第9話 魔法の才能

「きゃっ!」


 一行の最後尾を歩いていたリゼリアは、突然強い力で体を押され、冷たい大理石の上に倒れ込む。


(セイン様?)

 

 リゼリアを押したのは他の誰でもない。横を歩き、エスコートをしていたセインだ。


 一体何があったのか。リゼリアが顔を上げると、セインは立ち止まっている。


 背から腹にかけて彼の体を異物が貫いており、銀の刃を伝って落ちた赤い液体が床を染めていた。


「セイン様、血が……」

「大丈夫、だ。怪我はないか?」


 大丈夫でないことは明らかだ。それなのにセインはリゼリアの心配をしてくれる。

 彼はリゼリアを庇って刺されたのだ。


「そこの君は魔法医を呼んで。残りの者は犯人の確保を!!」


 マルク王子が指示を出すと、止まっていた時間が動き始める。

 セインを刺し、ガラス窓を突き破って逃げた男は王城の使用人だった。


(何故顔見知りでもない私を狙ったの?)


 クレオア王国に恨みでもあるのだろうか。もしくは、騎士団長セインの嫁に相応しくない人物だと思われたのだろうか。


「どうしてなの……」


 リゼリアの代わりに姉のティアナが呟く。


 彼女は事件に驚いているようだったが、怯えているというより、不可解な顔をしているように見えた。


 まるで何故リゼリアでなく、セインが刺されたのか? とでも考えているかのように。


「ザールセンは随分と野蛮な国だね。刺されていたのがクレオア王だったらどうなっていたことか」


 ハリオット公爵はセインを気遣うでもなく、そう言ってのける。

 どこか棒読みの台詞にリゼリアが驚いていると、ティアナも声を張った。


「そ、そうよ。これは国際問題よ」

「お義兄様、お姉様、今はそれどころでは……」


 長い刃はセインの腹部を完全に貫いてしまっている。彼は真っ青な顔で床に膝をついた。


「セイン様、お気を確かに」

「……急所は外れている、心配、いらない」


 セインは今にも死んでしまいそうな声で言う。

 

 リゼリアは新しいドレスが血塗れになることも厭わず、セインが寄りかかることができるよう傍に寄った。


「リゼリア嬢、落ち着いて。この程度であればうちの魔法医が治癒魔法ですぐに治す」


 王子は落ち着いた声でリゼリアを宥めるが、肝心の魔法医の姿は未だ見えない。


「治癒魔法! 治癒魔法ですね!?」


 リゼリアはセインから譲り受けた、できる限りの魔力を練り始める。


(大丈夫、できるはずだわ)


 治癒魔法の呪文は全て本で覚えた。体内に異物が残っている場合の対処知識もある。

 実践経験は――小鳥の折れた羽を治した程度しかないが、求められる繊細さは同じだろう。


 冷静さを失ったリゼリアは、痛みに苦しむセインを助けたい一心で魔法を展開した。

 居合わせた一同が、リゼリアを中心に広がった眩い光の魔法陣を呆然と見つめている。


 まずは防御魔法の要領で止血をし、異物と毒素を取り除き、最後に破れた部分を丁寧に繋ぎ合わせる。


「何故貴女が治癒魔法を? 魔法が使えないんじゃなかったの!?」


 姉が金切り声を上げるが、リゼリアは無視をする。治癒魔法は最後の最後まで気が抜けない。


 一連の処置が終わり、セインの体に開いた穴が完全に塞がれると、リゼリアは急な魔力放出による目眩に襲われた。


「リゼリア、ありがとう」


 今度は回復したセインがリゼリアを抱き留める。人前だというのに、彼は口移しで失った分の魔力を注いでくれた。


「ははは! リゼリア嬢ったら想像以上だよ。魔力はないのに、魔法の才能はあったんだね」


 マルク王子は腹を抱えて笑い始める。


「治癒魔法使いは貴重だから、ザールセンとしては魔法の才に溢れた素敵なお姫様を迎えることができてとてもありがたいよ」


 これまで静かだったマルク王子の豹変ぶりに、リゼリアは驚いた。


 通路を進んだ先でザールセンの王、つまりはマルク王子の父親が、手で顔を覆って項垂れているのが見える。


「治癒魔法が使えるとなると話は違いますわ! お父様、リゼリアを国に呼び戻して頂戴。適当に魔力供給をして、国の役に立ってもらいましょう」


 ティアナも負けず劣らず、体裁そっちのけで自分勝手な意見を述べる。


「治癒魔法をもってしても、貴女の性格の悪さと老いは治せないんじゃないかな」


 マルク王子が鼻で笑うと、ティアナは地団駄を踏む。


「失敬な!! 妹を連れ去っておきながら、取り戻そうとする私まで侮辱するなんて国際問題ですわ!!」

「そうだ!! 我が妻を侮辱するなど、赦せるはずがない。和平の話はなかったことにしてもらう!!」


 ハリオット公爵がティアナに加担するが、二人とも言っていることが無茶苦茶だ。


 リゼリアは激昂する姉夫婦を宥めようとしたが、「マルクに任せておけ」とセインに止められる。


「本当に頭の悪い人たちだ。黒騎士団の長たるセインが、あんな原始的な襲撃を避けられなかったと思う? ザールセン王国が城に紛れ込んだネズミに気づかないとでも?」

「なっ、何が言いたいのです?」


 ティアナは王子に気押されて、じりじりと後ずさる。


「刺客を雇い、王城に忍び込ませ、リゼリア嬢を殺そうとしていたのは君たちだね?」

「証拠がありませんわ」

「犯人を捕らえ、吐かせれば済む話だろう。頭の悪い雇い主なんて、すぐに裏切られるさ」

「そそそ、そんなことは!!」


 タイミング良く「犯人を捕まえました!」と騎士団の人間が走ってくると、姉夫婦は分かりやすく怯えて見せた。


「大方、リゼリアをザールセンの人間が殺したことにして、国を脅そうと考えたのだろうけど……そんなに全面戦争がしたいなら、受けて立つよ」


 マルク王子は笑顔で言う。


 リゼリアはザールセンで暮らしていくなら、この王子は敵に回してはならない人だと直感した。

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