令一下で獲物に向かって走り、喉に喰らいつく獰猛な猟犬のような男達である。
「「おー!
ビル様、誰が相手でもやってやるぜ」」
ビルは囲んでいた大貴族の城を放置し、軍をまとめて反転する。
籠城していた領主がここぞとばかりに追撃してきたところを逆撃して壊滅させる。
「バカめ!
野戦で我らに勝てると思っているのか。
先を急ぐぞ、
ディヴッドが待っている。
ゼレンの兵が手応えがあればいいが」
ビルの弟を自認するディヴッドは抜擢された責任を果たそうと張り切っていた。
ビルからゼレンが攻撃してくる備えを命じられていたディヴッドは、事前に村々から食糧を買い上げ、余剰を無くし、村人も避難させていた。
大軍の敵軍とは正面からは戦わずに地の利を生かして奇襲や夜襲で翻弄し、後方に回って補給を壟断する。
敵地での略奪もできず、自国からの補給も絶えたゼレン軍は食糧を求めて彷徨った。
ビルは敵軍に慎重に接近していたが、諜報網により、その状況を知ると、ノーマンと相談して一つの策を講じる。
ゼレン軍が商人を見つけ、臨検するとその荷から手紙が出てきた。
簡単な暗号を解読すると、リッジスから前線指揮官のディヴッドへ宛てたもののようだ。
『タパの町に食糧を貯蔵しておいたが、敵軍がその付近に近寄っている。
それを奪われると困ったことになるので、敵軍をタパから離れたところに誘導せよ』
それを読んだゼレン軍総指揮官はタパを攻撃することを決意した。
「この手紙は我が軍に都合が良すぎます。罠かもしれません」
止める参謀に指揮官は反論する。
「それ以外に道はあるか?
ここで撤退すれば国王に処刑されるぞ。
王は勝てなければ帰国は許さんと言っていたではないか。
タパに食糧が運び込まれたことは現地民も証言している。
そこで食い物を得てから決戦を挑む。
確かに相手のリッジスは戦上手だが、内戦で弱っているはず。
食糧があれば勝利の目はある」
ゼレン王国はこれまでリッジスには何度も苦渋を舐めさせられており、リッジスはゼレンとの戦いで名を挙げた。
長年の仇敵である。
そのリッジスが貴族との戦争で隙を見せていることを聞き、ゼレン国王は貴族からの救援依頼を受けて出兵を即断したのだ。
司令官は、リッジスは狡猾な男であり、そんな油断はないと止めたが、復讐の機会を得たと信じた王は聞く耳を持たなかった。
侵攻してみれば案の定待ち構えていたように整然と退却され、食糧はすべて持ち去られていた。
(だから言ったのだ。
あのウォーモンガーが背後に隙など作るものか!
奴が嬉々として攻撃に来るのが思い浮かぶぞ!)
ここで後悔しても時は返らない。
タパの町で食糧を手に入れ、襲いかかってくるリッジスを逆襲し、一撃をあたえれば速やかに撤退する。
なんとか配下の兵を国に連れて帰るのが自分の仕事だ。
ゼレン軍総指揮官はそう決意した。
タパの町では城門で交戦こそあったが、少数の城兵は形ばかりの抵抗ですぐに逃げ去った。
「食糧を探せ!」
それは倉庫にうず高く積んであった。
「飯だ!」
飢えていた兵はすぐに麦を炊き、肉を焼き、酒を飲んだ。
「痛い、腹が痛い!」
しばらくするとあちこちで兵が腹を抱えてうずくまる。
「毒を入れたな!
リッジス、そこまでやるのか!」
ゼレン軍が混乱する中、敵襲がやってきた。
「この城壁から敵を出すな!
袋の鼠だ。
ここを奴らの墓場としてやれ!」
朗々と響くあの声はリッジスだ。
何度も戦場でその声を聞いたことがある。
司令官はそう考えながら、兵を指揮する。
「バラバラに戦うな。
表門には陽動部隊を突撃させろ。
そこに敵軍を集めて時間をおいて裏門に精鋭をぶつけろ。
なんとしてもそこで突破しなければ全滅するぞ。
皆で母国に帰るのだ、死力を尽くせ!」
包囲されたゼレン軍は必死になった。
司令官の作戦は当たり、精鋭の奮戦で裏門は突破できた。
すると、ゼレン軍は一斉にそちらを目指して逃げ出そうとする。
城門を抜けられず渋滞したところに城壁から大石や大木、熱湯に加え、矢が降り注ぐ。
その後には歩兵が攻め立ててきた。
司令官は殿を引き受け一兵でも逃すために戦い、そこで戦死した。
裏門を出られた兵には、母国へ逃走したところを伏兵の軍が待ち受けていた。
3万の兵で侵攻したが、ゼレンに戻ったのは1割にも満たなかった。
ビルは敵軍を追ってゼレンに侵攻する。
略奪しながら無人の野を進むかのようなリッジス軍を阻止するためにゼレン国王は直属軍を率いて、戦いを挑む。
「国王が出てきたか。
今回は奴の命を貰うか」
国中の兵を集めた10万のゼレン軍に対して、ビルが率いてきたのは3万。
もっと兵を増やすべきというノーマンに対して、ビルは
「強兵は弱兵の3倍に値する。
そして将軍の器量によってそれは増幅される」
と言い、選抜した精鋭のみを連れて決戦に挑む。
見晴らしの良い平地にゼレン王は陣を構えた。
「ここならば地形の紛れもなく、数の優位を活かせる。
まだ国中に兵を募っており、現在準備している諸侯もおいおい集まってくる。
成り上がりのリッジスはこんな大軍を見たことがあるまい。臆して逃げ出すのではないか。
それが一番の懸念だな」
ゼレン王の言葉に側近がドッと笑う。
ゼレン軍はこの大軍が負けるはずがないという慢心が覆っており、少数のリッジス軍は逃げるか、守りやすい地形に陣取ると思い込んでいた。
そのため、軍の交通や炊事に便利な川の横に陣を置く。
ビルは敵軍を察知すると、隠密裏に兵を急がせ一気に敵に接近した。
そして周囲に徹底した防諜体制を整え、丘を挟んで少し離れた場所で夜営する。
空が明るくなる前に全軍を整列させ、ビルは激励する。
「この丘を越えたところに敵軍がいる。
その数10万だが、歴戦の我々に比べれば案山子同然。手柄を立て放題だ」
常勝将軍のビルへの信頼は高い。
兵はビルの指揮で負けることはないと信じていた。
士気が高いことを確認して、ビルは軍を三分し、更にディヴッドに騎兵の半分を率いさせて後方に控えさせる。
「いくぞ!」
ようやく空が白み始める頃、丘を越えると敵軍が見えた。
まだ寝ているのか、たくさんの天幕は静寂の中にある。油断しきったその姿は無防備そのもの。
見張りの兵はリッジス軍を見ても応援に来た友軍と思ったのか慌てるそぶりもない。
「阿呆共の目を覚ましてやれ!」
先陣の騎兵がスピードを落とさずに敵兵の首を切り裂き、天幕を蹂躙する。
それを後方から来た歩兵が戦果を拡大した。
慌てふためき、外に出てくる敵兵を次々と惨殺し、天幕に火矢を放つ。
「ゼレン王はどこだ!
豪華な天幕を狙え!」
ビルが正面から攻める一方で、迂回した部隊が両サイドから攻撃を開始した。
「三方から包囲されているぞ。
川を渡り、退却するしかない!」
十万の兵は戦闘の支度もできないまま逃げ惑う。
起こされたゼレン王も近衛兵に囲まれて退却していた。
「何故急に出現したのだ?
リッジスはどこにいたのだ!
こちらの方が数は多い、逃げずに反撃しろ!」
王の叫ぶ声は誰からも聞かれない。
「陛下、まずは王都に戻ることが先決です」
近衛隊長はそう諌めて、王を囲み、周囲の兵を踏み潰しても先を急ごうとする。
ゼレン王を守る一群がリッジス軍の猛攻を潜り抜け、なんとか帰還できそうだと一息ついた時に、横合いの雑木林から数百の騎兵が出現した。
「その豪華な鎧はゼレン王か?
兄のため、その首は貰った!」
戦争の勝敗が見えた段階で、ディヴッドは配下と遥かに迂回して後方でゼレン王を待ち伏せしていた。
待ちかねた敵王らしき一行を見て、一気に包囲攻撃する。
ゼレン最精鋭の近衛兵は激しく抗戦するが、すでに戦いを重ねて疲弊していた為、次々と斃れる。
やがてゼレン王の目に矢が刺さった。
落馬したところを、ディヴッドがとどめを刺す。
完勝した戦場を後ろに、ビルはゼレン王国に侵攻し、首都を囲んだ。
ゼレン軍は王太子を擁立し、残る戦力で籠城する。
「王都を陥落させるぞ!」
籠るゼレン軍は勢力少なく、もはや陥落させたも同然との楽観論が漂う陣営に、本国から急報が来た。
「ちっ、まだ叛乱する奴らがいたのか。
それも許してやったブルックの一族が脱走して挙兵しただと。
殺しておけば良かったか」
予想以上に反乱軍は大きいらしく、本国に残したノーマンは早く戻ってきてほしいと手紙で訴えていた。
しかしすぐに引き揚げる訳にはいかない。
ビルは王太子と交渉し、王都包囲の解消と捕虜の返還と引き換えに、領地の割譲や賠償金を得ることを求める。
交渉は難航するが、時間がないために、ビルは相当な譲歩をして講和条約をまとめ、軍を返した。
王国に帰ると、リッジスがいない間がチャンスだと、各地で貴族が挙兵し、全国で兵火が燃え盛っていた。
「コソ泥どもが。
皆殺しにしてやる!」
平定戦は酸鼻なものとなった。
裏切りを毛嫌いするビルは一度赦した者が反乱軍に加わっていれば降伏を認めなかった。
反乱軍の中心、ブルック一族も捕え、女を除き子供も斬首とするなど抗戦する敵を撫で切りにする。
生き残った貴族とその配下はビルを恐れて、徹底抗戦を選び、国内は荒廃した。
「ビル様、このままでは切りがありません。
和睦しましょう」
副官ノーマンから提案があった。
「何故だ?
我が軍は百戦百勝だぞ」
「いくら勝てども彼らは逃げ去り、また蜂起します。
殺し尽くせばこの国の再建もできません。
敵の大義名分はビル様が国を簒奪したということ。それを防ぐため、前王朝の血を引く者を娶ってください。
子は前王朝の血を引くことを示し、同時にこの機会に降伏する者は恩赦で許すと言えば大部分は帰順するでしょう」
ノーマンの勧めに渋い顔をしていたビルだが、ディヴッドからもそろそろ民のために平和を実現すべきと進言されて、やむを得ないと頷く。
「前王朝の血を引く者とは誰だ?」
「ブルック将軍の孫娘のパメラ殿が適齢期で一番血が濃い者です」
ノーマンの答えにビルは笑った。
「あの気の強い娘か。
父親や祖父の仇の俺に嫁ぐとは思えん。
説得できたら認めよう」
ノーマンは直ちに動いた。
牢にいるパメラに会うと、ビルの妃となることを説く。
「誰があんな簒奪者のところにいくものか!」
パシーン!
パメラはノーマンを思い切り平手打ちした。
ノーマンは赤くなった頬をそのままに冷然と話す。
「ならばブルック一族はすべて拷問にかけてから火刑にします。
老いた祖母や幼い妹が苦しんで死ぬのを十分に見せてから、あなたをおぞましい病気持ちや囚人に犯させ、手足を砕いてから火刑にしますか。
どれほど泣き叫ぶかが楽しみです」
「卑怯者!
女子供を痛めつけて嬉しいのか。
お祖父様なら絶対にそんなことをしなかったぞ!」
パメラはその様を想像したのか顔を歪めて叫ぶ。
一晩後、パメラはその条件を飲んだ。
ビルはその話を聞き、苦い薬を飲み込んだような顔で頷いた。
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