(仮称)黄金(こがね)化 推進委員会
正印 藍子
第1話
それは9月終わりのある晴れた日の朝だった。秋分の日も過ぎ、昼間よりも日暮から夜明けまでの時間が長くなっているはずなのに、まだ蒸し暑い。私はいつものように学校へ向かうダラダラした坂道を登っていた。制服姿の中学生たちが四方八方から交差点に集まって来る。眠そうで冴えない顔の生徒もいれば、朝から友人たちとキャッキャと盛り上がっている一団もいる。
信号を待っていると、向こうから友人のマホちゃんが来た。二人とも人見知りする性格で、そしてどちらかというとインドア派で、上品なマホちゃんと庶民派の私だけど、小学校入学から何となく気が合った。「おはよ〜。」どちらからともなく声をかける。「おはよ〜。今日も練習あるね。」マホちゃんが言った。そう、音楽会の一週間前だった。学年ごとにクラスの合唱を披露するのだが、気が乗らない。おまけに、音楽会が終わると、もっと嫌な体育会の練習が始まってしまう。マホちゃんも同じことが頭をよぎったようで、「これから暫く行事で忙しいよね。」とポツリと言って、そのあと押し黙った。そう、暫く行事の予定で色々と忙しい。校門が近づいてきて、二人とも小さくため息をついて敷地の中に入った。
校門では生徒指導の先生が4、5人と、風紀委員会の今週の当番の生徒達が並んで立って、「おはようございます」と声を張り上げて挨拶をしていた。マホちゃんと私は、それぞれ軽く会釈をして、控えめな声で「おはようございます」と挨拶をして、校舎の入り口に向かった。今日も昼間休みと放課後に、合唱の練習がある。授業が終わったら速攻で家に帰りたいのに。とにかく行事が多すぎる。何がクラスの絆だ。何が切磋琢磨だ。私は心の中で悪態をついた。
靴を上履きに履き替えて中に入る時、同じクラスのあいつの顔が目に入った。いや、声が聞こえたのとどちらが先だったか。あいつは取り巻きのような友人達を従えて、今朝も上機嫌だった。「今度、生徒会の選挙あるやん。俺、立候補しようと思ってんねん。」冗談とも本気とも取れない調子であいつが言っているのが聞こえた。「え、マジ?生徒会長?」「やるやん!」と周囲が持ち上げている。「生徒会長や。応援してな!」といい気になったあいつがいつもの大声で答えていた。あいつが生徒会長なんて、ありえない。いや、立候補自体がありえない。あいつはビビリだし、多分口だけで、実際には締切日当日になっても立候補届出なんて出さないだろう。そもそも、それまでに新しい話題であいつも周りも盛り上がって、生徒会長にあいつが立候補しようと言っていたことなんて忘れてしまうから。
平常運行とはいえ、朝から何やらモヤっとして、私は上履きを履いて、廊下を曲がって階段を上がろうとした。その時、生徒会のポスターが向かいの壁に貼ってあるのが目に入った。
「来れ!若人!次の学校を担うのは君たちだ!
次期生徒会 会長候補・副会長候補 立候補者募集中!」
これか。
そういえば、昨日、終わりの会の時間に、担任の先生が「次期生徒会の会長と副会長を選ぶ選挙が来月あります。立候補者の募集が始まっています。生徒会室の前や、各階にポスターが貼ってあるので、詳しくは見ておいてください。」というような趣旨のことを話していたのを思い出した。余りに淡々として、明日は歯科検診がありますとか、明日は音楽の授業が学年全体で音楽会のリハーサルです、とか、そんな感じの伝え方だった。
皆の反応は、それよりも更に薄かった。歯科検診だと歯ブラシを持って来るとか、音楽会のリハーサルなら他クラスの目を気にしてソワソワする奴とかいるけれど、生徒会活動に興味を持っている生徒は多分ごく一部だ。通っている学校では、下着は白指定だとかの、いわゆるブラック校則や謎校則が何年も前に廃止されていることもあり、生徒会を通して生徒が何かをしようという機運は、はっきり言うと、感じられなかった。
あーあ、今日も合唱の練習だ。昼休みと放課後にちょっとずつクラス練習をして、多分仕切っている女子が「もっと声出して!」とか「もっと気持ち入れて!」とか言って来るんだろう。マホちゃんの数段下を、私は足取り重く教室に向けて階段を昇った。
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