第5話 王城への帰還
アイアルド王国の首都、アイロンノア。
その王城に並ぶ塔の1つ、転移魔法用に設けられた開けた屋上に風の塊が落下し、中から勇者一行、法務大臣とその護衛が姿を現す。
王城へと帰還した法務大臣のカールは不満げな表情で勇者たちに話しかけた。
「本当にあの
もっともと言えるカールの問いかけに対し、土神の神官であり
「いいえ、追い詰めていたからこそ、いったん帰還したのですよ。手負いの獣ほど危険なものはない」
ケインは神官として後方から浄化や回復、強化などの支援をしつつ、戦場を
細かな刺繍の入った茶色の法衣をまとい、土石魔法を強化する効果を持つ神器である巨大な宝石がはめ込まれた聖杖を装備している。
そんな彼は
「捜索のためには我々も分散する必要がありますし、そこをあの男に捨て身で攻撃されればさすがに無事では済まないでしょう。彼の一撃をまともに受けて立っていられるのはアレス殿くらいです」
確かに、キイチは勇者パーティーの中でも随一の怪力を持つ。
そもそも、崖が大崩落を起こしたのも、あの男が神器を使って地面を殴りつけたのが原因だ。その大崩落に巻き込まれかけた身としては、ケインの言葉に納得せざるを得ない。
あの時、勇者アレスが護衛たちごとカールを飛行魔法で抱え上げて助けなければ、今ごろカールは崖下に落ちて死んでいただろう。
騎士のセレンもケインの言葉に続く。
「あのケガであれば、奴もそう遠くまでは逃げられないでしょう。明日の朝、大規模な捜索隊を送り、我々が指揮を取ります。兵士の犠牲は出るかもしれませんが、その方が確実に奴を捕らえられるはずです」
動きやすく作られた騎士服を着た男装の
「むう、確かにその通りじゃな。ことを急いで勇者パーティーに属する者を失うわけにはいかん。しかし、やはり神器は取り上げてから捕らえたほうが良かったのではないか?」
2人からの進言にカールはうなずくが、さらに疑問を投げかけてきた。
過ぎたことではあるが、あの狂人が強力な武器である神器を持っている時に捕らえようとする必要があったのだろうか。
その疑問には、魔導師であるルヴィが答える。
「しょうがないわよ。あいつバカだけど勘は鋭いから。神器を置いて来いだの、渡せだの言ったらさすがに怪しまれるわ。転移魔法の最中に勘づかれて、暴れられたらたまったもんじゃないでしょ。私の転移魔法はあくまでもただの高速移動だし」
ルヴィは風と炎の魔法を得意としており、パーティーの遠距離攻撃を担当していた。車輪の付いた靴という変わった形状の神器を使って高速で飛ぶこともでき、空から放たれる彼女の魔法の連撃は
魔力制御の魔法式が組まれた三角帽子を被り、魔導師お決まりのローブではなく、革の胸当が付いた上着に厚手の手袋、ショートパンツとレギンスという動きやすさを重視した格好をしていた。
先の2人と比べて軽い口調で話しているが、これは彼女がカールよりも位が上の貴族家の
「それもそうか。移動の時間は1分もないとはいえ、あのような密着状態でやつが凶行に及べばわしの身も危ないか」
「ええ、何よりも大切なのは大臣であるあなたの命です。あなたの安全を最優先に動くのがボクたちの勤めですよ」
最後にそう答えたのはパーティーのリーダーであり、勇者と呼ばれる唯一の存在であるアレスだ。
彼はパーティーの中でリーダーシップを取りながら、前衛の攻撃と防御、後衛の回復と浄化とほぼ全ての役割をこなせる多才な能力を備えている。
ホワイトオリハルコンと呼ばれる、国内で採れる魔力を含んだ鉱石の中でも最高硬度の金属で作られた純白の鎧を装備し、神器である白銀の聖剣を
その勇者に己の命の重要性を説かれ、カールは上機嫌になる。
「そ、そうじゃな。このわしがわざわざあのような
その発言に隣にいた2人の護衛が次々に追随した。
「全くその通りでございます。ヴェルスバッハ閣下がこれ以上前線に立つ必要などございません」
「あの狂人の前で堂々と命をかけて罪を言い渡した勇気。我々は感服いたしました」
この護衛たちもアイアルド王国の神使ではあるが、神器のような強力な武具までは装備していない。
戦闘時のキイチの凶暴性を知っている彼らからすれば、あの男の攻撃の矛先が自分たちやカールに向かわなかったことに心底ホッとしているであろうことが、勇者パーティーの面々には容易に読み取れた。
自分たちが撤退を進言した時も即座に賛同していたことからもそれは明白だ。
もっとも、実際にカール共々崖から落下しかけているのだから、彼らがあの場から離れたがるのは無理からぬことだと言えた。
「市民や都市に被害が出ないよう、ヒトのいないところへキイチを誘導することにもご協力いただき感謝申し上げます」
アレスからの感謝の言葉もあり、すっかり機嫌の直ったカールは
「うむうむ。勇者パーティーの者たちもこたびの活躍は見事であった。あの狂戦士め、あのような大見得を切っておきながら、一方的にやられておったな。今まで煮え湯を飲まされてきた身としては痛快であったわ」
先ほどの勇者パーティーとキイチの戦闘は激烈ではあったが、形勢は常に勇者パーティー側が優勢だった。
アレスがキイチの攻撃を真っ向から受け止め、その隙にセレンが切り込み、ルヴィとケインが攻撃と足止めを行うことで、キイチに決定打を打たせないよう立ち回っていた。
国王と
「奴の攻撃を完璧に防いでいたアレスの防衛も見事であったが、攻撃の隙を見逃さずに奴を切り刻んだセレンの斬撃も素晴らしかったな。あの鬼気迫る猛攻、
「お、お褒めにあずかり光栄です。閣下」
褒められたはずのセレンは、なぜか隣を歩くアレスを見ないように目線を壁の方に向けて返答していた。
「それに、最後のルヴィの大火球の魔法もすさまじい威力じゃったな。ケインがタイミングを合わせて土砂をまとわりつかせる拘束魔法で動きを封じたおかげで直撃しておったし、奴は丸焦げであろうな」
その直後にキイチが崖を崩落させたため、あえなく取り逃がすことにはなったが、大ダメージを受けたのは誰の目にも明らかだ。
「そうね、本当に見事にタイミングが合ったわね。ナイスな判断だったわよケイン」
「私もルヴィ殿があれほどの速度で大火球の魔法を放てるようになっているとは思いませんでしたよ。成長されましたね」
お互いを
そして、アレスはそんな大臣とパーティーメンバーの会話を聞きながら憂いを帯びた表情をしていた。
そんな勇者たちの不自然な反応に先頭を歩くカールは気づかないまま、塔の階段を降り、玉座の間へと向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます