第2話
婚約破棄された当日の夜。
「
私は
「うん、使える!」
好機を見出した。彼の書く『R』の上部分は極めて小さく、対して右下の部分が大きく上に跳ねているのが分かったのだ。
今までは気にも留めなかった字癖。
だけど、今ではそれがあの男を追い落とす道具になりえると思うと、これまでに送られた
「これを利用しない手はないわ!」
最大の不幸から半日も経っていないのに、私の心は高ぶっていた。
◇
婚約破棄された翌日。
「お願いします」
私は婚約破棄の証明書を、パドア司教に届け出た。
「これは……あなたも不運でしたねえ。同情しますよ」
司教様は私を哀れんでくれたけれど、それ以上は何も言ってはくれなかった。けど、これは予想内。だって、パドアには領主の間諜がそこかしこにいるんだから。下手に彼を、もしくはその娘を非難すればたとえ神に仕える司教様でもどんな目に遭うか分かったもんじゃない。
でも、同情してくれたのは嬉しかった。
みんな、本当は領主一族に不満を持ってる。
このパドアを、あの暴君の手から救いたいと考えてる。
でも、できない。できないと思い込んでる。
だけど、私は諦めない。
二人を追い落とし、さらに領主も失墜させる作戦を、私は実行している。
絶対に失敗は許されない。
やるなら大胆に、そして慎重に!
「言われた通りにしてくれたんだね」
教会の入り口でラファエロが、
「ほんとぉ。てっきり昨日の言いつけを守らずに書類をゴミ箱に捨てちゃうかと思ってたけどぉ、ちょっと予想外だったー」
「僕もだよ、フィロメーナ。でも、君よりは僕の方がルクレツィアを信じてたんだ。だって、僕の彼女の仲はかれこれ五年も、それも縁談が持ち上がる前から親交があったんだから」
「へぇ、そうだったんだぁ」
「ああ、だから僕はルクレツィアの性格は知り尽くしている。特に彼女が約束を必ず守るってこともね」
「ふぅん、そうなんだ。じゃあさ、あたしからも彼女に約束させていい?」
「いいんじゃない?」
勝手に二人で話を進めて、私のことは置いてけぼり。
そいでもって、ふと
「ねえ、あんた。いい? あたしの旦那の半径一m以内に近づいたら絶対に許さないから。もし破ったらパパに言いつけて、あんたを生首にしてやるわ! ねえ、約束してちょうだいよ。『ラファエロ様の半径一m以内には足を踏み入れません』って」
なんて言い出してきた。おお、こわい。
本当は約束したくなかった。
でも従わなきゃ
そう、今も絶賛仕事中の死刑執行人のもとへ。
「ほら、早く約束しなさいよ。じゃないと、あんたを処刑ショーの見世物の一つにしちゃうわよぉ。いいの?」
まったく悪趣味! 一体全体、この世のどこに死刑執行を教会の正門から見える位置にある
「あら、あんた。今運ばれていった首に哀れみをおぼえてたの?」
「い、いえ。そんなことはありませんわ」
「だよねぇ。だって、あの女さ。市街であたしの悪口をこそこそと言い合ってたんだもん。死んで当然よ。ふん!」
「フィロメーナ様。私、あなた様の言う通りにしますわ」
「本当? 良かった。じゃあ、あんたは一生涯ラファエロ様に近づかないことを誓うのね」
「ええ。ただ、一つだけお願いが」
「あら? 何かしら?」
私は馬鹿を装いながら、
「私、記憶力が悪いので、あなた様との約束を絶対に忘れないためにも誓約書を書いて、そこに署名捺印していただきたいんですの。どうか、この愚かで物覚えの悪い私のために一筆入れてくださいません?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます