4、異変と変化と罪悪感

 窓から差し込む朝日を受けてカエデは目を覚ました。やや眩しそうに目を細めると、そのまま体を起こさず、布団の温もりをゆっくりと味わう。数分か経った頃、そろそろ起きないと。と思ったのか勢いよく上半身を起こし、伸びをした。やがて布団から完全に身を放り、制服であるセーラー服に着替える準備をする。使い込まれ僅かにヨレヨレになった寝巻きを綺麗に折りたたむ。慣れない様子でタイツを履き、慣れた様子でスカートに足を通す。タイツを履いたのは、今日は気温が少し寒かったからなのかもしれない。そしてセーラー服を着て、鏡を見ながらそれにリボンを付ける。その時、セーラー服にパステルブルーのバッジが付いていることの確認をする。

 身なりも整え、ベッドに座り、ふぅ…と一息つく。しばらくぼうっとし、控えめに欠伸をする。ルーティンを終えた彼女は、カバンを持って下の階へ降り、今日を始める。


 静かな空間で、先生の声ばっかり教室に響いてる。私にとっては楽しい授業でしかない異生物学の授業だけれど、淡々とメモを取ってる他の子たちはどう思ってるんだろう。あ、あの子寝てる。

「稀に現れてしまう怪生物は、今現在、存在しているものも、今はいないものもいます。今から幾つかの怪生物の名を挙げますので、覚えて帰ってください。テストにも出しますよ」

 そう言って先生は、黒板に沢山の名前を書き始めた。置いてかれないように、と急いで手を動かしながら私は、ノートにメモを取る。チラッと左を見てみると、ぼんやりと窓の外を眺めてるミナがいる。自分の意思でやってる行動には見えない。けど、やけに気になるので小声で話しかけてみた。

「ミナ、黒板の内容メモしないの?」

 そしたら、ハッと我に返ったみたいにこっちを向いた。

「…いえ、メモはするわ。ただちょっと、ボーッとしてただけよ」

 嫌いな授業ってこともあるんだろうけど、今日はそれだけじゃない気がする。なにか、とっても大事な考え事かもしれない。

「そっか。じゃあ、何か話しようよ」

 どうしても気になった私は、そんな提案をしてみた。そうしたら、ミナは少し考えたあと

「悪くないわね。……けれど、いくら後ろの方で窓際の席とはいえ、リスクがないかしら」

 と言った。…確かにその通りかもしれない。けれど、もしバレたら提案した私の責任だし大丈夫かな。

「平気だよ。いざとなったら、私が頑張るから…!」

 グッと拳を固めて平気だよアピールをする。そしたら、ミナは笑ってた。だけど笑ってない感じだった。

「分かったわ。けど、カエデだけが犠牲になろうとしたら許さないからね」

 これ、私だけ犠牲になろうとしてるのバレてるんだ。今度からは気を付けよ。


 お昼十二時過ぎ、全ての授業が終わって開放感に包まれる。沢山の生徒の声が重なって、一種の喧騒が始まる。私はミナと一緒にお弁当を食べる場所を探す。

「どこがいいかな〜。あ、中庭の椅子空いてるよ!」

 丁度よく、木陰にある食事スペースが空いてたからそこでお昼ご飯を食べることにした。

「いっただきま〜す!」

 相変わらず美味しいご飯を、ミナと食べる。いつもこれが幸せに感じて、私は楽しくなる。

「そーいえば。クラリスさん、やっぱり凄いよね」

 何気なく話題にクラリスさんを出したら、ミナは目を伏せて、少し表情が暗くなった。と思ったら、無理やり取ってつけたみたいな笑顔に戻った。

「そうね」

 端的に返された。きっと、触れたくないことだったんだ。気付けない私が情けなくて、心が痛む。微妙になった空気を変えようと、違う話題にする。

「そ、そういえばさ!今日は一緒に帰る?」

 気合いでテンションを上げた。だけどミナは、元気がない笑顔で

「…いえ、今日は……用事があるから、一人で帰るわね。申し訳ないけれど」

 と言った。どうしてこんなに浮かない様子なのか、私には知り得ないし、深入りするのは良くない。

「そっか!把握しておくね!」

 他にも会話をしたけれど、ミナは穏やかな表情なのに何か隠してる気がしてならなかった。そして、昼ごはんの時間が終了し、私は心にモヤモヤを抱えて一人で帰宅した。その時、何とも言えない寂しさと罪悪感を私は感じた。


 夜、私は魔法の練習をコソコソとしていた。ふと時計で時間を確認してみた。すると現在時刻二十三時だということが分かった。つまり、両親が寝ている時間。それが分かった私は、早急に魔法の練習をやめ、寝巻きの上にフード付きローブを羽織った。

「…危ない危ない。これも持っていかないと」

 床の上に広がってる複数の本を一望したあと、置きっぱなしになってる杖の存在に気付いた。すぐにそれをポケットの中に入れる。

 部屋の外に出たら、最後の確認として両親の睡眠状態を探る。これは、一階で二人が寝てる部屋の前まで行って、扉の前に耳を近づけて呼吸の音が聞こえたら、確認完了。外に出られる。

「ふぅ…寒い!」

 家から出た瞬間、そこそこ冷たい風に吹かれる。もうそんな季節かぁとしみじみ思いながら、廃墟の図書館に向かう。


 廃墟の図書館への道中には、街道、草原、川などがある。

「あ、誰だろ…」

 少し明るいだけの街道を歩いているとき、私は遠方に人影を見つけた。私が前に進む度に、人影は近付いてくる。けど、途中で方向転換して川の方へ向かった。なんとなく、その人影に見覚えがあったので追いかけてみた。

「クラリスさんだ!」

 それは、走ってようやく追い付いたときに判明した。だけれどクラリスさんの服装は、いつもの制服をアレンジしたみたいな服とは違って、今日はローブみたいな服を着てるみたい。

「……カエデさんですか。偶然ですね」

「そうだね!でも、どうしてこの川に?」

 そう問いかけると、相変わらず動かない表情で、

「何となくですよ。ときには、魔法の勉強の他に散歩などの気分転換を挟むのも大事ですから。カエデさんは?」

 と答えてくれた。勤勉だなぁ…

「私はね、図書館に行こうとしてたんだ!その途中でクラリスさんを見かけて、追いかけただけだよ!」

「そうでしたか。では折角ですし、この辺りで魔法の話でも致しましょうか?」

 私にとって最高の提案だったから、思わず顔が綻びた。迷いも生まれず、胸が高鳴った。絶対、この時間を無駄にしてたまるかー!

「もちろん!!」

 嬉しさを拳に込めて、ガッツポーズしていたら…

「…ではコチラの席へどうぞ」

 と言ってクラリスさんが指し示した所には、二脚の椅子と一つの丸いテーブルがあった。一瞬、幻覚かと思ったけど、川辺に張ってある水面にはっきりと椅子とテーブルが映し出されていた。

 戸惑う私を置いて、クラリスさんは自然と椅子に座る。それを見て、私も急いで座る。

「どのような魔法の話が良いでしょうか」

「うーん……どんな事でも嬉しいからなぁ…」

「分かりました。でしたら、特殊魔法についてお話しましょう。カエデさんは、特殊魔法をご存知ですか?」

 特殊魔法…確か、魔法書の何処かに書いてあった気がする。そして、懸命にその一節を思い出した。

「…あ、治癒魔法のこと?」

 うろ覚えみたいなものなので、正しいか分からず疑問に思ってしまう。するとクラリスさんは、

「確かに治癒魔法も特殊魔法です。ですが、それ以外にも種類があるのです。ただはっきりとした魔法の数は不明なんです。一応ワタシは、理屈を理解できれば使えると思っています」

 と詳しい説明を話してくれた。貴重な話なので聞き漏らすことの無いように集中した。

「理屈かぁ…でも治癒魔法の欄には理屈が書いてなかったような気がする。まぁ、私は基本魔法も満足に使える訳じゃないから、何とも言えないね」

 そう言いながら私は、水面に視線を落とす。私とクラリスさんの影が映っていて、ゆらゆら揺れる。ずっと見てても何故か飽きない。

「…使えずとも、様々な考え方ができるのが魔法だと思います。ですから自信を持ってください」

「うん。なんか、ありがとう。クラリスさん」

 相変わらずクラリスさんは表情が動かないし、感情を読み取るのが難しい。だけれど、今は私を慰めてくれた気がする。

 ふと、気持ちが沈んでいるのを自覚できた。前方を見てみると、そこそこの幅がある川が続いてるだけだった。さっきまで穏やかだった風が強くなっていた。それに釣られて、ただ揺れるだけだった水面は、さざ波がたっていた。自然と雲に隠れていた月が露わになって、周りの見通しが良くなっていた。それらの情景は、私の心情の変化を表しているように感じた。

「さて、そろそろ休むべき時間でしょう。また今度来た際は、今日よりも楽しい話をしてあげます」

 そう言いながら、クラリスさんは椅子から立ち上がったので、私もそれにつられて立ち上がる。

「分かった!おやすみ、クラリスさん!」

 最後に元気を取り戻した私は、そう告げて帰路に着いた。


 私が家に帰ったのは、ちょうど十二時を過ぎた頃だった。寝る前に、散らばったまんまの魔法書たちを机の上に置く。ポケットから杖を取り出し、フード付きローブを脱ぐ。

 クラリスさんは、私の睡眠時間も考慮してくれたのだろうか。少し元気を無くした私をどう思ったんだろう。布団に入ってからでも、思考は冴えたままだった。この場合、私がするべきことといったら、魔法の練習だけ。そうすれば、余計なことを考えないで済むからね。

 明日は……遅刻しないようにしなくちゃ。



コラム:学生バッジ

学年によってバッジの色が変わる。

時間割

八時から学校が始まり、四十分の授業を六つこなす。それが全て終われば、昼ごはん、帰宅となる。

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