第6話 やらかし放題

 夜の闇に覆われ、ランプの明かりだけがともる裏道でキイチは膝を叩いて告げる。


「よし!そうとわかれば話は早え。早速その変態クソ野郎をぶちのめしに行くぞ!」


 変態神官が神使と知る否やキイチはいそいそと鉄棒を背負い、出発の準備を始めた。


「ちょ、ちょっと待ってください。証拠もないのに問い詰めに行ってもシラを切られたらどうしようもありませんよ!」


 テルルは慌てて止めに入るが、キイチは聞く耳を持たない。


「いいんだよ。証拠なんぞ無くても。実はオレも光神の神使には用があってな。ぶちのめしたついでに言うこと聞かせて、こっちの用事が済めばそれでいい。その後で手足千切るなり、背骨へし折るなりすりゃ、当分ガキに手は出せねえだろ。証拠が欲しけりゃその間に探せよ」


「そんなムチャクチャな!」


 さらりと、猟奇的な解決方法を提示するキイチにテルルはめまいを覚える。


 確かに、部位欠損や脊椎損傷などの自然治癒では治らないケガは、通常の治癒魔法ではなく、もっと高度な復元魔法で長期間治療しなければ元には戻せない。


 その間、ニオブ神官長が犯罪に手を染めなくなるのはその通りではあった。


 しかし、それでは問題の根本的な解決にはならないだろう。


 キイチの言っていることはその場では正しいが、先のことを全く考えていない。


「この国の偉い人たちが、キイチさんを追い出した理由がわかってきた気がします。一体、今までどんなことをしでかしてきたんですか?」


 テルルの質問にキイチはあごに手を当てて考える。


「そうだな。例えば、呪塊と一緒に周りの民家をぶっ潰したり、うっかり砦の壁をぶっ壊したりだな。あと、初めて王様にタメ口で話しかけた時とか、犯罪者をとっ捕まえるのにそいつらの手足へし折った時も怒られたわ。まあ、1番どやされたのは、火山にいるドラゴンが暴れてるってんでぶん殴りに行ったら、火山が噴火して近くの村が1つ溶岩に飲まれて壊滅した時だな」


 つらつらと挙げられるやらかしの数々にテルルは本格的に頭痛がしてきていた。


 特に、なぜそうなったのかはさっぱりわからないが、最後のはどう考えても大惨事ではないだろうか。


「ああ、心配すんなよ。村の連中はアレスたちが必死こいて避難させたから全員無事だぞ」


「そういう問題じゃないでしょう!それに火山にいるドラゴンって龍脈を守っている守護竜のことでは!?あのドラゴンを下手に退治したりしたら周りの生態系にまで悪影響が出ますよ!」


「大丈夫だって。頭ぶん殴った後でアレスが浄化魔法かけてドラゴンは正気に戻ったから退治はしてねえよ」


「火山が噴火している時点で大丈夫じゃないでしょう!そうではなくて、もっと反省をしてください!」


 『感情視の魔眼』を持つテルルには、キイチに全く反省の色がないことがはっきりとわかるため余計に腹が立った。


 だが、こちらの質問には素直に答えてくれてはいる。こうやって話をしている間にキイチを止める方法を考えるべく、テルルは気になっていたことをさらに聞いてみることにした。


「それじゃあ、ついでに聞きますけど、キイチさんは何で自分を無実の罪で捕まえようとした人たちに対して怒ってないんですか?」


「何が、それじゃあ、なのかわかんねえけど…まあいいか。実を言うとな――」


 話しながらボロボロになった革鎧の懐から何かを取り出すキイチ。


 出てきたのは光沢のない黒一色のポーチで、テルルの記憶によれば『アイテムポーチ』と呼ばれる見た目の数十倍の容量を持つ魔道具だった。


 次にキイチのセリフを聞き、ポーチから出てきたものを見て、テルルは自分でも思ってもいなかった行動に出ることになる。


 ◆◆◆


 アイアルド王国の首都、アイロンノアの王城内。


 法務大臣のカールを先頭に、その護衛と勇者一行が玉座の間へと続く廊下に出た時、反対から来る出迎えの人物に気づきカールは足を止めた。


「おお!これはこれは。宰相さいしょう殿にわざわざ出迎えていただけるとは、痛み入ります」


 数人のお供の官吏かんりを連れて現れたのは、この国の宰相エルビス・ジースプローシだ。うやうやしくお辞儀をするカールに対して、エルビスは顔に貼り付けたような笑みを浮かべねぎらいの言葉をかける。


「いえいえ、法務大臣殿こそご無事で何よりです。遠話の魔法で状況はすでに報告を受けていますが、大変だったようですね」


「なんの。国王陛下直々の命とあれば是非もありません。それに、私が付いていながら、結局はあの半鬼人ハーフオーガを取り逃がすことになってしまい申し訳ない」


 話しながら、敬礼をして立ち止まっている勇者パーティーからは距離を置いて、2人は小声で話し始めた。


「それで、勇者たちの戦いぶりはどうでしたか?あの狂戦士相手に手加減するような真似は?」


「ご安心ください、宰相殿。加減はおろか通常であれば死ぬような攻撃を容赦なく繰り出しておりました。狂戦士を捕らえることに陰で反対しているような素振りはございません」


 今回、カールが危険をおかしてまで半鬼人ハーフオーガ捕縛作戦に同行したのは、法理を重んじる彼の性分もあったが、勇者パーティーの面々が共謀してキイチを秘密裏に逃がさないかを監視するためでもあった。


 なぜなら、王城内での評判が最悪とは言え、曲がりなりにも3年間パーティーを組んでいたキイチを無実の罪を着せて捕らえることに、パーティー全員が賛同するかは疑わしかったからだ。


 王国最高戦力の1人であり、強力な神器を持つキイチを捕らえるには同じ勇者パーティーの力を借りるしかなかったがための苦肉の策だった。


「そうですか。それならばひとまずは安心して良さそうですね。明日の捜索隊にも私が信頼している部下を同行させておけば問題ないでしょう」


 カールからの報告を聞いたエルビスは、笑みを浮かべつつも油断のない眼差まなざしを勇者パーティーへと向ける。


 その視線を受けたアレスたちは真剣な表情でエルビスに頭を下げた。


「国王陛下からの命を遂行できず、誠に申し訳ありません。宰相様」


 パーティーを代表してアレスが謝罪の言葉を口にする。


「いえ、かまいません。奴が深手を負っていることはすでに聞いています。明日の捜索で奴を発見し捕らえられれば、今回の不手際は不問としましょう」


 エルビスは貼り付けた笑みを崩さずに、釘を刺す言葉も告げつつ謝罪を受け入れておく。


「それよりも、早く国王陛下の元へ向かいましょう。あの狂戦士の代わりとなる盾の神器に選ばれた神使しんし、カイト・ペロブスも玉座の間で待っていますよ」


 以前から評判が悪かったとはいえ、王国の上層部がキイチを勇者パーティーから追放する決定を下したのは、カイトという新しい神使が生まれたことがきっかけだった。


 キイチのパーティーにおける役割は、呪塊じゅかいの注意を引きつけ仲間を守る盾役である。


 キイチは、並外れた頑丈さと大型の呪塊すら止められる怪力のみならず、なぜか高い呪いへの耐性と近くの呪塊を引き寄せるという性質まで持っていた。そのため、今までは彼が盾役として最適と思われていたのだ。


 しかし、盾の神器に適性を持った神使の登場により、上層部の考えは変わることになる。


 半鬼人ハーフオーガという特異な生まれであり、今までに散々問題を引き起こしていたキイチのパーティー追放は、大臣を務める貴族たちの間ではすぐに満場一致で決定された。


 加えて、単純にキイチを勇者パーティーから外し、別のパーティーに入れたのでは彼の問題行動が続くことは容易に予想できたため、彼の地位と神器を剥奪し投獄するという案が採られることになる。


 ただし、キイチを何の罪で捕らえるかについては法務大臣のカールが大いに頭を悩ませることになった。


 キイチのやらかしは、それこそいくらでもあったのだが、法に直接触れるものとなると罪と断定できるものが見つからなかったのだ。


 結果、法を守ることにプライドを持つカール本人としては苦渋の決断として、でっち上げの罪で捕らえて投獄することになる。


 唯一、国王だけは難色を示したものの、最終的には王命としてリーダーのアレスへキイチのパーティー追放が言い渡された。


 命を受けたときのアレスは複雑な表情をしていたが、王命であればとすぐに受け入れる返答をしていた。


(あの時のアレスの反応は気がかりでしたが、今のところ問題はなさそうですね)


 キイチ追放の経緯を思い返しながら、宰相のエルビスは考えを巡らせる。


 このままキイチの捕縛と投獄が済めば、彼の神器は別の神使に使わせ、キイチ自身はいずれ勇者パーティーの任務先とは離れた激戦地に送り込み使い潰せばいい、とエルビス本人は考えていた。


 やがて、エルビスの先導により一行は玉座の間の前に到着する。すぐに中へ入ろうとした時、不意にアレスが足を止めて後ろを振り返った。


 エルビスがどうしたのか、と問いかける前に彼の耳にも甲冑を着た者が走る足音が聞こえてきた。程なくして城の警備兵の1人が廊下の角から飛び出すような勢いで姿を現す。


 警備兵はエルビスたちがいることに気づくと全力で駆け、一行の前にひざまずいた。肩で息をするほど急いで来ていたようだったが、息を整える間も置かずに兵士は叫ぶ。


「で、伝令!緊急事態です!王城宝物庫に何者かが侵入いたしました!そ、そして、勇者様たちが魔王城から持ち帰られ、宝物庫内に安置されていた呪われた巻物入れカースドスクロールケースが失くなっています!」


「な、なんじゃと!?」

「どういうことです?」


 カールとエルビスが口々に問いかけ、勇者たちの間には緊張が走る。


 だが、次の兵士の言葉には、その場にいた全員が声を上げた。


「それと…その、金貨2万枚を収めていた宝箱の1つが盗まれていることが発覚いたしました!」


「「「「「「「はぁああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」」」」


 ◆◆◆


「ここに来る前に宝物庫から持ってく物があってよ。ついでに、金貨の入った宝箱を1つ貰ってきたんだ。だから、法務のおっさんが言ってたことは、もう嘘じゃねえのよ。まあ、金貨の枚数は違ってるだろうけどな。ヒャッヒャッヒャッ!」


 地面にドスンと言う音立てて置かれた宝箱と笑うキイチの顔を見て、テルルは持っていた杖を振りかぶって叫ぶ。


「バァカァアアアァァァァァッ!!」


「ぐふうっ!」


 振られた杖がキイチの脇腹の傷にクリーンヒットし、彼はその場に倒れ伏す。


 自分で治療した相手を自分で傷つけるのは、テルルの生涯では最初で最後のでき事であった。













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