黒猫のミーニャ

 千佳さんとお別れした私たちは、安心と平和の住宅街を、おしゃべりしながら2人で並んで歩いて。そして、魔女の隠れ家にやってきた。今日のデートの目的地。


『魔女の隠れ家・ピンクアカウント・本店』


 一度来ているから、看板を見たって、もう怖くはない。どこにでもある普通の、お店を守っている頼もしい看板だ。せっかくだから、挨拶くらいしておこうかな?


「こんにちは」


 私はなるべくにっこりした顔で、看板に挨拶をした。看板は答えてくれなかったけど、きっと様子をうかがっているか、居眠りをしているんだ。唇の飾りからイビキが漏れているかも知れない。お店を守るお仕事も大変だな。何か好きそうな食べ物を買ってきてあげれば良かった。備えあれば憂いなし。きっとこういうことなんだろうな。ちゃんと備えといてあげれば良かったな。


「呪忌夜、入るよ?」

「あっ、うん」


 私に言うと、緑ちゃんはすたすた、お店の入り口にいった。それに返事をしてから、私はもう一度、看板を見た。


「お仕事、お疲れさまです」


 看板は、やっぱり何も言わなかったけど、なんとなく機嫌が良いような気がした。もう怖くない。それになんだかお友達になれたような気がしてきた。相変わらずピンク色で凄く目立つお店だけど、もう、私にとっても隠れ家になっている。だから安心して来ることが出来る。なんだか嬉しいな。


「入るよ?」

「あっ、ごめん。すぐ行く」


 お店の入り口の前で、あきれた顔をした緑ちゃんが、もう一度言った。それに答えて、私もお店に入る事にした。


「おじゃましまーす」


 看板の声も、いつもの幻聴も聞こえないけど、温かく迎えてくれているような気がした。


 ~☆


 お店の中に入ると、店内の真ん中に、椅子とテーブルが用意してあった。そこで洋子さんと、香ちゃんと、夢ちゃんが、仲の良い雰囲気でお茶を楽しんでいた。


 2人とお友達になれた事、そしてイジメから私をかばってくれた事を、それを洋子さんに話したくて、私はまたこのお店に来るつもりだった。その事をみんなに話したら、一緒に行きたいと言ってくれて、けっきょくみんなで集まることになった。


 みんなで急に来たら、洋子さんにご迷惑にならないかなって思ったけど、それを言ったら、「魔女だからどうせ分かっているし、あの人なら大丈夫」って緑ちゃんが言って、香ちゃんと夢ちゃんもうなずいていて、それでけっきょく、みんなで集まることになった。


「あっ。呪忌夜ちゃん、緑ちゃん、こんにちは」

「おー、来た来た。いらっしゃい」


 私たちに気づいた香ちゃんと夢ちゃんが、明るく挨拶をしてくれた。香ちゃんは、ほがらかで安心出来る声。夢ちゃんは、元気で親しみやすい店員さんみたいになっている。


 私と緑ちゃんが「こんにちは」って挨拶をすると、夢ちゃんが「おーい、早くこっち」って、手招きしながら言った。本当に店員さんみたいだから、思わず笑っちゃった。夢ちゃんを見ていた香ちゃんも、控えめに笑っている。


「2人共、いらっしゃい。適当に座って」


 今日も機嫌の良い洋子さんが、挨拶してくれて、手で合図をした。テーブルのそばに、私たちの椅子が用意してあった。来ることが分かって準備してくれてたみたい。スムーズで魔法みたいだ。私だったらきっと、今ごろバタバタして、椅子を運びに行ってただろうな。洋子さんは備えあれば憂いなしだね。


「おじゃましてます。ありがとうございます」

「どうも」


 私たちが返事をすると、洋子さんはお茶の入ったポットを手にとって、空いている2つのカップにそれぞれ注いだ。


「邪魔なんかじゃないわよ。遠慮しないで座りなさい。お姫様達をお迎えするのは、大好きなんだから」


 冗談ぽくそう言ってから、ウィンクをした。それを見て思わずドキッとした。今日の洋子さんは、白いワイシャツに、緑っぽい水色のカーディガン。白くてふんわりした感じのフレアスカート。革製の黒い靴を履いている。なんだか大人っぽい。そして気づかいも出来る。出来る大人のフェロモンだ。やっぱりエッチだ。


 洋子さんに見惚れていたら、もう緑ちゃんは座ってたから、私もあわてて椅子に座った。なんだかまた、ぽけーっとしちゃったなぁ。


「呪忌夜ちゃん、洋子さんに見とれてたよ」

「そりゃあ仕方ないよ。洋子さん、凄く格好いいもん!」

「あら。ありがとう」


 みんなで盛り上がってる。楽しいなあ。学校がお休みの日なのに、みんなに会えて嬉しい。4人でこのお店に来るのは初めてだから、ワクワクする。でも、洋子さんに見とれてたの知られちゃったな。ちょっと恥ずかしいなあ。


 ところで、今日もお茶会を開いているけど、大丈夫なのかな? 文房具屋さんなのに、お店をやってる時間にこんなことしてて、良いのかな。この前もそう思ったけど、お客さんが来たらどうするんだろう。きっとびっくりするんじゃないかな?


「このお店には、めったにお客さんが来ないから大丈夫よ」

「えっ、そうなの? えっ、何で私の考えてる事が分かったの?」

「顔に書いてあるわ」

「顔に……」


 私の気持ちを、洋子さんが言い当てた。それが不思議だったから聞いたのに、顔に書いてあるの?


「書いてある?」

「実際に書いてある訳じゃないから大丈夫」


 緑ちゃんに確認したら、そう言ってくれた。書いてないのか。良く分からなくなってきたな。


「貴女は分かりやすいのよ」


 洋子さんが小さく笑ってから、そう言った。私は分かりやすいのかな? 自分では、ポーカーフェイスのつもりなんだけど。


「姫ちゃん、怖い顔になってるよ」

「ダメだよ夢ちゃん。呪忌夜ちゃんが気にしちゃうから」

「あっ、ごめん。見てたらつい言いたくなっちゃって、ごめんねー」


 夢ちゃんにまで顔の事を。香ちゃんも、苦笑いで夢ちゃんを止めてるけど、同じ事を思ってそうだな。


「うん。大丈夫だよ」


 夢ちゃんにはそう答えたけど。今度は分かりやすくて怖い顔か……。


「呪忌夜。ドンマイ」

「美しいって罪ね……」


 緑ちゃんと洋子さんからも言われた。私の顔って、本当に思いどおりにならないな。どうにかならないかなぁ……。


 私が顔の事で悩んでいると、本棚の下のあたりから、黒猫がひょっこり現れた。


「あら。ミーニャ」


 黒猫は私たちの様子をうかがってから、洋子さんの声に反応した。


「こっちにいらっしゃい」


 洋子さんがそう言って、おひざを何度か軽く叩いた。黒猫は、私たちをちらっと見てから、気品のあるしなやか動きで、洋子さんのところへ歩いていって、そのままぴょんと洋子さんのひざに飛び乗った。


「わー。可愛い!」

「うちで飼っている猫なの。ミーニャっていうのよ」


 夢ちゃんも、私と同じで猫が好きなのか、嬉しそうな声で言った。洋子さんは、夢ちゃんにそう言ってから、ひざの上で丸くなったミーニャの背中をなでた。私たちを気にしていたミーニャは、目を細めて気持ち良さそうに、なでられている。


 私は前のめりで、猫を見ていた。可愛い。さわりたい。そして、仲良くなりたい。でも前に千佳さんに聞いたら、猫は臆病だから、いきなり近づいてなでようとすると嫌われて、気を許してくれなくなるって言っていた。あと、目をじっと見ない方が良いらしい。敵対行動になっちゃうから。


 香ちゃんと夢ちゃんは、「可愛いね」って2人で言ってるけど、近づいたりしていない。自分たちの席で、興味深く眺めているだけだ。緑ちゃんは、ちらっと洋子さんのおひざにいる猫を見てから、落ち着いた様子でお茶を飲んでいる。


 やっぱりそうなんだ。急にさわろうとしちゃダメなんだ。でもさわりたいな。


「呪忌夜。凄いそわそわしてるよ」

「だって……」

「猫が怖がるから、落ち着きなさい」

「うん」


 隣の緑ちゃんに分かるくらい、私は落ち着きがなくなっていたみたいで、注意されちゃった。しかたなく返事をする。けど、なぁ……。


「もう少ししたら、ミーニャも安心すると思うの。それまで待ちなさい」


 優しい目でミーニャを見ていた洋子さんが、顔を上げて私にそう言った。なんだか恥ずかしくなった。だから、「はーい」って返事をした。聞き分けのない子供みたいだな。でも疑問も沸いた。


「この前はいなかったですよね?」

「ああ。あの時ミーニャは、お散歩に行ってたのよ」


 私が聞いたら、すぐ答えてくれた。相変わらず、洋子さんの頭の中って、どうなっているんだろう? 私だったら絶対、あんなふうには出来ない。そう思った。


 そこでふいに、私は気がついた。冠と、杖と、ひまわりはないけど。でも椅子に座って、おひざの上に黒猫がいる。


 “棒”の13番。玉座に座るクイーン。


 玉座ではないけど、ミーニャの背中を優しくなでている洋子さんは、王妃様のような貫禄と、女神様みたいな包容力がある。その様子を見て、なんだかとても嬉しくなった。

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