3)


 なるほど、全てわかったかもしれない。

 天架の秘密、それを突き止めたかもしれない。

 これはどこか、ヤバい筋から金を借りているという話しである。

 フォロワーなどという言葉が出ているから、SNSやらインフルエンサーに関わるのだろうか。

 それを金で買ったに違いない。確かに彼女は華やかなインフルエンサーを目指して、SNSを熱心に更新している女子。

 フォロワー数を水増しするために、何かズルいことをしたということか。

 いや、別にそれはズルいことではなくて、極めて普通のことだとしても。


 そんなことよりも天架、君は騙されてはいないか? 

 大して価値のないものを買わされ、その代償に働かされようとしているのだ。

 つまり、ホストに嵌って、立ちんぼさせられているのと同じ。

 まあ、天架は男に惚れて、それで借金をこしらえたのではなくて、むしろ逆で、自己愛が高じて、それでお金が必要になったということのようだけど。

 どっちにせよ、厄介な相手から借りを作ったようだ。その相手が「事務所」ということなのだろうか。


 返す必要に迫れている。天架もそれを自分の負債として受け取っている。

 だから、ああやって僕にも金をたかってきたのだ。

 しかし大した金を絞ることが出来ず、今、天架は何やら危ないバイトに手を出しかけている。


 なるほど。腑に落ちた。




 このまま見過ごすべきか。

 天架がどのような人生を歩もうが、こっちには関係ない。

 とはいえ、全く無関係とも言えない。

 今日のこのバイトを務め上げて、天架がそれなりの報酬を手に入れたとしても、それで彼女の負債が全て帳消しになるわけでもないだろう。

 まだまだ金を稼ぐ必要があるということだ。

 つまり、僕への脅迫行為だって辞めるわけにはいかないということだ。


 いや、それとはまるで逆の可能性だってある。

 彼女はとりあえず働き口を見つけたわけである。返済の目処は立ったということ。もう無理して、僕から金を毟り取る必要はなくなる。

 だったらもう、栗子に僕の浮気の件を黙っている必要だってなくなる。

 天架が我が妻に、僕の悪行を全て打ち明けてしまうということもあり得るわけだ。




 あるいは彼女はこのバイトをきっかけに、更に転落してしまうかもしれない。

 何と言うか、やさぐれてしまうということだ。男性全てに嫌悪感を抱いてしまうのだ。

 そう、その腹いせに僕の浮気を妻に密告するのである。

 何せ、このようなバイト、それはもう大変にストレスを感じる仕事だろう。

 メンタルはすり潰されていく。身体もボロボロになっていく。

 酒やタバコだって始めるかもしれない。それどころか精神安定剤的なクスリとか、もっとヤバいクスリとかに手を出したり。

 リスカだって始まるかもしれないぞ。

 まあ、その頃になれば、僕と栗子は離婚して、その家に住んでいることもないかもしれないが。




 とにかく天架を転落させても、こっちに何のメリットもない。

 ざまあみろって、一瞬思う程度で。

 むしろ、止めるべきだ。


 というか、あの天架が金銭目的で適当な男に身体を許すなんて! 

 勿体ない。想像したくない。端的に嫌だ。

 幸いまだ、このバイトを本格的に始めてはいないようだ。何せ、こうやって見張りまでつけられているくらいなのだから。

 天架だって自分がどのような目に遭おうとしているのか、ちゃんと理解出来ていない可能性もある。実はあの友人たちに騙されているということだ。


 だとすれば、助けてやるしかないよな。

 決断するや否や、僕は即座に行動に移った。かなりの力で、まずは天架の友人の女の子二人を後ろから突き飛ばした。

 不意を突かれたようで、二人は数メートルほど吹き飛び、派手に転んだ。

 それを見た通行人がキャーと悲鳴を上げる。多くの人たちが一斉に息を呑んだ音が聞こえた気がする。

 その気配を背後から受け止めながら、僕は更に突進を続ける。

 このアーケード街で起きている異変に天架も気づいたようだ。とても怯えた表情で彼女は振り返った。

 僕は天架のところまで一気に走り、彼女の手を掴む。


 「おい、天架!」


 「え? 何でここにいるの?」


 混乱しながらも、僕の存在を認識したようだ。


 「詳しい事情を聴かせてもらうぞ」


 「はあ?」


 何なんだ、君は! 天架の隣にいた中年の男が僕に激怒している。

 この男も殴りつけてやろうかと思ったが、無駄に時間を浪費してしまうかもしれない。

 おい、この野郎! 僕に突き飛ばされた天架の友人二人が、大変な怒りを燃え上がらせながら、こっちに向かって来た。


 「逃げるぞ」


 「え?」


 天架をグイッと手繰り寄せる。抵抗を見せてくる可能性もあったが、彼女は思った以上の軽さで僕の胸に飛び込んできた。


 「こっちだ、走れ!」


 「うん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る