第33話 フライダ神聖王国

 山積みになった死体をゴミのように一気に燃やしていく。

 誰かの区別もなく、種族の区別もなく。

 亜人の局所的な武装蜂起は、全て鎮圧された。

 教師陣の治療班を担当していたマリーナだが、誰も重傷を負わず仕事が殆どなかった。


 「一番被害が大きかったのは魔国サルモニア。城壁に穴が空いたらしい」

 

 結界を貫通した攻撃など、相当な魔法の使い手でなければ可能ではない。

 

 ――亜人側にそれほどの魔法使いが?

 

 白兵戦闘に長けている印象が亜人にはある。

 逆に魔法使いは魔力との相性で少ないと考えていた。


 「とにかく、怪我人も少なくて良かったです……」


 「マリーナさんは何もしてませんけどね」

 

 三年担当のフィオレは、無駄に疲れているマリーナを見てため息をついた。


 「ま、まあ、医療班は仕事がないに越したことはないですよ……」


 「そうですね。マリーナさんは魔法戦闘は苦手だとか」


 「うぐっ、否定できませんね」

 

 先日、七年生との魔法戦闘訓練であっさりと敗れている。


 「むしろ十傑が異常ですよ。いつの間にあんな強くなったんでしょうか」


 「今の七年は貴族の派閥争いも絡んでかなり競争が激しいようです。ほんと、七年の担任じゃなくて良かった」

 

 マリーナは苦笑する。

 生徒としては腹立たしい態度ばかりでも、実力は本物である。

 とはいえ担任には死んでもなりたくない。


 「先生、また仕事サボって後衛ですか。呆れた。それで給料貰えるって、僕らより働いてないのにおかしな話ですよね」

 

 何かと文句を言ってくる貴族ほど派閥で劣勢である。

 こう言った相手は無視を貫いた。

 

 ――第八階梯炎魔法……

 

 大抵無視されると魔法を放ってくる。

 それも対応不能な高い階梯の魔法。

 解析できず階梯の低い魔法でも相殺しきれない。

 魔力振盪など使う気にもなれない。


 「爆……ぶはっ!?」

 

 そういう時は、思い切り殴りつけるのである。

 最も初歩的な無節詠唱魔法『強化』を付与した拳で。

 調子に乗った生徒は血相を変えてマリーナを睨みつける。


 「おま、おまえっ!俺が誰なのかわかってるんだろうな!」

 

 顔面を叩きつけられ、さらに地面へ転倒する。

 一説によれば、マリーナを相手にすると鼻の形が歪になるらしい。


 「魔法なんかに頼らずとも殴った方が早いですよ貧弱ですね。八節くらい詠唱したらどうですか?舌噛むのが怖いんですか?詠唱忘れたんですか?大体工程が雑です。ボソボソ魔法名を宣言しても反応しないかもしれませんよ。そもそも殴られたくらいで詠唱をやめていては、もはや魔法騎士失格ですね!」

 

 ぷいっと踵を返え、足早に立ち去った。

 フィオレはその光景を唖然として見つめていた。

 

 「……困っちゃいますよ。魔法は戦いに使うものじゃないのに」


 「マリーナ先生は古典派ですよね。現代魔法の開発は戦闘用に改良したことから始まったんですけど」

 

 ――そんなこと言ったら師範に怒られるよ。


 「何でしょうかねその詠唱破棄が才能みたいな固定観念。そんなの見ても誰も驚かないですよ。無詠唱でも出力が落ちないことの方がむしろ大事でしょう?」


 「さあ、私は詠唱を省略したことないですので。マリーナさんは本当に魔法が好きなんですね」


 「えへっ、きっと、わたしの師範のお陰です」


 *   *   *   *


 「先生は何もしてませんでしたね!」

 

 ――また言われた。

 

 いきなりの襲撃は一日足らずで終わったはいいものの、戦争区域が近いことから安全のため、生徒たちはそのまま学校に泊まってもらうことに校長は決めた。

 

 「何もしてなかったと、どうして断言できるんですか」

 

 夜遅くなっても、マリーナの生徒らは寝る気配が無かったのである。

 マリーナも瓦礫撤去などの仕事が残っていたため、自分のクラスの様子を見に行ったのは消灯時刻を過ぎた後だった。


 「コーバックくんに頼んで使い魔を飛ばしてもらったんだよ。お前は万能かっての」


 「そんなに難しいことじゃないよ。まぁキミは動物と心を通わせるとか無理そうだけど」


 「んだと?動物ならウチだって飼ってる」

 

 ――犬は珍しいんだぜ。


 「そういうことじゃない。キミの場合、そもそも人間とも心を通わせてないじゃないか。同じ動物で無理なら他の動物なんてもっての外だろう?」

 

 「相変わらず仲良いですよね。コーバックくんもいつになく饒舌で」


 「教師が無能だと楽で良いからねえ。私が目立ちやすい」

 

 毒には毒で返してくる。

 プライドが高いほどに傷つきやすい一方、自覚した上で間に受けないマリーナには効果なし。


 「仕事が無かったんだから仕方がないでしょう。わたし、そんなに魔法戦強くないし」


 「先生は先生で恥じた方がよろしいかと」


 「専門が違うんですよ専門が!…………それにしても、使い魔ですか」

 

 使い魔。

 鳥や虫などの生物に魔法をかけて支配する場合と、魔獣として産み落とした存在を使役する方法がある。


 「前者と後者は、要するに魔力を使うかどうかですかね。念を飛ばしたりして指示を送るとか感覚の共有をなすにしても、それぞれ魔力を食います。ただ、自分で作った魔獣だと設計時に感覚共有など色々組み込めるのでその時に魔力を使うだけ。作る時の前払いで、使う時はタダになります」

 

 魔獣と言ってもゼロから作るわけではなく、どちらかといえば混合獣キメラが多い。

 その場合は寿命が短くなるというデメリットがある。

 

 「先生、でもキモい見た目だと逆にバレやすくないですか?」


 「はっきり言って自前の使い魔はみんな気持ち悪い見た目です。偵察用でそんな使い魔は出しません」


 「揚げ足取らせてもらうけどさ。透明化なら、話は別なんじゃない?」


 「その通り。しかし透明化はスペックが高すぎる。カメレオンのように同化する、という方が実際使われてます。さて、コーバックくんは自作しましたか?それとも支配?」

 

 使用すればするほど劣化してしまう使い魔のスペックは、上げても強みが薄い。


 「いい材料があったからねぇ、その場で合成させてもらったよ」

 

 マリーナの予想通り、難易度の高い手段を取ってきた。そもそもどこでそんな方法を知ったのか気になるけれど、勉強の機会を与えてくれたのならそれでいい。

 とはいえ、鳥と幾つかの虫を掛け合わせたような見た目は、やはり不気味なものだ。


 「無理矢理くっつけた生物は短命で非常に弱いです。ポルコくんでも誰でもいいので、魔力のままこの合成獣に向かって塊をぶつけてください」

 

 しかし、誰も動こうとしない。何か無理難題を言ったのかと思い返しても、特に思い当たる節は無かった。マリーナは首をかしぐ。


 「はっはっはっ。底辺の連中にそんな芸当、無理に決まっているじゃないか」

 

 ところが、生徒はみんな不満そうにマリーナを凝視していた。


 「えっ、まさか誰もできないんですか?」


 「無節詠唱をこの対象にかけることならできても、純粋な魔力だけでは普通不可能よ」


 「はあ……フローリアスどころかレーヴリスタすら使っていた初歩的な技術だというのに。では、無節詠唱でもいいのでぶつけてみてください」


 「先生は魔力だけをぶつけることが出来るんですか?」


 「放射だけならなんとか。しかしわたしのクラスの生徒は色々と馬鹿にしてくるので、それくらいできるものかと思っていました」

 

 魔力を放つ技術は魔力と触れ合っていれば習得は簡単だ。

 その魔力だけで生物を圧死させられるほどの威力を出していた半端者の方が異常だと言う認識のはずが、マリーナの前提が大きく昔にズレていた。

 

 ――とっくの昔の話ですけどね。

 

 「じゃあ俺がやってやる。そうだな……『強化』にしとくか」

 

 そうしてポルコが魔法を行使する直前。


 「あ、ちょっと待って」

 

 思わずマリーナが間に入ってしまった。

 加減無しで妨害したため、ポルコの指先が痺れ、術式が壊されている。


 「あれ……?」

 

 ポルコにとっては、絶対成功する魔法で失敗した感覚を味わった。


 「その使い魔、相当に頑丈ですよね」


 「誰に向かって言っているのかな?念の為に、対空の魔法に対応できる機動力を積んでおいたのさ」


 「広域にばらついた神聖力……神聖祈禱であることは間違いありませんが、これもはや神代じゃないかな…………その使い魔、今すぐ飛ばしてください」

 

 神代が原産の神聖祈禱が大規模に展開されているなど、常識的に考えてあり得ない。

 七神は神そのものであり、神代には居なかった現代の神。ゆえに七神の行ったそれとも大きく違う。

 俗世の色が強いとはいえ天使の一端であるマリーナには、神聖力の方が扱いも感知も並外れた制度と高さを誇っている。

 窓を突き破って外へ飛び出たコーバックの使い魔。突風に流されようと、その姿勢は保ったまま。


 「これは…………」

 

 何が起こったのか、それは魔力やら神聖力などでなくとも、誰にでも理解できた。

 全員が、窓の外からの光に目を向けていた。

 マリーナには、その異常性がはっきりわかった。占星術にも天文にもそのような預言はなく、観測できるこの状況が異常そのものだった。

 

 ――世界はどうなってしまうのでしょうか、師範。

 

 一条の彗星が尾を引いて空を彩っていたのである。

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