突然異世界のへんてこ種族になりまして、ラブホの受付をしています
ふくみづき
第1話 いきなり異世界は酷いと思います ①
三十五歳独身、一人暮らし。
特に夢もなく、定職に長く従事することもなく、どうにかこうにかフリーターで生計を立てていました。
アルバイトをかけもちし、ストレスマックス及び全身筋肉痛で心身共に疲弊していたおり、目を覚ますと森の中にいました。
最初はもちのろんで、夢の中にいると思いましたよ、ええ。
だって、目線は低いし、自分の体は白いモフモフの毛皮で覆われていますし、某チョコレート菓子のようなピンクとチョコレート色の肉球で頭触ったら長い耳生えてますし。夢の中で動物になってら、と思いましたとも。
ですが、夢はいくら経っても覚めることはなく。
鬱蒼とした森の中、延々とあてどなく移動し続け。最終的に、犬に近しい動物に襲われて、牙で噛みつかれた痛みや肩付近から流れる鮮血のまざまざしさに、これが夢でなく現実であると思い知る他ありませんでした。
結局、運がいいのか悪いのか。
突如現れた人間らしき異世界人が、犬に近しい動物から私を助けてくれ、保護してくれました。
お約束といいますか、異世界の言葉なのに、自分の耳には日本語に変換されていて。
私を助けてくれた異世界人の男性(推定年齢三十路前後くらい)は、おそらく日本でいうところの動物保護のボランティア的なことしているらしく、迷い猫を探していた最中、自分を発見してくれたのだそう。
動物病院的なところで手当てを受けるまでに、それらの情報を得た次第です。
ちなみに、傷は縫うまでもなかったようですが、消毒液ぶっかけられましたね。クソしみました、改めて涙流しましたとも。
そうして病院を出た後、私を保護してくれた男性は、親切丁寧に家に連れて帰れないことを説明してくれました。お子さん二人、ペットもたくさんいらっしゃって、きちんと私の世話ができないことや、何より動物好きのお子さんやペットに私がわちゃわちゃされて怪我の治りが遅くなるのを一番懸念してくれましたね。
そんなこんなで、男性の友人さんのところでお世話になることになりました。
そうはいえども、男性の友人さんは最初は拒否っていたのです。
『ほら、お前、可愛いペット飼いたいとかいってたろ? 頼むよ』
『いや、それ、大分前冗談ついでにした話だろ。しかも、俺はネコか犬がよくてだな』
『この子だっていいだろ。それに、この子すげー賢いからさ。俺らの言葉理解してる感じなんだよ。だから、絶対に世話めっちゃ楽だぞ』
『ほんとかよー。俺、部屋荒らされたり、汚れたりするの、マジ勘弁なんだけど』
こんな感じで、滅茶苦茶渋られていたのですが。
『仕方ねぇな。じゃあ、今夜一日預かるけど。部屋しっちゃかめっちゃかにされたら、お前に突き返すからな』
冷酷無慈悲な方ではなかったらしく、最終的に折れてくださった次第です。
そんでもって、私を保護してくれた男性も、おそらく自宅に帰っていかれました。
アパート住まいらしい男性の部屋は、モデルルーム並みに綺麗でした。片付かないし最低限の掃除しかしない、私の汚部屋とは大違いです。
地球の私の肉体がどうなったのか、とか。
やっぱり死んだのかな、とか。
アルバイト先に迷惑かかってるだろうな、とか。
借りていたあの汚部屋、どうなるんだろう、とか。
考えないわけではありませんが、現状どうしようもありません。
今は目の前のことにいっぱいいっぱいなのです。
きっともうどうしようもできないことを考えていたら、男性に声をかけられました。
「いいか? 悪戯するなよ」
見下ろされながら念押しされて、私はこくり頷きます。
居候の身となるのです。ルールはきちんと守ります。
私の仕草か反応に、男性は目を見開き驚いてました。
「お前、俺のいってること、分かるのか?」
数秒迷った末、再度首肯します。
「半信半疑だな」
苦笑しつつも、男性は家に中のことについて、ざっと説明してくれました。
「そういや、お前の食事も用意しておかなきゃか。兎、ねぇ」
男性はテーブルの上に置かれた開きっぱなしのノートパソコンで、何やら調べ始めました。
兎を飼育したことがない私とて、男性と同じ行動を取るでしょう。
男性の様子を伺いつつ、思い切って膝に乗ってみます。
怒られるわけでも、嫌がられるわけでもなく、少し驚いてました。
暴力も振るわれなければ、どかされることもなかったため、そのまま男性の膝にお世話になりつつ、パソコン画面を見てみます。
異世界の言葉がなぜか理解できるように、パソコン画面の異世界の文字も、私には読めました。
「主食は、干し草とペレットねぇ」
その言葉に、体が硬直します。
さすがに、干し草とペレットは食べたくありません。前世人間だったから、余計に。
男性になんとか伝われと、嫌々の態度を取りまくりました。
「もしかして、干し草とペレット、嫌いなわけ?」
察しのいい男性の問いかけに、首を勢いよく縦に振ります。
すると、男性の口から笑い声が出始めました。
「お前、必死すぎだろ。どんだけ嫌いなんだよ」
どれだけ笑われようと、馬鹿にされようと、口にしたくないものは口にしたくないのです。それに、お金を出してもらう身として、食べられないもの買ってもらうのも気がひけますし。
そんなこんなで、兎にとっては副食やおやつになる野菜や果物を、どうにかこうにか身振り手振りで男性に所望した次第です。
歯磨き代わりに必要らしいかじり木は、わら素材のものをネット通販で購入してくれました。
「とりあえず、明日いろいろ買ってくるから。今日のところは、貰い物のみかんと家にあったレタスで我慢してくれ」
もちろんです。
男性はこれから仕事があるらしく、自分のご飯を食べつつ、私にもご飯をくれました。
ちなみに、水はコップに入れてもらい、首が折れるストローで吸うスタイルで飲みましたとも。
「帰りは明け方になるから。悪いけど、お腹すいたらみかん食っとけよ」
本物の兎なら、本当はそんなんじゃダメなんでしょうが。
お互いそうはいってられない事情もあって、そうするしかありません。
玄関先で私に見送られながら、男性は仕事に出かけて行きました。
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