習作集
ポテトマト
1
昔の写真って、どうして白黒だったのかしら。
先生の授業を思い返しながら、文章を書き直す。
当時のフィルムは光の強弱だけを読み取ったから、影の濃淡だけが残ったのだと。
アゲハの羽根。
蝶のモノクロ写真を眺めながら、先生に提出するレポートを書き続けている。
人間の視覚のあり方について。
私の研究テーマは、適当に選んだ癖に酷く難航してしまった。
言葉では、上手く言い表せないのだ。
アゲハの羽根を一目見た時の感覚も、波打つような紋様の色彩も。
まるで、大きな目玉のように。
モノクロの写真が、蝶の羽根を表している。
紙の中に閉じ込められたように。
誤った前提からは、誤った答えのみ導かれる。
先生は、何度も私に言っていた。
論理の矛盾には、気をつけなさいと。
例えば、間違った方位へと向かう船のように。迷走を続ける登山者のように。
道を外れたら、二度と戻る事は出来ないと。
それでも、私には筆を進める事しか出来ない。
まるで、締切に追われた侘しい作家のように。
目の前の文章を完成させなければ、何にも始まらないのである。
進まない原稿。
落ち切る前の砂時計の底のように、焦りが既に募り切っている。
こんなにお腹が痛むなら、コーヒーなんて飲むんじゃなかった。
祈るように、糸を手繰るように。
何とかして、頭の中から文章を捻り出したい。
借りた本の中にあった文字の群れ。
スポンジのように既に抜け落ちている。
「これじゃあ私、まるで
独りでに、何度も呟きながら。
モノクロの蝶を、ぼんやりと眺めていた。
阿呆だ、阿呆だ、阿呆だ……。
目の前の蝶が、写真の世界を飛び出して、窓の外へと羽ばたくシーンを妄想する。
私だって、もう飛び去ってしまいたい。
窮屈な今の状況から、自由な夜の空の中へと。
飲み込まれるように黒い羽根の。
気持ちを想像したら、心が踊ってきた。
だって、もう縛られる事はないのだから。
人の目を、気にする必要なんてないのだから。
でも、先生からの言葉も絶対に貰えない。
だから、どうしようか悩んでいるというのに。
パソコンの青い光が、鬱屈として感じられる。
書きかけのレポートの物寂しい。
言葉ばかりがつらつらと。
次の文章を書くのが、ひどく億劫で。
完成は、絶望的と言っていい有り様である。
架空の蝶が、宙を舞っている錯覚がある。
きっと、私なんて歌を遮るから。
灰色なんて、偽物の絵なのだから。
どうやら、私の文章は不味いものらしい。
身体が、ずっと理解を拒み続けている。
それ故に。誤った前提からは、あらゆる答えが導かれてゆく。
壊れてゆく音。
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