5、暴力恐怖症
朝。普段より静かな道。街中にある川がさらさらと流れている。しかし、そんな静寂を切り裂くように、慌ただしい足音が響き始める。やがて一人の女子が息を切らし、走ってくる。乱れた髪、僅かにシワを含んだセーラー服。カバンも紐が肩からずり下がっている。遅刻であろう。疲れたのか一度、歩きはするものの即座に走り出す。カツカツ。コツコツ。彼女が履いているローファーがテンポを上げ下げする。偶に人が歩いてくるが、ひらりと躱す。
●
遅刻しそう……なんで昨日の夜、遅くまで魔法の勉強してたんだろ私…
「死ぬ…」
足ちぎれそう、わき腹痛いし、酸素足りないし。そんな文句を垂れ流しそうになる。けど必死にこらえて、ようやく、学校まで数分の所にある十字路まで来た。
「ふぃー……ちょっと休け…………い?」
少し休もうと思い、走っている足を緩めて徒歩へ変える。そんな私の視界におかしなモノが入り込んできた。
「えぇ…?何これ…」
それは私から見て左側の道。そこの壁の隅っこにあった。
「血?」
はっきり分かる。薄汚いレンガの壁に付着してる。
「いやいや……ドッキリ?」
疑問しか浮かばない。それでも好奇心は湧いてくる。ひょいと左の道に体を覗かせると、血は奥まで続いているみたいだった。それを辿っていくと壁に付いていたのが床へと変化していく。
「うわぁ、怪しい」
その血は、薄気味悪くて暗い路地裏まであった。進めば進むほど、心臓がうるさくなるのがハッキリ分かる。さらにしばらく歩いて曲がり角を見つけた。
ここを曲がったら、ナニカいる。
そんな危機を感じた私は、ほんの少し先が見えるくらいで顔を出す。
「………」
人がいた。二人。さらに細かい所に目を向けてみる。
「……ひっ!!」
気づかれないように息を殺したけど、声が少し漏れてしまった。焦るけど、バレてない様子。
奥には、こちらに背を向けてる人と、口枷をしている人がいた。口枷の人は傷だらけだった。遠目でも分かるくらい。
私はしばらく固まってた。ふと、口枷の人と目が合った。朧気な目。
「〜〜〜〜!」
一拍置いて、もがいた。背後で腕を縛られてる。それを解こうとしながら…私に助けを求めてるのがすぐ分かった。
「チッ…黙ってろ!」
声的に男性。その人が、口枷の人を一喝して蹴りをいれる。
私は気がついたら走ってた。
怖い。何アレ。どうして。どうしてそうなってるの。頭おかしいんじゃないの。人、血まみれじゃん。何があったの。……私も襲われる。追いつかれたら。死ぬ。怖い怖い恐い恐い恐い。
さらに、後ろから暴力男に見られてる気がして怖くなる。背中の冷や汗と、頬から流れる汗。居るはずないのに、恐怖で足が
無我夢中で走り続けて、学校に到着してた。幸い、遅刻は免れた。
「〜〜ですので、このような現象が起きる訳です」
好きな自然・科学の授業、私はなんとなく集中できなかった。それ以外の授業でも集中できなかったけど。……ま、理由は分かるよ。でも考えずにはいられない。どうしてあんな事になってたのかって。だけど、考えても分からないものはずっと分からないままだった。そして、気が付いたらボーッとしてたみたい。
「…カエデ。何かあった?」
私は、ミナに声をかけられてようやく現実に戻ってきた。しかもミナは心配してるみたい…
「だいじょぶ。なんも無いよ!」
授業中なので静かに元気に答える。わ、すっごい疑ってるような顔してる。
「そう……でも黒板の内容はメモしないの?テストに出るみたいよ?」
「えっ……いやぁ、するよ。するする」
慌てて黒板に目を向けるとちょっとした補足の横に大事な内容!絶対テストに出ます!と書いてあった。あっぶない……逃すところだった。
自然・科学の授業が終わった。次の授業って……
「選択授業じゃん!ミナ、一緒に行こ!」
「あら、そうね。……いいわよ」
空元気を出してミナに話しかける。
ちなみに選択授業って言うのは、そのまんま。
学期が始まる事に「医療学、護身術、天文学」の中から一つ選ぶ授業のこと。テストもあるから真面目に取り組まないと普通に撃沈する。合計三学期あるから丁度終わるし、いいね!って事で始まった制度らしい。
私たちが今学期選択したのは、護身術。あと残ってるのは天文学だけ。
「んー……護身術ってさ。かな〜り体力使うからキツイよね」
教室に向かう最中、ミナに話題をふっかけてみた。
「そうね。でも、楽しいからいいと思うわ。ほら身体を動かすのって大事じゃない」
そう言って、ブンブンと腕を振るミナ。
「えー……たしかに大事かもしれないけどぉ…たまに骨、折れた!?ってなる時あるから…」
「あー、それは分かりかねないけど、すごく焦るわね」
「でしょー!!」
昨日より弾んだ雑談をしていたら、教室にたどり着いた。護身術での教室は、通常のとは違って、床にはマットが広々と敷かれてる。すでに何人か生徒がおり、そのマットの上に座っていた。私たちもそれに習い、マットに座り込む。すると
「あー!ミナとカエデ!久しぶりー!覚えてる?」
急に後ろから話しかけられたからビックリした。振り向くとそこには、友達のヒュリアがいた。髪はココアブラウン色でツインテール。目の色は、黄色。ちなみに、すっごくフレンドリー。
「ヒュリアじゃん!久しぶり〜!違うクラスになってからはずっと見かけなかったけど、何かあった?」
私たちは今年、私とミナが同じクラス、ヒュリアだけ違うクラスとなってた。
「いやぁ、ちょっとね。新学期早々、テストあったじゃん?それでエグい点数取っちゃって……」
「それで、停学処分を食らった訳ね」
「そう。ホントにキツかった…毎日毎日、勉強勉強…死んじゃうかと思ったよ」
「やっぱりこの学校の制度、少しおかしい時あるよね…」
テストは指定点数以上取らないと停学を食らったり、学校外でのボランティアを最低二回はやらないと補習があったり、授業を受けて理解できてるか確認するために、ノートをランダムに他の人と交換しないといけなかったり、それについての感想文を書かないといけなかったり……
「ボランティアは普通に争いが起きるわよね…」
私とミナはため息が出てしまう。
「そ、それよりも!今日はさ、久しぶりにみんなで帰ろうよ!喫茶店とか行きたいなぁ!」
少し沈んだ空気がヒュリアによって和らぐ。ミナは
「良いわね。ぜひ行きましょう」と言い、
私も「じゃあ、いつもの喫茶店にする?」とそれぞれ賛成した。
「うん!放課後、校門で集合ね!」
そんな約束を交わし、少し雑談をしているとチャイムが鳴った。そして護身術の授業が始まった。
●
「………」
「………」
周りが騒がしくしながら実践に励む中、ミナとカエデは静かに向かい合っていた。やがて、その沈黙を破るように同時に体を動かす。ミナが手に掴みかかり、カエデはそれを受け入れる。完全に手を掴まれた時、カエデは巧みに手首をひねる。そして、そのまま逃れようとした。しかし、
「…あ」
失敗したようだ。ミナに体を抱え込まれてしまう。やがて完全に動けなくなると、
「げ。また失敗かぁ〜」
落ち込んだ声音で呟くカエデ。
「はい。ミナの勝ち〜!」
審判を務めていたヒュリアが勝敗を決める。
「む〜……」
カエデは不満げに頬を膨らませる。それを見たミナは、カエデに声をかける。
「カエデ。力が入りすぎてるわよ。もう少しリラックスしてみたら、上手くいくと思うわ」
「そっか!よし、もう一回!」
「あたしの順番はいつ回ってくるの〜…」
それぞれ、落ち着き、意気込み、嘆く様子が伺える。
先生が熱心に教育し、生徒は元気に実践に取り組む。そんな教室の雰囲気のおかげで、心の晴れない者はいても、今はそれを忘れていられるようだった。
コラム: サリエンテ学園
ミナたちが通う女子校。科目は全部で十個あり、自然・科学、数学、文学、歴史、体術、アート、異生物学が必須科目。残りの三つは、医療学、天文学、護身術の選択授業である。
記憶喪失の魔法たち 霧雨 碧 @Kirisame-Midori
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