第35話 因果の螺旋

 黒板に投影された写真は、謎の現象を如実に映し出している。

 その写真に収まりきらないほどの規模であった。


 「一体どうやったらあれが出来るってんだよ……」

 

 ポルコは声を漏らしている。

 マリーナの脳内で思考が回転している。

 神聖祈禱の気配で間違いないものの、魔法だとしても常識が通じない現象であり、方法はいずれにせよ誰がやったのかについては見当がついた。


 「七神、で間違いないでしょう」


 「マジか!あんな威力どうやって出すんだよ」

 

 飛びついたのはポルコだけではなかった。


 「突拍子もない憶測だねえ。十三階梯や、未知の魔法、スキルだってあり得るはずだ。七神とは断定できないんじゃない?」


 「断定できます」

 

 むしろそれ以外あり得ない。


 「強気だねえ。理由は?」


 「女の勘」

 

 会ったことがある、と迂闊に言うと逆に失望されそうで恐ろしかった。

 腑に落ちないのは、抑止力のような存在が力を使ったということ。

 即ち、世界の敵がそこにはあったということではないだろうか。


 「場所は?」

 

 地図が広げてあり、魔力を辿って場所を探る。

 コーバックは正確に把握しているのに、あえて言わなかった。


 「この円形の城壁、要塞として使われた、現在は防衛都市と呼ばれているものよ。座標的に魔国の南方だから、該当するのは…………あった。ガスールとかいう街だと思うわ」


 *   *   *   *

 

 王宮は静まり返っている。


 「……追討軍は殲滅。ヴィーカもおそらくは既に」

 

 声を搾りだすように、ルイーゼは言った。

 溌剌な彼なら絶対に駆けつけてくるはず。

 自分の身に危険が迫っていようと変わらない。しかしゲーテの元には来ていない。

 ゲーテは深く息を吐いて、心を落ち着かせる。


 「弁明の余地はあるか?『』」

 

 最高幹部は残り二人。

 そして窓際から王都を見つめる青年が一人。


 「確かに、あれは僕の狙撃だ。君らの言う追討軍とやらが、まさかあんな小さな都市に収まっているなんて考えられなくてね」

 

 ――七神「千里卿」ハインカストル。

 

 あっさりと、自分の仕業だと認めた。

 追討軍と銘打った軍集団が、大した規模ではなかったから、視えなかったのだと言った。


 「戯言を……!その『千里眼』で見えない物はないでしょう」

 

 ルイーゼの反駁を、ハインカストルは途中から聞き流した。

 全くもってその通りではあるが、しかし五月蝿かったのである。


 「しかし僕ばかり責め立てられるのは道理が違う。ゲーテ君、君は何かに邂逅しただろう」

 

 ルイーゼの怒りは、氷水を被ったように冷えていった。

 意地悪な笑みは、秘密を見透かしている証拠。

 ゲーテは臆することもなく、そして隠し立てせずに言った。


 「……太古の遺物に過ぎない。そして余がその魂を喰った」


 「仇敵が現れた事は知っているとも。それを隠蔽していることも。あんな小都市の復旧を城壁より急ぐなんて、僕じゃなくても何かあったと分かるよ。で、問題はここからだけど。君さ、殺し損ねたでしょ」


 「何!?」

 

 ゲーテの瞠目にはハインカストルも感心した。

 これは本当に知らなかったと言うことだ。

 ハインカストルはゲーテが何事もなかったと見逃したものとばかり思い込んでいたのだが、これは仇敵側の細工らしい。

 

 ――しかしそっちの方が面倒だけど。


 太古の遺物とやらを意図的に野放しにしていた、などという展開なら、場合によってはゲーテを排除できたと思うと、それはそれで惜しい。

 もちろん、ゲーテが嘘をつこうと「千里眼」の前に無意味と化す。


 「現場は私も目撃していました。しかし封印してゲーテ様が吸収したため、死んでいて間違いないかと」

 

 しかし――


 「死んでいなかった。だから退路が生まれないように都市ごと落とした。僕がやったのはそれだけ。むしろ七神として当然のことをしたまでさ」

 

 ハインカストルが言っている。

 全知全能の「千里眼」が言っている。

 これ以上の説得力はない。


 「……あなたが本当のことを言っている証拠は?」


 「少し黙れ人間よ。旧魔皇を殺したとて君とは何の関係もないだろう?神の言葉を信じないつもりか?」


 「私が言っているのは……ヴィーカの方です…………!」

 

 同期が死んだのだ。

 許せる事ではない。

 ルイーゼは沸々と怒りが再び込み上げてきた。


 「弱り切った魔皇一匹殺すのに、何故都市丸ごと滅ぼすのですか?そもそも取り逃したのは私たちの責任、であれば私たちが――」


 「黙れと、そう言った」

 

 懐より出た銀のナイフ。

 閃光が飛ぶ。

 その先はルイーゼの喉笛。

 ハインカストルのスキルは「千里眼」。

 そして「千里眼」の攻撃は未来から確定していく。

 即ち攻撃が必中することが先立って確定しており、いかなる回避行動、防御魔法やスキルなどを遣おうと過去が変えられないように無意味となる。

 硬度に関係なく、障害は全て貫通して命中するのである。

 確定した因果に基づいて、最高幹部ルイーゼの死は確定する。

 

 ――ネーデ・シュトラーゼの逆行の魔剣

 

 逆行の魔剣が間に入り込み、投擲されたナイフは砕かれる。

 魔皇レーヴリスタ保有の宝剣の一丁であり、ゲーテが簒奪した魔剣の一つ。


 「逆行の魔剣。僕の『千里眼』に対するは、同様に必中である必要がある、ねえ」

 

 虚空より投擲されたそれは、地面へ突き刺さっていた。ハインカストルは、その魔剣を手に取って、ゲーテへと投げ返す。

 攻撃の意思はない。

 ゲーテが手のひらを広げると、すっぽりとその手に収まった。それも「千里眼」の応用である。

 ただのナイフ一本の投擲に、魔剣を遣わなければ防げない状況が、七神という規格外っぷりを物語っていた。


 「余の手を煩わせるな。貴様も狭量な神だと思われるぞ」

 

 ハインカストルは軽く笑う。

 今の振る舞いが神らしくないことを、改めて恥じた。


 「これは失礼。しかし異分子は殺しておくべきだ。君らの尻拭いをしたんだから、感謝はせずとも怨みはしないでくれよ?」

 

 ルイーゼの視線は相変わらず忌々しいものだった。

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