第4話 VR治療(2)

 次の朝、朝食後に、山崎が病室にやってきた。

「おはようございます、仁藤さん。調子はどうですか」

「おはようございます。大丈夫です。それで、相手の方は目覚められたのでしょうか」

「それが、残念ながら目覚められていません。ただVR中に脳波に変化が見られたそうです。さらに、あなたが目覚める直前の時間帯に、指が動いたそうです。見守っていたご家族の手を握り返したということです」

「ということは、ツイン…」

「そうですね、ツインの効果が働いたと言っていいと思います。そして、お相手が石谷さんである可能性が高まったということです」

 遼平は嬉しかった。シングルであれば、夢の中の美菜は遼平の心が創り出したもので、いわばひとり芝居をしていたことになる。それではあまりに虚しかった。美菜と心が繋がった瞬間は本物だと思いたかった。

「先生、ミーナさんに会うことはできませんか」

「昨日申し上げた通り、私どもはお相手の情報を全く持っていませんので、現実には無理です。ただ夢でならもう一度会えるかもしれません」

「え、どういうことですか」

「お相手のご家族から、もう一度あなたとツインVRを試させてくれないかとの申し出があったのです」

「それは、私の方からもぜひ…あ、お金か」

「料金は問題ありません。先方が全額持つと言われています。問題なのは、これまで健常者、つまり意識喪失していない方とのツインVRは一度も成功していないということです」

「そうなんですね。だったらなぜ私と」

「ええ、私も申し上げました。ほかの意識不明者と試した方が、可能性が高いのではと。お相手のご家族ではなく、間に入っている管理会社の担当者に」

 遼平は、夢であっても美菜に会いたいと痛切に思っていたが、美菜が目覚める可能性が高い方法をとるべきだと、自分を納得させようとしていた。

「その担当者から驚くべき話を聞いたのです」

「……」

「お相手の方と仁藤さんとの適合率が82%というのはお話したと思います」

「あ、はい」

「お相手の方と仁藤さん以外の方との適合率が軒並み10%台だというのです」

「はあ」

「82%というのも驚異的な数字ですが、10%台というのもあり得ない数字なのです。少なくとも私は初めて聞きました。それが軒並みというのですから驚きです。わかりやすく言うと、82%は会ってすぐに恋に落ちるレベル、10%台は、それの逆ですから、嫌悪感だけで口もききたくないレベルでしょうか。こんな人と裸で部屋に閉じ込められるなど、考えただけでぞっとします。心が壊れてしまうかもしれません。おそらくはAIがそれを察知してツインVRに繋がないと思います。ですから、これはやっても意味がない、というより、やってはいけない治療と言えます」

「しかし、健常者とでは成功したことがないのでは」

「はい、今まではそうです。しかしこの82%という数字も今までにないものです。おそらく先方のご家族もこの数字に賭けて、藁にも縋る思いなのではないかと。私もやってみる価値があるかと思います」

「わかりました。そういうことでしたら喜んで、というより私の方からもお願いしたいです。因みに私の適合率はどうだったんですか。ミーナさん以外の」

「ちょっと待ってください」そう言って、椅子に座って手元の資料を調べている。

「57%と52%、あとはすべて40%台です。82%を除けば非常に標準的です。ほとんどの人が40から60の間に分布しています。ごく稀に30台も見ることがあります。20%台すら見たことがありません。ですから石谷さんの軒並み10%台がどれほど異常かわかると思います。おっと、まだ石谷さんとは確定していませんでしたね」

「いや、私はミーナさんだと確信しています」

「そうですね。私もおそらくそうだと思っています。ところで石谷さんはどんな方なのでしょう。軒並み10%というのは非常に気になります」

「私はわかるような気がします。男が嫌いだと言ってましたから。その方たちみなさん男の方ですよね。性行為させるのですから」

「いやいや、そればかりではありませんけど、おそらく全員男性でしょう。しかし、仁藤さんだって男性ですよね」

「私は女の子みたいだとか言ってました。ほんと失礼な話です」

「ああ、そう言えば昨日、そんなことを言ってましたね。きっとそれは石谷さんにとっては誉め言葉なんですね」

 山崎が立ち上がって言った。

「それでは、二回目のVRの準備に取り掛かってもよろしいですか」

「はい、ぜひお願いします」

「できるだけ成功率を上げたいので、意識喪失に似た状況、つまり睡眠中にやりたいと思っています。今は起きられたばかりなので、昼食後に睡眠導入剤を服用していただいてからとなります。それまで、ゆっくりしていてください」

 ひとりになったあと、遼平は適合率のことを考えていた。82%、遼平と美菜の関係が特別なものと認められたようで嬉しかった。それはいい。適合率の話を聞いていたとき、何か大切なことを、聞かされたような気がしていた。

 遼平の適合率は、美菜以外は50%台と40%台、50%台は相性まずまずといったところか。57%の人はどんな人だろう。たまに喧嘩しても、すぐ仲直りして、温かい家庭を作れるような気がした。そう考えると82%はよすぎる気がする。相性がよすぎるとどんな不都合が起こるのだろう。考えてもわからなかった。

 美菜の適合率はと思ったとき、背筋にひやりとしたものを感じた。10%台、山崎医師によれば、嫌悪感だけで口もききたくないレベルだという。そんなに男が嫌いなのか。確かに「男は大っ嫌い」と言っていたが、こんなに深刻なものとは思っていなかった。美菜の心の闇を覗いたような気がした。同時に、美菜を幸せにできるのは自分だけだ、美菜を守りたいと、心から思った。

 そもそも、遼平は自殺未遂でこの病院にいる。記憶はないが死ぬことばかり考えていたから違和感はない。そして、意識喪失していた遼平をVRに繋がれた美菜が救ってくれた。これからは美菜を守るために生きて行こうと思った。四八歳の美菜を想像しようとしたがうまくいかなかった。まあいい、82%は会ってすぐに恋に落ちるレベルだから、会えば解決する。まずはこれから17歳の美菜に会って、たくさん悦ばせて意識を取り戻させなければ。悦ばせるってエッチすることだよなとか考えていると、

「仁藤さん、にやにやしてないで、早く食事してください」

と、看護師に言われた。え、もうそんな時間?

「今にやにやしてました?」

「涎でも出しそうな感じでしたよ。エッチなこと考えてたんでしょう」

「うん」

「やだ。そんなの肯定しないでください。気持ち悪い」

 あれ、おかしいなあ。美菜ならかわいいって言ってくれるのに。

 食事も終わり、睡眠導入剤も飲んだ。

 遼平は美菜を上に抱いたお気に入りの体勢を想像しながら眠りについた。


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