2)
★
さて、驚くことが起きた。駅を出るやいなや、そこで友達二人は天架に手を振って去っていったのだ。
え? お前たち三人、今からこの繁華街で遊ぶんじゃないのかよ?
まさかの展開にちょっと驚いたりもしたが、まあ、これは幸運なことでもある。ようやく、天架に声を掛けられるタイミングが到来したのだから。
僕はこれまで開いていた十数メートルの範囲を、ここで一気に縮めようと足を速める。
駅前に天架一人、彼女は立っていた。
しかしよく考えるまでもない。彼女は誰かと待ち伏せしているような気配を見せているのではないか。
いったい誰を待っているんだ?
僕は再び物陰に身をひそめて、彼女を観察することにする。
恋人ではないのか!
付き合っているボーイフレンドと待ち合わせかもしれない。だからあの友人たちとはここで別れたのだ。
そうだとしたら最悪じゃないか。
いや、別に天架は義理の妹に過ぎない。僕の愛人でも占有物でも何でもない。
しかし嫌なものは嫌だ。
まさに僕がその疑惑に駆られて、最悪だ、最悪だと心の中で騒ぎ始めた頃、「待ったかい?」と言いながら男が来たのだった。
★
最悪の展開だ。やはり天架には付き合っている男がいやがったのだ。
しかしである。そこの現れたのは中年の男であった。
キノコヘアーでも、青い髪でもない。チャラいZ世代の男子ではなくて、何ならば僕よりも年上の会社員風の男。
何だ、こいつは?
天架が会釈している。その表情は硬かった。歓迎している空気はなかった。ましてや、恋人だなんて雰囲気はあり得ない。
僕はその事実に胸を撫で下ろすのだけど。だとすれば何だ、この関係は?
★
天架とその男は連れたって歩き始めたのだった。再び、天架の尾行を始めるしかなくなった。
尚更、天架に声を掛けづらくなった。僕はうんざりしながら尾行を開始する。
しかしそのとき更に驚くべきことが起きた。さっきの二人である。先程、別れた天架の友人二人が物陰から現れて、天架と男の跡をこっそりとつけ始めたのだ。
異常な雰囲気である。ただならぬシチュエーションだ。いったいどういうつもりで、天架の友人である二人は尾行を始めたのか?
天架を守るため?
その男はよく知らない相手とデートすることになったから、万が一のために見守っていてくれと天架は二人に依頼していたのか?
それとも、その逆。友人二人は天架にバレないように尾行しているという可能性もある。
天架と男が歩く。寄り添うわけでもなく、男の後ろを天架は俯きながらついている。
その二人をつけるのが、さっきの天架の友人たち。そしてその四人をまとめて尾行しているのが僕。
天架の友人の二人がどういう了見でこんなことをしているのか探るしかない。
彼女たちに顔は割れていない。僕は踏み込むようにして、すぐ真後ろにまで迫った。
二人の会話を盗み聞きしてやる気であったのだ。
「ダルいね?」
「ダル過ぎでしょ?」
「何でうちらが、こんなことしないといけないのよ」
「まあ、いいじゃん。これで五千円のお小遣い貰えるんだから」
五千円のお小遣いか。その報酬で天架を見守っているのか? だとすれば、その出所は天架だということになるが。
「でも、あんたと半分ずつに別けるんでしょ?」
「え? そうだっけ? 五千ずつ貰えるんじゃないの?」
「五千円貰えるの? ちゃんと事務所に確かめてよ」
事務所だって?
その報酬は天架ではなくて、事務所から出るというのか?
いったい何の事務所なんだよ。
★
あんまり近づきすぎると、あの子にバレるよ。金髪の女のほうが言う。
そうだね、バレたら終わりだもんね。派手目女子のほうが答える。
この遣り取りで確定した。二人は天架に内緒に尾行している。
見守っているのではない。見張っているのだ。
「どこまで見張ればいいんだっけ?」
ほら、まさにそのフレーズを口にした。
こいつらはやはり、天架の友人なんかではなかった。そのような単純な関係ではない。
「カラオケ店に入るところまで。そこまでだってさ」
人通りの多い駅前の通りを抜けて、天架と男、そしてその跡をこっそりと追う天架の友人たちの一団は、交差点を渡り、アーケード街に入っていく。
「あの子、可愛いから、一回で三万だって聞いたけど」
金髪の女が言う。
「それはないでしょ」
「私なんて一万だったのよ」
「手だけででしょ?」
「口でよ」
「そうなんだ」
「それってずるくない? 私が一で、あの子が三とか」
信号待ちをしている間の会話だから、真後ろにまで忍び寄ることが出来て、天架の友人二人の会話がよく聞き取れた。
それにしても、さっきから金の話しばかりだ。
どいつもこいつも金、金、金。
最近の若い女は金にしか興味がないのかよ?
しかし天架は三万を貰えるだって? いったいこれから、どういういかがわしいバイトを始めるつもりなんだ!
「三万だったら、最初から本番なんじゃない」
「そっか、それが相場なんだ」
「でも初回からそれだったら、あの子も長続きしないでしょ。馴れてなさそうだし。普通に一万で手か口よ」
「そうかなあ」
「まあ、カラオケ店でやるんだから、今日はその程度のレベルでしょ。ホテルまで見届けろって言われてないから」
「あっ、そっか」
何という不穏な会話だろうか!
僕が何ら誤解していないとなると、これはセックスと金の話しである。
あの隣の中年の男が、一万円だかを払い、カラオケ店で、天架を相手に、何らかのサービスを享受する。それについての話題!
「あの子、けっこう返済あるからね」
「らしいね」
「これから連日、本番やりまくりじゃないと、返せないレベルでしょ?」
「マジなんだ? 可哀そうだね」
「一気にかなりの数のフォロワーを買ったらしいから」
「嘘でしょ? いきなり、そんなに売ってくれるの? 私なんてちょっとしか売ってくれなかったよ」
「良くも悪くも、お金になるって見込まれてるのよ、あの子、事務所の人に」
「やっぱり不公平ね」
「あんたも何でもやるって言えば、売って貰えるよ」
「やだ、売りまくりで返済するとかって」
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