それでもセーラー服が好き

石田空

新学期 艶のない制服を着ながら

 春である。

 溝に落ちた種が芽吹き、細い梢から伸びた枝はこんもりと桜の花を抱えている。

 そんなうららかな春の日、私は真新しくマットな仕上がりの制服を着て、しょげかえっていた。


「……地元で最後に残ったところだったのに」


 有名デザイナーが新たにデザインしたと言われているブレザーは、肌触りが心地よく、春夏秋冬に対応できるよう、ジャケットの下にベストを着ても着ぶくれせず、夏服に切り替わるまでの間、シャツとスカートで過ごしても透け感がないという、高校生の制服の悩みとよく向かい合った服だった。

 でも。私は。


「セーラー服が着たかった……」


 春うらら 隣は制服 着る人ぞ


 しょうもない俳句が頭に浮かんだ。情緒もなにもない。


****


 某セーラー服アクションマンガが生まれた頃から家にあり、それで自然とセーラー服に憧れを持って生きていた。

 一方、それを言うと周りは心底嫌な顔をする。


「夏は暑くって冬は寒い制服って最悪じゃん」

「あれってスカートとか寸胴製造機なんだよね。ずっと着てたら体型悪くなるよ」

「というかシンプルにダサい」

「昔ながらのセーラー服って野暮ったいよねえ」


 なんで私が「セーラー服を着たい」と言った途端に、皆から次々とセーラー服の悪口を聞かされないといけないのか。

 私はベコベコにへこんだ。

 ちなみに中学校の制服は、ジャケットとシャツとスカートという、可愛くもなんともない無難過ぎる制服だった。ネクタイもないし、夏服のときはベストを着ないと透けて下着が丸見えだから暑い。しんどい。

 現役高校生が嫌がっているせいなのか、定員割れ対策なのか、大人の「子供の教育に悪い」活動の成果なのか、地元では次々と昔ながらのセーラー服の廃止が決まり、新しいデザインのブレザーに切り替わっていた。

 私が高校受験の頃には、もう通える範囲の学校では一件しかセーラー服の学校がなくなっていた。

 だというのに。入学直前に制服変更のお知らせが来たのだ。詐欺じゃん。


「私のセーラー服ライフ……セーラー服……」

「いいじゃん。このデザイナーの服を着られてさ。ブランドの服で買ったら、桁がひとつ違うんだよ?」

「セーラー服着る機会なんて六年間しかないんだよ!? その六年間を無駄に浪費した私の気持ちがわかるというのか!?」

「逆にセーラー服着たいだけで学校選ぶアホの気持ちはなにひとつわからんわ!」


 そりゃブレザーは可愛いだろう。夏場も涼しいデザインなのはいいことだろう。でも。

 学校の制服は六年間しか着られないのだ。それなのに。それなのに。

 私がギギギギギ……としている。友達はやはり意味がわからないらしい。


「それなら量販店に行けばパーティグッズのセーラー服売ってるでしょ。それで我慢しなさい」

「薄っぺらいパーティグッズをセーラー服と呼ぶんじゃない! あれはセーラー服的ななにかだ!」

「逆にセーラー服のなにがそんなにいいの?」


 途端に私は眉をピクンと動かした。


「……セーラー服はね。すごいんだよ」

「なんか語り出したよこの子」

「リボンタイ、スカーフ、学校によって形いろいろ! 中にはタイがネクタイになっているところもある! アレンジいろいろ!」

「それはブレザーも同じでは……」

「セーラー服をセーラー服たらしめているのはあのセーラー襟! 元々マリーンの制服から制服になったという説があるけれど、最近は女性が着物よりも動きやすい制服を求めて活動して勝ち取った説が有力!」

「なんでそんなこと知ってるの」

「セーラー服って書いてある記事はチェックするでしょ! 諸説あるなら見るでしょ!」

「セーラー服についてそこまで深く考えたことないから知らない」

「もう! そしてスカート! ミニスカートもロングスカートも中間の長さも許容するセーラー襟の懐の広さ!」

「いや、だからブレザーもスカート丈いろいろでしょ」

「ブレザーがロングスカートを許容した時代はあったのか!? 足首まで伸ばしたスカートを許した時代があったのか!?」

「……たしかにないけど」

「中高生限定正装で、冠婚葬祭で着ていっても野暮ったくならず、それでいて主役を取って食わない奥ゆかしさ! セーラー服最高!」

「とりあえずあんたがセーラー服を無茶苦茶好きなことはよくわかった」

「じゃあ!」

「でも自分はセーラー服のよさはやはりよくわからない」

「うーうーうーうー!」


 私がハンカチを噛んで悔しがるのを、友だちは遠巻きに「置いてくよ」と置き去りにして去っていく。

 春。桜の花びらとも合い。

 夏。ひまわりの中にも埋もれることがなく。

 秋。コスモスと一緒に揺れるセーラー襟。

 冬。雪の白に浮かび上がるセーラー服。

 春夏秋冬冠婚葬祭全てにおいて似合うというのに、それが野暮ったいと攻撃されるのはやっぱり嫌だ。

 世間がどれだけ迫害しようが。勝手にチープなコスプレ衣装の枠に納められようが、制服のセーラー服こそ至上。

 それを忘れずに生きようとそう思う。

 これから三年間ブレザーで生きないといけない私は、先輩たちのセーラー服を食い入るように眺めて、悔しがることになるんだろう。


****


「なんで?」

「うえっへっへっへ。これは私のセーラー服だ。あげないから」

「いらんが。なんでセーラー服を着てるの」

「部活の先輩にセーラー服のすばらしさを延々と説いたら、感動した先輩がサイズが合わなくなって買い換えたからって、お下がりのセーラー服をくれた」

「……馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど、そこまで馬鹿だとは思わなかったわ」


 セーラー服。

 春夏秋冬冠婚葬祭全てに合う制服。

 私は制服人生残り三年間をセーラー服と共に生きていく。


<了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それでもセーラー服が好き 石田空 @soraisida

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ