第18話 雪の神様
苗字すらない神々の中でも底辺に位置する存在には、親がいない。
代わりに、神と縁のある人間や、能力者が義理の親としての役割を果たす。
ここにも雪を積もらせるだけという、何の役にも立たない能力を持っている少女がいた。
少女は義母と二人で暮らしている。とは言っても、一日の大半は屋敷という場所で過ごす。
少女が屋敷の玄関に置いてあるソファに座っていると、切れ長の瞳が特徴的な女が少女の肩を叩く。
少女の義母に当たる、不老不死の元人間だった。
「雪『ゆき』、行くわよ」
「行くって、どこに・・・?」
「早く。あなたのような化け物がたくさんいる場所なんて、本当は来たくもないの」
義母は、少女の髪を引っ張り、催促をした。
「・・・っ、はい。義母さま」
少女は痛みに一瞬顔を歪めたが、すぐに無表情に戻る。
「ところで、私たちは何処へ行くんですか?」
少女は、義母に尋ねる。
義母は少女を見ずに、目的地に向かいながら答える。
「私とあなただけの秘密の場所よ」
屋敷を出て、一時間ほど歩いた場所に大きな建物があった。
ここが秘密の場所なのだろうかと思い、扉に向かって歩くと、ぐいと髪の毛を引っ張られた。
「そっちじゃない、向こう」
そう言って指さされたところには、地下に続く階段があった。
「義母さま、ここは?」
「ついたわ。ここは誰も知らない。秘密の場所。ここで、心置きなく、教育できるわね」
洞窟のような場所。階段を下ると、地上に繋がっているドアが、閉ざされた。真っ暗な場所だ。ぼおっという音と共に、その場が明るくなる。雪の隣にはランタンが置いてあり、目の前には、はさみを持った義母がいた。その銀色に光る部分を私に向けて、そのまま――。
「いや、いや、いやあ」
痛い。いたいいたいいたいいたいいたい。
「そのまま聞いて」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「返事は?」
「は、はい。義母さま」
「屋敷の連中には近づかないで。何かされたら厄介じゃない」
義母は、もう一度、はさみを振りかざして。
「や、やめて、義母さま。痛い」
「うるさいわね!ねぇ、謝って」
「ごめんなさい。義母さま」
「私よりいい服着ないでよ」
雪の義母がなにかを言うたびに、体が悲鳴をあげる。はさみが、体に突き刺さって。
「ごめんなさい」
「私よりいいもの食べないで」
「ごめんなさい」
「調子に乗らないで」
「ごめんなさい」
「私の前で笑わないで」
「ごめんなさい」
「言われなくてもなんでもできるようになって」
「ごめんなさい」
「家事は全部やって」
「ごめんなさい」
「私の手を煩わせないで」
「ごめんなさい」
あれから、何回やったんだろうか。
義母に何か指摘される度に鋭い痛みが襲う。
「・・・今日のところは、これで終わりにしましょう」
義母は、内臓以外を、それも服の上から見えない位置ばかりを刺された。人間だったらとっくに失血死していると思うのだが、人間ではない雪は、そうも簡単には死ねないようだ。
それでも、血は失っている。既に意識は朦朧としていた。
義母が再び、手を伸ばす気配がした。ぎゅっと目をつむる。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
なにも起こらない。恐る恐る後ろに振り向くと、そこには、女の子が立っていた。
「ろ、ロンちゃん・・・」
強気な目をした少女は少し笑って、「ねえ、こんなとこで何してるの?」と聞いた。
その日から、少女とはよく話すようになった。
今日あったこと、苦しかったこと、悲しかったこと。お互いに笑いあっているだけで、心が救われる感覚になった。
やがて、その少女もいなくなり、屋敷からみんながいなくなっても、雪の地獄は続いた。
義母は雪がより苦しむように、かと言って死なない程度の様々な方法で雪を痛めつけ、謝らせ、歪んだ笑みを浮かべる、雪にとって最も恐ろしい存在になっていた。
その数年後、雪には現実が見えなくなっていた。
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