3)
★
なるほど、全てわかったかもしれない。
天架の秘密、それを突き止めたかもしれない。
これはどこか、ヤバい筋から金を借りているという話しである。
フォロワーなどという言葉が出ているから、SNSやらインフルエンサーに関わるのだろうか。
それを金で買ったに違いない。確かに彼女は華やかなインフルエンサーを目指して、SNSを熱心に更新している女子。
フォロワー数を水増しするために、何かズルいことをしたということか。
いや、別にそれはズルいことではなくて、極めて普通のことだとしても。
そんなことよりも天架、君は騙されてはいないか?
大して価値のないものを買わされ、その代償に働かされようとしているのだ。
つまり、ホストに嵌って、立ちんぼさせられているのと同じ。
まあ、天架は男に惚れて、それで借金をこしらえたのではなくて、むしろ逆で、自己愛が高じて、それでお金が必要になったということのようだけど。
どっちにせよ、厄介な相手から借りを作ったようだ。その相手が「事務所」ということなのだろうか。
返す必要に迫れている。天架もそれを自分の負債として受け取っている。
だから、ああやって僕にも金をたかってきたのだ。
しかし大した金を絞ることが出来ず、今、天架は何やら危ないバイトに手を出しかけている。
なるほど。腑に落ちた。
★
このまま見過ごすべきか。
天架がどのような人生を歩もうが、こっちには関係ない。
とはいえ、全く無関係とも言えない。
今日のこのバイトを務め上げて、天架がそれなりの報酬を手に入れたとしても、それで彼女の負債が全て帳消しになるわけでもないだろう。
まだまだ金を稼ぐ必要があるということだ。
つまり、僕への脅迫行為だって辞めるわけにはいかないということだ。
いや、それとはまるで逆の可能性だってある。
彼女はとりあえず働き口を見つけたわけである。返済の目処は立ったということ。もう無理して、僕から金を毟り取る必要はなくなる。
だったらもう、栗子に僕の浮気の件を黙っている必要だってなくなる。
天架が我が妻に、僕の悪行を全て打ち明けてしまうということもあり得るわけだ。
★
あるいは彼女はこのバイトをきっかけに、更に転落してしまうかもしれない。
何と言うか、やさぐれてしまうということだ。男性全てに嫌悪感を抱いてしまうのだ。
そう、その腹いせに僕の浮気を妻に密告するのである。
何せ、このようなバイト、それはもう大変にストレスを感じる仕事だろう。
メンタルはすり潰されていく。身体もボロボロになっていく。
酒やタバコだって始めるかもしれない。それどころか精神安定剤的なクスリとか、もっとヤバいクスリとかに手を出したり。
リスカだって始まるかもしれないぞ。
まあ、その頃になれば、僕と栗子は離婚して、その家に住んでいることもないかもしれないが。
★
とにかく天架を転落させても、こっちに何のメリットもない。
ざまあみろって、一瞬思う程度で。
むしろ、止めるべきだ。
というか、あの天架が金銭目的で適当な男に身体を許すなんて!
勿体ない。想像したくない。端的に嫌だ。
幸いまだ、このバイトを本格的に始めてはいないようだ。何せ、こうやって見張りまでつけられているくらいなのだから。
天架だって自分がどのような目に遭おうとしているのか、ちゃんと理解出来ていない可能性もある。実はあの友人たちに騙されているということだ。
だとすれば、助けてやるしかないよな。
決断するや否や、僕は即座に行動に移った。かなりの力で、まずは天架の友人の女の子二人を後ろから突き飛ばした。
不意を突かれたようで、二人は数メートルほど吹き飛び、派手に転んだ。
それを見た通行人がキャーと悲鳴を上げる。多くの人たちが一斉に息を呑んだ音が聞こえた気がする。
その気配を背後から受け止めながら、僕は更に突進を続ける。
このアーケード街で起きている異変に天架も気づいたようだ。とても怯えた表情で彼女は振り返った。
僕は天架のところまで一気に走り、彼女の手を掴む。
「おい、天架!」
「え? 何でここにいるの?」
混乱しながらも、僕の存在を認識したようだ。
「詳しい事情を聴かせてもらうぞ」
「はあ?」
何なんだ、君は! 天架の隣にいた中年の男が僕に激怒している。
この男も殴りつけてやろうかと思ったが、無駄に時間を浪費してしまうかもしれない。
おい、この野郎! 僕に突き飛ばされた天架の友人二人が、大変な怒りを燃え上がらせながら、こっちに向かって来た。
「逃げるぞ」
「え?」
天架をグイッと手繰り寄せる。抵抗を見せてくる可能性もあったが、彼女は思った以上の軽さで僕の胸に飛び込んできた。
「こっちだ、走れ!」
「うん」
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