ひにん生まれの男の娘、剣術が最強なので辻斬りで無双します

上殻 点景

1句目 昔にて、無双するなら、この手段

これは記録である。


ひにん───江戸時代に存在した賤民身分の呼称。


階級で分けられた彼らは、例え村の中であっても、区別された一角で、生活していた。


◇◆◇


村はずれ、歩く人物、ひにんなり。


「あ......」


目元までかかるボサボサの髪。

埃だらけのボロボロの服。

男の娘は裸足で歩く。


黒目に写すは、今日の空。


「い......」


男の娘には夢がある────空に浮かぶ、雲を掴むという夢が。


汚い小屋の一角から見える、変わらない空。

そこに浮かぶ雲を掴んでみたい。

それが人生の全てであった。


「う、ぐ」


だが人生は決められたレール。

ひにんの男の娘は一生ひにんなのである。

それが江戸時代の絶対的なルールであった。


「おい、女、邪魔だ」

「あ、あっ」

「病がうつるってんだ」


なにより、男の娘は不治の病であった。


不治の病故に、親にも捨てられ、にひんとなった。


「気持ち悪い肌しやがって」

「あ、あ......」


病の名は、コウカク病。


皮膚が青白く、鋼のような湿疹がでる症状。

湿疹が全身を覆い、最終的に死にいたる。

病の名は発見した医者、黄鶴からきている。


「ぺっ、病人は病人らしく地面に倒れてなッ」


唾を吐き捨てる、男。


男はこの場所でボスと名乗り、今日も子分を従わす。


「ボス、今月どうしやす?」

「じじいからのカツアゲでどうだ」

「ダメっすよ、前回したばっかです」


彼らは他人から物を奪い、僅かな金に換えて、少しだけ満足な生活をしていた。


これが、彼らなりに考えた“生きる術”であった。


「今月は寒いでやんすね」

「いや、俺にいい考えがある」


「────お前、祠の宝、取ってこい」


矛先が向いたのは、男の娘。


未だ路地で倒れている主人公に、だ。


「分かるな、村外れの豪華な祠だ」

「あ、あい」


村には警備が付くほど立派な祠があった。

年に一度の祭りの日、そこには人が集まる。


村人で守り神を拝むという話である。


「あそこは見張りがいて無理でやんすよ」

「馬鹿。明日は祭りの前日だ、警備なんていねえよ」


前日“清め”と呼ばれる儀式によって人払いが行われる。


何故などは知らず、噂だけは知っているボスには、好機に思えた。


「それに下手人を消せば、誰も分かんねーだろ?」

「流石、ボスでやんす!!」


聞こえていても、理解できない男の娘。


ただ、こくこくと頷くのみ。そうすれば暴力を振るわれないと知っているから。


◇◆◇


竹藪を、越えて着くは、祠なり。


周囲には誰もいなかった。

入り口には見張りがいたが、裏側にはおらず。

切り傷を作りながら、山の竹藪を通った成果である。


ジワリと赤く滲む肌。


「(少し遠い......)」


木組みの祠。

御扉には錠がしてあったが、手を赤くして、壊す。


装飾は下に投げ捨てられ、内部がようやく開く。


「(これが宝......?)」


銀の筒。

六寸六分、20cmの長さ。

筒には押せるほどの突起が一つ。


「(水筒かな......取って帰ろう)」


手が触れる────


『生体エネルギーを確認』

『システムを起動します』


『マスターへの連絡:不可』

『通信接続を再実行:不可』


『現在を非常事態だと推定』

『非常時緊急プログラムを起動』

『接触者をマスター(仮)と認定』


『────認証登録を始めます』


「いたっ」


鋭い痛み。銀の筒は地面に落ちる。


「(誰の声......)」


聞こえたは謎の声。


聞いたことのなき、美しくも悲しい声であった。


「(誰も来てないよね......)」


恐る恐る。男の娘は筒を拾うのであった。


◇◆◇


刻が過ぎ、村に戻るは、元の場所。


「あ、あ......」


男の娘は、祠の宝をボスに渡す。


子分とボスは、銀の筒をじっと眺め────


「こ、こりゃ銀の塊ですか、ボスッ」

「馬鹿が銀がこんなに軽い訳ないだろッ」


ボスは銀の重さを知っている。


他人から巻きあげた銭を、銀貨にして密かに眺める。ボスの趣味。


なお、彼が知っている銀は、鉛が多く含まれた粗悪品である。


「さては宝をすり替えたなッ」

「あ、あ......」


無論、勘違い。


だが咎める者はおらず。


「ふんッ」


男の娘は壁に突き飛ばされる。


「俺を騙しやがって、棍棒持ってこいッ」

「えっ、あっ、了解でやんす」


子分から渡されるは、棍棒。


二寸三尺。樫を削った一品。


赤い斑模様がついているのがお気に入りの点。


「まずは一発」


ドンッ。振り下ろされた棍棒は、盛大に地面を叩く。


弱い者をいたぶる時、最初を外す。

なぜなら怯える様が、無様で優越感をくれるから。

ボスの満足感を得る、数少ない経験による知識であった。


「おいおい漏らすなよ」

「き、きったないでやんす」

「全く病気がうつるってんだッ」


2発目は気分で振り下ろす。


当たれば気持ちよく、外れれば先と同じ事。


「おっと、外れたか」

「あ、あ、あっ」


がたがた。男の娘は震えをあげるのみ。


「もっと悲鳴を上げてくれねえと、なァ」

「────あがッ」


三発目、今度は左手。


音は聞こえぬが確実に逝った。


男の娘、虚ろな黒眼から流れるは涙。


「まったく、命乞いの一つでもしてくれれば、」


『マスター(仮)の感情増加』

『負の想定感情規定値を突破』

『防衛プログラムを起動します』


『体をお借りします、マスター(仮)』


「聞こえる声で喋れってんだよォ!」


四発目。ボスは棍棒を振り下ろそうとする。


壁も、すがる男の娘も、全てを粉砕する一撃。


「死ねッ!!」


死を目前にして、男の娘は動かず。

迫るは、絶対的で、逃げられぬ“死”、

一秒後の死体が刮目できるほどの運命。


否、断じて否────双眼に宿るは、紅。


「あァっ? がはっ、」


一閃。残光は三日月をえがく。


崩れる胴体は、上下、

血しぶきなど一切せず、

焦げた匂いがじぃんと漂い、


物言わぬ骸の香が、鼻を突く。


「ひっ、ぼ、ボスがやられたッ」


蜘蛛の子を散らすように、逃げる子分。


後に残るのは刀を下げた、男の娘のみ。


『敵勢存在の対処を確認』

『武装:ビーム・刀を冷却します』

『マスター(仮)に身体操作権を返却』


倒れこむように壁に座る、男の娘。


「あぐっ......」

『マスター(仮)怪我は大丈夫ですか?』


「あっ......?」


『怪我により言語能力への異常アリ』

『治療装置:周囲に確認できません』

『応急措置を行うことに許可を』


「あい?」


『許可を確認』

『該当項目:令和漫画・動画セリフ集』

『脳内に知識パッチver2.1として転写』


────バチッ。男の娘は意識を失う。


糸が切れた人形のように、土臭い地面に横たわる。


『マスター(仮)の気絶を確認』

『防衛プログラムを再び起動』


『……人体の耐久値を下方修正します』


そんな声が聞こえる、午後の刻。


男の娘の物語は、まだ始まったばかりである。

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