第3話
忌々しい宿題をようやく仕上げて、大きく伸びをした。「終わった〜。」
ふとリビングを見やると、歯科受診から帰ってきた弟が寛いでいた。いつもの格好で寝転がってゲームをしている。そして母が慌ただしそうにまな板の上に野菜を並べていた。「あ、ただいま〜」とちらっと顔を上げた母が言うと、弟が調子を合わせるように「ただいま〜」と寝転がったまま言った。
さっきまで集中してA4サイズの画用紙に書いた絵に、色を塗っていた私は、なんとなく調子を戻すのに時間がかかった。「あー宿題一つ終わらせた。」
「ふ〜ん、なんの宿題?」と手元を見たまま母が尋ねた。
「美術。体育会のポスター。」と私。
「お疲れ〜。何、その中から選んでプログラムの表紙に使うわけ?」と母。図星だ。
「そうだよー。いつもそんな感じ。」と答えると、母も相槌を打ち、「小学校から行事関係はいつもそうだよね。まあ、いいんじゃない?一石二鳥だし。」と気の抜けたような返事をした。
そこで私は思い出した。今日、あいつが生徒会長に立候補すると
「そうそう。ねえ、聞いてよ。」
「どうした?」母は洗った茄子をまな板に並べながら言った。
「大変だよ。あいつが生徒会長に立候補するっていってるんだよ。」声にハリが戻り、私は目を見開いていた。
「あ?え、何だって?」4月に同じクラスになって以来、いつも母に、あいつのヤバさ加減を私が話して聞かせているので、母にもあいつといえば伝わるのだ。「立候補して、何やりたいって言ってんの?」母も真顔になってこちらを見つめていた。
「ご飯おかわりとか、しょうもないことを言ってた。」
「ふーん。ご飯おかわりかあ。中学も完全給食になったからねえ。現実的じゃないねえ。おまけにお米も足りない足りないって値段も上がっているときてる。」
お米の値段が上がっているとか、財布の紐を握る消費者目線のコメントを逐一挟んでくる母の発言は聞き流すとして。勿論、聞き流していると知った瞬間、母の演説が始まる羽目になるのだけれど。
そう、私が住んでいるところは、ちょっと前まで公立中学校も弁当持参だった。それでは家庭の負担が大変、と言うので、少し前から給食弁当と弁当持参の選択制になった。私は量が多いから嫌、と言ったけれど、有無を言わさず入学した時から給食弁当を選ばされた。作るのは大変だ、こっちの身にもなれ、と母は押し切り、母の決定は結局、一年半覆らなかった。
そして、満を持して、二学期から完全給食になったのだ。多少、盛りを調整することはできたとして、希望する人間全員分のご飯おかわりができる訳はなかった。
「そだねー。まあ、あいつ、調子いいけどビビりだから、言うだけ言っといて、立候補なんてしないと思うけどね。」
「ふーん。」と母。「特技大会に出る出る詐欺した人もいなかった?」
「あー、いたいた。あれは、出る気はあったけど、申し込むの忘れて、特技大会の時も自分の発言を忘れてるタイプ。あいつは、小心者で、忘れてないけど、立候補届出ないやつ。」私が解説した。お調子者にも何種類かいる。
「あー、なんか分かる。あんたも立候補したら?」と母が冗談とも本気ともつかぬ調子で言った。
「え、なんで?」私が聞き返すと、母は淡々と答えた。
「だってあんた、いつも学校行事とかの文句言ってるじゃない。生徒会に入って”学校行事変えます!”って言ったらいいんじゃない?」
「えー、面倒。」と気のない調子で私が言うと、母は今度はフライパンに油をひきながら手元を見たまま、ぼそっと言った。
「声を上げたら、案外、変わるかもしれないじゃない。」
「そんなの、どうでもいいわ。」
私はそう言いながら、生徒会がそんなに学校を変えるのだろうか、と内心訝っていた。たかが生徒の集まりだ。母は「ふーん。」と言いながら、ガスコンロの火をつけた。
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