ファミレス

 珍しいこともあるもので。


 今日は土曜日だけど、お父さんの彼女さんが来るとのことで、午後には家を出た。とおるさんの所に行きたかったけれど、土曜日だし、急に押し掛けたら迷惑だから、最寄りの図書館で閉館まで過ごすことにした。

 図書館によって違うと思うけれど、そこの図書館は六時で閉館してしまうので、蛍の光が流れて外に出ると、スマホを確認する。お父さんからメッセージが来ていて、彼女さんはもう少し滞在するみたいで、ボクが良ければ三人でご飯を食べないか、とのことだった。

 さて、どうしようかなとスマホとにらめっこしていたら、ふいに、「富樫ちゃーん」と名前を呼ばれた。声のした方に視線を向けると、黒崎さんが手を振りながら歩み寄ってきていた。


「外で会うなんて珍しくない?」

「そうですね」

「俺、これからご飯食べに行く所なんだけど、富樫ちゃんはここで何してるの?」

「……えっと」


 スマホの画面をちらりと見た後、黒崎さんに視線を向ける。

 室内だろうと屋外だろうと、変わらずフードを目深に被り、サングラスまでしている黒崎さん。表情を探りにくいけれど、露出した口元は、にっこりと笑みの形に歪められていた。

 黙り込むボクに、富樫ちゃん? と首を傾げる黒崎さん。言っていいものか、と迷いつつ、試しにこう言ってみた。


「ボクも、その、ご飯食べようかなと思って、どこに行こうかスマホで調べていたんです」

「そうなんだー。じゃあさ、良かったら一緒にどこかで食べない?」


 その言葉に、心の中でそっと安堵の息をもらす。


「いいんですか?」

「もちろん。たまには二人でゆっくりお喋りしようよー」


 二人。

 念の為に黒崎さんの後ろを見たけれど、とおるさんの姿は見当たらない。


「あーごめん。ねえさんはね、家で仕事してる。一緒にご飯食べたいなって遊びに行ったら、気が散るから出てけって追い出された所なんだよね」

「そう、ですか」

「俺と二人は嫌?」

「い、いえ! そんなことは!」

「良かったー。じゃあ、さっそく行こうか。どこがいい?」

「そうですね……」


 一応、財布は持ってきている。いくらぐらいあったかなと思いながら辺りを見ると、少し離れた所にいくつも幟が立っている建物があるのが目に入る。あそこは確か……。


「あのお店にしませんか?」


 そこを指差すと、黒崎さんの視線がそちらに向く。


「ファミレスか。あそこ、たまにデリバリー頼むくらいで、お店で食べるの久しぶりだな。いいよ、あそこにしようか」


 拒まれなかったことにほっとしつつ、黒崎さんに一言断ってから、お父さんにメッセージを送る。


『知り合いとご飯を食べることになったので、どうぞ二人でお過ごしください』


◆◆◆


 夕食時だからか、店内は賑わっていた。

 通されたのは端っこの二人席。壁際のソファーにボクは座り、黒崎さんは通路側の椅子に腰掛けている。注文はもう済ませて、料理を待っている所だ。


「こないだ、ねえさんの代わりに荷物を受け取りに遠出したんだけどさー、どんな荷物だったと思う?」

「土星ですか?」

「うん、土星。土星のー?」


 土星の? ……え、土星の何でしょうってこと? 何だ?

 ボクもとおるさんの家にお邪魔している時に、とおるさんの代わりに宅配の荷物を受け取ることがあるけれど、だいたいいつも土星関係だ。

 小物、アクセサリー、珍しいものだと絵画もある。遠出してまで受け取りに行くってことは、今回も絵画だったりするのかな。


「絵、ですか」

「惜しい。ポシェットでしたー」

「何も惜しくないですよ」

「手間暇掛けてる時間は一緒だと思うよー。なんせそのポシェット、手編みなの」


 手編みのポシェット。響きは可愛いけれど、確かに、すごい手間が掛かってそうな感じがする。

 編み物やってみたくなって、百円ショップで物を揃えてマフラーを編んでみたことがあるけれど、何故かだんだん歪んでいって、直しても直しても歪んで、指が痛くなって飽きてやめたんだよな。

 商品にできるくらいのもの編めるなんて、すごいな。


「しかもねー、一個だけじゃないんだよー。ねえさんは二個注文したんだ、土星の模様に編まれたポシェットをね」

「色違いだったりするんですか?」

「同じものだよ。ある人とね、お揃いで使いたいからだってー」

「……なんだかんだで仲が良いんですね」


 お揃いで物をもらったのが嬉しくて、そんな話を始めたんだなと思ったら、何故か黒崎さんは首を傾げた。


「誰と誰がー?」

「黒崎さんと、とおるさんが、です」

「……え」

「とおるさん、黒崎さんへの扱いがちょっと酷い所がありますけど、あれも仲が良い故に、っていうか」


 黒崎さんに甘えている所もあるんじゃないかな。そう思うと可愛いな。


「お揃いで物を持ちたくなるなんて、仲良くないと思わないですし」

「……」

「黒崎さん?」

「……ぶーぶーぶー」


 急に豚みたいな声を上げたと思ったら、黒崎さんはテーブルに突っ伏してしまった。

 どうしたんですかと呼び掛けても、肩を揺すっても、黒崎さんはなかなか顔を上げない。その内、面倒になってきて、何もせずに黙って彼の黒い頭を眺めることにした。

 料理はまだ届かない。意外と時間掛かるな。


「……あのさ」


 くぐもった声が、目の前からした。


「俺じゃないよ」

「何がですか?」

「……ポシェット。お揃い。俺じゃなくて……富樫ちゃんだよ」

「……えっ」


 何を、言っているのか。


「ねえさん言ってたもん。めぐみちゃんとお揃いで使うポシェットを受け取りに行ってきてって」

「……そんな。ボク、もらう理由ないですよ」

「ねえさんとしてはあるんだよ。渡してきたらもらってあげて」

「……」


 黙って黒崎さんの頭を眺めていると、急に顔を上げた。サングラス越しに、見られているのが分かる。


「君が思うよりもさ、ねえさんは君が可愛くて仕方ないんだ」

「……」

「何かあったらさ、ねえさんに頼ってくれると嬉しいし、ねえさんに言われれば……いや、ねえさんに言われなくても、俺もできることがあれば協力するから」


 あんまり抱え込まないでよ。

 そんな風に言いながら、テーブルから身体を起こしていく黒崎さん。タイミングが良いのか悪いのか、そこで料理が届いた。

 テーブルに並べられていく美味しそうな料理の数々。店員さんがいなくなると、黒崎さんは自分やボクの傍にナプキンを敷いて、そこにナイフやフォークを並べていく。

 ボクは、黙ったまま。


「じゃあ、食べようか」

「……」

「富樫ちゃん?」

「……あ、の」


 一応食べる前に、言っておきたかった。


「とおるさん、それに、黒崎さんと過ごす時間、いつも、楽しみなんです。一緒にいさせてもらえるだけで、助かってるんです」

「そう?」

「……いつも、ありがとうございます」

「俺こそありがとうだよ。君といる時のねえさんはいつもよりも可愛い。妬けちゃうよ」


 さあ、食べよー。

 その言葉に頷いて、ナイフとフォークを手に取った。

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