第5話:異世界迷子の救出劇
ぐるぐると俺の周りを旋回する怪鳥を見つめながら、あの足につかまっている少女の救出方法を考える。
魔法でどうやって助け出すか。一番に思いつくのは少女を転移させることであるが、残念なことに今の俺の技量では時間がかかりすぎる。なにせ、火や風といったわかりやすい物理現象ではなく、転移などは概念に関わるもの。すぐには使いこなせない上、万が一にも失敗すれば、あの少女にどんな影響があるかわからない。
ちゃんと魔法を発動させるのであれば、一度森に降りて、改めて転移の魔法に集中する必要がある。
しかし、一度空から離脱してしまうと、あの怪鳥が俺を諦めて少女ごと逃げる可能性がある。追いかけることもできるだろうが、その場合は少女の救出が余計に遅れることも事実だ。助けるのなら、今ここでやるしかない。
くそっ、と歯噛みする。何でもできる魔法ではあるが、何でもできるという訳ではないという矛盾。まだこの世界に来て数日ではあるが、早々に魔法の腕を磨かなければならない。
「魔法の練習はしっかりやらないとだが、まずはその子を離してもらうぞ!」
俺よりも高い場所を旋回している怪鳥の視線は、依然として俺へと向けられている。あの少女と合わせて、俺も餌だと認識しているのだろう。時折怪鳥の嘴が開くのが見えるのだが、その嘴の中には夥しいほどの小さな歯がびっしりと生えていた。
何で嘴なのに歯が生えてるんですかねぇ!? 異世界仕様かこの野郎……!
体内の魔力の塊から幾分かの魔力を体外へと放出すると、放出した分の魔力を放つことなく周囲に滞留させる。
そして魔力操作によってその魔力に形を与え、即座に創り出したのは巨人をも思わせる無色の手であった。
命名するなら【マジックハンド】と言ったところか。俺自身の魔力で生み出したため、どこにどういった形で存在しているかを認識することは簡単だが、相手からすれば何か大きなものがある、程度にしか見えていないだろう。
怪鳥もその奇妙な見えない手に気付いたのか、警戒心を剥き出しにして飛び回っている。しかし、今すぐにでも逃げなかった時点でもう手遅れだ。
「捕獲!」
合図を出すと同時に、【マジックハンド】が上空を旋回していた怪鳥を目掛けて動く。怪鳥も何かが来ると悟り、旋回を辞めてこちらへ向き直ったのだが、正面を向いた怪鳥の体を【マジックハンド】は勢いそのままに鷲掴みにしてしまった。
「GYAAAOOO!?!?」
「耳に響くだろうが!」
「GYA!?!?」
【マジックハンド】と共に怪鳥の足元まで移動していた俺は、驚愕で俺への意識が外れた瞬間を見計らい、水の刃で少女を掴む
俺の胴体くらいの太さがあった足だが、金属すら切断できるウォータージェットを元に創った魔法によってほとんど抵抗なく、容易に切断することができた。
「っと、危ない」
森に向かって真っ逆さまに落ちそうになる少女を、もう一つ創った【マジックハンド】で受け止めると、そのままゆっくりと森へと下ろしていった。降ろした先で、少女を守るように【サークルプロテクト】を展開。さらにおまけにと、結界内で温風を吹かせておく。
長時間こんな空の上にいたんだ。これ以上冷えないよう、温まってもらおうじゃないか。
「さて、趾を切ったんだ。当然、怒らないわけないよな」
「KYOOOOOOO!!」
当然だと言わんばかりの鳴き声は甲高く、耳を劈くような鳴き声だった。
【マジックハンド】に鷲掴みにされながらも、何とか逃れようと翼を必死に羽ばたかせる怪鳥。その目は未だに俺を敵として見ており、怖気づいた様子はない。
きっとここで見逃したとしても、この怪鳥は再び俺やあの少女を襲うだろう。俺たちの安全を考えるのであれば、この怪鳥はここで殺しておいた方がいい。
「……」
生き物を自分の手で殺す、というのは初めてだ。いざやろうと思えば、嫌悪感がすごい。だが、こんな危険な化物が跋扈する世界だ。殺さないという選択をとれば、屍になるのは俺ということもある。
生き物を殺す、というその行為に無理やりにでも慣れなくてはならない。
「GYOOOOOOOOOOO!!」
未だに抵抗を続ける怪鳥のその行為は、生きようとするそれなのか。ふぅ、と深く息を吐き、怪鳥を拘束する【マジックハンド】の握る力を強くする。
握りしめると同時に、怪鳥の悲鳴が空に響き渡った。
「……はぁっ。御免っ!」
指先から一閃した水の刃が、【マジックハンド】によって鷲掴みにされていた怪鳥を真ん中から真っ二つに切断する。
もしかすれば、あの怪鳥も腹を空かせていたのかもしれない。もしかしたら、巣にはあの怪鳥の子供がいたのかもしれない。
がしかし、俺が初めて会った人……それも、あんな子供を助けるためには仕方のないことだった。
断面から噴き出した鮮血が真下の森に向かって滴り落ちる。あるいは、怪鳥の中から零れた臓物が共に落ちていく。
あまり目にしたくはない光景だが、俺が判断して、俺が殺した相手だ。
殺すとはこういうことなのだと、理解しておかなくてはならない。
「KO……A……A……」
【マジックハンド】に握りしめられた怪鳥は、途端にその動きを鈍らせ、か細い鳴き声になっていく。
やがて、最初はバタバタとはためかせていた翼はだらりと力なく垂れる下がり、俺に敵意を向けていた目は、何も映さない無機質なものへと変化していくのだった。
◇
森に降りた俺は、殺した怪鳥の亡骸を魔法で作った地面の穴に放り込み、骨だけが残るように火葬して埋めた。
流石にあれを食料に、なんて事は考えられなかった。食べる瞬間に、殺した時の光景を思い出すことになるだろう。
幸い、食糧ならまだある。無理をする必要はない。
それに、このままこの森で一生を過ごすのならともかく、近いうちに人がいる場所へと移る予定なのだ。あの少女の存在によって、この世界に人がいることは確定しているため、期待できるはずだ。
そして件の少女であるが、やはりと言うか意識はまだ戻っていない。
触れてみれば体温も非常に低いことが伺えた。長時間、あんな高高度の冷たい風に晒されていたせいだろう。胸は上下しているため呼吸はある。どれだけの時間空にいたのかはわからないが、生きているだけでも奇跡なのかもしれない。助けられて、本当によかった。
とりあえず、俺たちを守る【サークルプロテクト】の中で温かい風吹かせながら、さらに焚火で暖を取る。結界の天辺には複数の小さな通気孔も開けているため、寒気もばっちり。あとは、少女が目を覚ました時のためにスープ缶を温めておいてもいいだろう。
はやく目が覚めてほしいものだ。
「しっかしなぁ……」
ただ一つ、問題点を挙げるとするならばこの少女の格好についてだろう。
いや、全裸だとかそういう話ではない。ちゃんと服は着ているのだが、問題はその少女の服装だった。
「これ、ドレス……だよな? それも、かなり高そうなやつ」
当然、そんな俺の疑問に答える声はない。
そう、この少女。見た目でわかるくらいには、かなり高そうなドレスを身に纏っているのである。ところどころに宝石による装飾が施されている、といえば高価なことが伝わるだろうか。
縁日にあるパチモンではなく、れっきとした本物だろう。少女の負担にならないようサイズは小さいが、色とりどりの宝石が彼女のドレスを彩っていた。
「そんな高級品を、こんな子供に着せるとは……絶対お嬢様だろ、これ」
まだ森の中、そしてこの少女が初の人間エンカウントである俺には、この世界がどういう世界なのかはわからない。
しかし、どんな世界であったとしても、こんな高価そうなドレスを着せられる家というのは、かなり身分が上だったりするはずだ。
もっとも、一般人でさえこんなドレスを着るのが当たり前の世界であればその限りではないのだが……
「ま、今はいいか。とりあえず、無事に目が覚めてくれればそれで」
情報が何もない中で考えても無駄だろうと、俺は思考をやめて食事の準備に取り掛かる。今日は焼き鳥缶でも食べるかと、乾パンと一緒に焼き鳥缶を取り出した俺は、昨日のオニオンスープと同じように温めて彼女の目覚めを待つのだった。
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