破局・天尽争鋒

@takayuki924

第1話 失われた夢、異国への旅立ち

空港のロビーは、ざわめく人々の声とスピーカーの案内放送で溢れていた。春の陽ざしがガラス窓から差し込み、床を淡く照らす。僕はバックパックを背負い、护照を握りしめて立っていた。周りには同じように不安と期待を浮かべた顔ぶれがいる——皆、中国から来た留学生だ。私たちはそれぞれの理由で、国内の高校を諦めざるを得なかった。試験の失敗、家庭の事情、あるいは単に居場所を求めて。そして今、この偶然の機会に、日本への扉が開いた。


成田空港を出ると、湿った風が頬を撫でた。日本は思っていたより緑が濃く、空気が澄んでいた。バスに揺られて東京の街並みを通り過ぎる。高層ビルと伝統的な屋根が混在し、どこか慌ただしい中にも秩序を感じる。隣の席で、趙という友人が窓の外をじっと見つめている。彼は歴史が大好きで、よく「過去から学べ」と言っていたが、今は無言だ。おそらく、自分たちの過去を振り返っているのだろう。


「桜風高等学校、着きましたよ」


運転手の声で我に返る。バスが止まった先には、鉄柵に囲まれた広いキャンパスが広がっていた。校門には「桜風高等学校」と書かれたプレートが掲げられ、桜の木が両脇に植わっている。季節は四月の初め、桜は散り際で、薄桃色の花びらが風に舞っていた。ここがこれから一年間、いや、三年間を過ごす場所かと思うと、胸が高鳴る。

私たちは荷物を提げて正門をくぐった。中庭には噴水があり、いくつかの生徒たちが談笑している。皆、詰め襟の学生服を着て、どこか真面目そうな雰囲気だ。すぐに留学生担当の先生が迎えに来てくれた。小柄で眼鏡をかけた優しそうな男性で、日本語で丁寧に案内してくれる。


「ようこそ、桜風高等学校へ。私は教頭の北島です。まずは寮にご案内しますので、その後、教室でオリエンテーションがあります」


寮は校舎の裏手にあり、木造の二階建てだ。部屋は二人部屋で、僕のルームメイトは林という男の子だった。彼は物静かで、バックパックから本を出しては読みふける。どうやら戦略や計画を立てるのが得意らしい。少し話してみると、冷静で知性的な印象で、すぐに打ち解けた。


しばらくして教室に集められた。教室は広く、机と椅子が整然と並んでいる。前方には黒板と教壇があり、壁には「勉学に励め」という標語が貼ってある。私たち留学生を含む約二十人の新入生が着席する。先生が出席を取る中、周りを見渡す。日本人の生徒もいれば、中国人の顔も多い。皆、緊張した面持ちだ。


その中で、特に目立つ人物がいた。趙敏行という名の生徒で、彼はすぐに皆の中心に立って自己紹介を始めた。声は力強く、はきはきとしており、リーダーシップを感じさせる。「私は歴史を愛し、正義を重んじます。ここで皆と共に学べることを光栄に思います」と語る姿に、何人かが頷いていた。反面、後ろの席で黙って座る藤原という生徒もいる。彼は無表情で、じっと黒板を見つめていたが、なぜか危ういオーラを放っている。でも今はただのクラスメートだ。


オリエンテーションが終わると、自由時間になった。寮に戻る途中、王という明るい生徒が声をかけてきた。彼は社交的で、すぐに日本人の生徒とも冗談を交わしている。「ねえ、一緒に食堂に行かないか? 日本の食事を試してみようよ」と誘われ、私たち数人で食堂に向かった。


食堂は広く、カレーやうどんなどのメニューが並ぶ。テーブルについて話していると、山本という日本人の生徒が加わった。彼は穏やかで、「中国文化に興味があるんだ。よろしくね」と笑顔を見せる。また、佐藤という細身の生徒もいて、彼は観察眼が鋭そうだ。皆、初対面だが、会話は自然に弾む。ただ、時折、陳という中国人の生徒が遠くからこちらを窺っているような気がした。彼は少し孤立的で、何かを考えているようだが、深くは追及しない。


夕方、寮の部屋で一人になる。窓の外には、夕日が沈み、校庭がオレンジ色に染まっている。林はまだ読書中だ。僕はベッドに横たわり、今日一日を振り返る。中国を離れた寂しさ、日本での新生活への期待、そしてこの学校の平穏な空気。でも、どこかで漠然とした不安を感じる。この平和がいつまで続くのか、誰にもわからない。


明日から授業が始まる。まずは友達を作り、学校に慣れなければ。でも、この瞬間だけは、争いのない静けさを噛みしめたい。私たちの旅は、ただ始まったばかりなのだから。

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