第4話:異世界迷子と現地人
「……ん、朝か。……はっ!? 寝落ち!?」
いつの間にか寝落ちしていたらしく、結界の外を見える様に調整してみるとすでに陽は顔を出していた。
な、なんて危機管理能力がないのだろうと自分自身を恥じる。【サークルプロテクト】の魔法が朝まで保つようにしていたとはいえ、これはあまりにも迂闊な寝落ちだ。今後は気を付けなければ……
「あー……しまったなぁ。今日から気を付けよう。もう、安全な日本の自宅じゃないんだし」
のそりと起き上がった俺は、魔法で空中に水の球体を用意し、その水でパシャリと顔を洗う……のだが、面倒になって水球にそのまま顔を突っ込んだ。
息苦しくなったところで顔を出し、ゼーハーと新鮮な森の空気をめいいっぱい杯に取り込む。
そして顔を洗った水球を地面に放り捨て、今度はお湯を生成する。
指先で温度の確認をしてみたが、熱すぎない心地よい温かさにおもわず笑みが零れてしまった。
お湯が冷めないよう調整しつつ、滑らかにお湯を操作できることを確認した俺は、服を脱いで体全体をお湯で覆い、汚れを取るようにお湯を操作する。風呂に入れない以上、こうして汚れを落とすしかないのだが、想像以上にすっきりするので非常にありがたい。
昨日丸一日かけて魔法の練習および魔力や魔法の操作を行った成果だ。
(悲しいなぁ……)
第三者視点で考えてみれば、森の中で全裸になっている男である。仕方のないこととはいえ、いったい誰の得になるというのだろうか。どうせ拝むのなら、かわいい女の子の入浴シーンの方がよかった。
まぁ、ここには俺しかいないので仕方ないんだが。
「石鹸、シャンプー……手元になくて、初めて実感するありがたさよ……」
はぁ、とため息をつきながら魔法で温風を吹かせて髪と身体を乾かし、今日一日の予定を組み立てる。
とりあえず、まずは朝食を済ませた方がいいだろう。食べなければ、やる気も元気も出ないのだ。そして食べた後で、この森から出る手段を考えよう。
「朝食朝食……乾パンは当然として、缶詰は……まぁ、一つくらいならいいよな。あったかいもの食べて元気をださないとだし、なにより本当に食べられるのかの確認もしておかないと」
いったい誰に対して言い訳をしているんだろうと自嘲しながら、スープ缶の一つに手を伸ばす。
そしてふたを開けて、魔法で鎚を操作して簡易のグリルスタンドのようなものを生成し、その上に缶詰を乗せてしばらく待つ。
そろそろ温まったかという頃合いで、土で作ったトングで缶詰をグリルスタンドから降ろし、その中身を覗き見た。
選んだ缶詰はオニオンスープだったのだが、食欲を刺激する玉ねぎの甘みのある香りがブワッと広がった。
ごくり、と無意識に喉を鳴らす。
なるほど。こうして考えると、暖まる食事と言うのは人にとってかなり大切なものであることが理解できる。
辛抱たまらん、と早速乾パンとオニオンスープにありつくのだが、自分でも驚くくらいの速さで完食してしまった。つい、もう一つと他の缶詰に手を伸ばしたくなるが、その欲を抑え込んで「ごちそうさまでした」と手を合わせて片付ける。
さて、それでは森からの脱出方法を考えよう。
「なんて。方法はある程度考えてたけどな。【フライ】!」
魔力により重力を反転させ、風の操作によって宙を移動する。
やればできるとは思っていたが、人類が文明の利器を使わずに飛ぶことがこんなに簡単にできていいのだろうか。
ふわりと浮き上がった体は上昇する風に乗ってぐんぐんとその高度を増していく。
さすがに初めて使用するため、その操作は覚束ない。時折風を受けて体が流されそうになるが、なんとか集中して留まった。
少しずつ、少しずつ、空を飛びながら魔法の制御に慣れていく。やがて空中での魔法の操作にも慣れてくると、落ち着いて周りの様子を見れるようになった。
「おお、すっげぇ……」
一面に広がる、どこまでも続く森。その奥には青白く陽に照らされた山脈がその堂々とした姿を晒していた。よく見れば、その中の一つの山がものすごくでかい。特に山頂の尖り方がすごい。
後ろを振り返り後方に広がる景色も見てみるが、木々がどこまでも続いているところは変わりがない。
景色だけ見れば、まさに感動もできる景色だ。これだけ深い森をその上空から眺めることなんて普通ならできないだろう。
だがこうして上から見たことで、一つ重大な問題が発覚したのだった。
「……街どころか、村すら見えないぞ」
遠くを見るためにと、たった今創った遠見の魔法で辺りを注意深く観察してみたが、人の姿なんてものは一つも見られない。本当に、なんでこんな僻地からスタートしているんだか。魔法がなければ、森を彷徨って死んでいてもおかしくはなかっただろう。
「まさかとは思うが……この世界、人がいないなんてこと、ないよな……?」
大丈夫だよな? とその可能性が思い浮かんで顔が引きつってしまう。
確かに、どういう世界なのかは伝えられていない。神という存在が気まぐれであるのであれば、考えられないなんてことは無い。
あの神様の言う娯楽とは、俺がこの化物しかいない無人の世界でどう生き抜くのかを観察することなのだとしたら、それはなんて趣味が悪いのだろうか。やはり邪神なのでは?
「人を探知する魔法を創るか」
探す対象を俺のような人間に限定し、辺りに魔力をソナーの様に飛ばす。俺と似たような存在が見つかったなら『見つかった』と感じ取れる反応があるのだが、魔力を思い切り込めて数十キロの範囲を探知してみても反応は無し。
見当外れの方角に飛ぶのも危険であるため、どうしようかと考えていたその時だった。
「……ん!? 反応あり! よ、よかった! 人間は俺一人じゃ……ん?」
探知範囲のギリギリで、探知の魔法が人を捉えた。
人がいるというその事実に一瞬喜んではみたが、その反応をよくよく感じ取ってみればすぐにおかしいことに気づく。
探知のソナーを飛ばす度に、その反応は移動しているのだ。それも、人では考えられないすさまじい速度で。
そして、その反応は奇妙なことに、今まで進んでいた進路を変更。向かう先は……
「……ここ?」
中心の俺に向かってどんどん進んでくる反応。その反応元を探すため、俺は眼下に広がる森を遠見の魔法も併用して探した。
しかし、どれだけ探してもそんな速度で移動する対象は見えない。
やがて、見えない謎の反応は俺のいる位置に到達した。
「……ん? 真下、だよな? いったい、どこに……」
「KYOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」
「っ!? ゴッ!?」
耳を劈つんざく、何かの悲鳴のような高い鳴き声。
眼下の森を見ていた俺の頭上から響いたその音に俺は慌てて振り返ったが、その前に巨大な何かが俺を直撃。
勢いそのままに、森へと叩きつけられそうになったが、何とか反重力の力と風を強めることで宙へ留まった。
「っ、防御壁を一枚、割られたか……」
落ちた時や、急な襲撃ようにと予め張っていた三枚の防御結界の魔法、【ボディプロテクト】。そのうちの一枚が今の衝撃で割れてしまった。事前の準備が功を奏したと言えるだろう。
チラリとその巨大な何かを見上げた。
「KOAAAAAAAAAAAAAA!!!」
現れたのは、人なんて簡単に丸のみにできそうな程の巨鳥だった。怪鳥とも呼べるだろうそれは、羽ばたかせる翼も含めれば二〇メートル以上はありそうだ。
眼下の俺を餌としか認識していないであろうその鋭い眼光はどこか不満げなようにも見える。今の一撃で仕留められなかったことに腹でも立てているのだろうか。
だがそんなこと、今は気にしている暇はなかった。
見てしまった。見えてしまった。俺がまっすぐ見つめたその視線の先。
怪鳥の足。そこにはまだ幼い少女が捉えられていた。意識がないのか、かなりぐったりとしている様子だった。こんな高高度をあんな状態で運ばれているのだ。早く助けなければ、命にかかわる可能性もあるだろう。
それにどうにかしなくても、あの少女に待っているのは、怪鳥の餌となる未来だ。どうみても、人間の子供を育てる狼のような優しさは感じられない。
「……」
あんな幼い子供を、未来のある子供を、見殺しにしていいはずがないのだ。だから、助けなければならない。
体をさらに浮かせ、怪鳥と同じ高さまで上がる。
俺を見つめながら旋回していた怪鳥は、そんな俺を見て不機嫌そうに鳴いたのだった。
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