第31話 秘密協定
「ご不満なら、もう一匹殺してしまいましょうか」
手に付着した血をハンカチでふき取り、改めてシュトレーゼマンを見据える。
「どうやら、戯言ではないらしい。戦力としての証明は終わった。だが、信頼の証明はどうかな?」
鬼族の長はギレンという。
龍王に次ぐ亜人の戦力である。シュトレーゼマンは口を閉じたままペルビオールを睥睨するのみ。
「左様。亜人も吸血鬼にとっては人間と同様餌として扱われてきた。浅くない因縁があるが、貴殿は解っているのか?」
「亜人を喰う吸血鬼は弱者ですよ。魔族の肉と混じって不味いですから」
「てめえ!もう一回言ってみろ!」
机に乗り出して掴みかかってきたのは保守派の蛇族の長。
悪趣味な吸血鬼は猫人と蛇人しか食べなかったという逸話は本物。
品位を落とすような吸血鬼の振る舞いが横行したことで、原初及び真祖の意向から吸血鬼を増やすことを規制していった。
蛇族にとって吸血鬼は、何よりも根絶したい種族である。
「その煽り耐性の低さ、いい加減直してください」
蛇族長の体内血液を操作し、飛び掛かろうという姿勢はそのまま土下座の姿勢へと組み変わった。
「義体でその威力か……僕とシュトレーゼマンくらいかな?殺しきれるのは」
「絡繰りを見破られると案外突破法は簡単です。それで本体を斃せるとは考えない事ですが」
「信用できないのう。協力を申し出て、何か対価を求めるつもりじゃろう」
「はい。端的に言えば、建国は諦めてください」
一瞬にして場が凍りついたのは、建国案は族長のみにしか共有されていなかったということである。
「代わりに、魔国を掌握し亜人と講和を結びましょう。人間として扱うと約束します」
表情ひとつ変えずに、ペルビオールはそう言った。
「馬鹿げている!国を落とすのに何故建国しない!憎き魔皇の骸の上に、新たな国家を作ることこそが我々亜人の宿願だ」
「交渉は決裂、ですか?シュトレーゼマン」
「…………このまま生きて帰ることを許す。自らの根城へ戻るが良い」
「では、種族長でなくても、せめて軍を下さい」
「誰が吸血鬼に軍を与えるか!」
――やれやれ。嫌われすぎています。自業自得ですが。
軍を借りれないのなら、軍を奪うほかない。
「では、軍事力は略奪しましょうか」
文字通りの略奪が、ペルビオールという男には可能だった。
既に蜥蜴、翼竜、狼、猫は彼の手に落ちている。
「四種族は賛同したので吸血鬼化を免れましたが、抵抗するようなら仕方ありません。脅迫などするつもりは無いのですが」
腕を手刀で切り落とす。
切り口からは血が溢れ出て、その血が土下座の姿勢を取っていた蛇族長の頭に降りかかった。
「最初に蛇族」
血液に触れただけで蛇族長は苦しみだし、泣きながらその皮膚を黒く染めていった。
そして、吸血鬼の混血となる。
鬼の形相で飛びかかった蜥蜴族長は、残った腕だけで押さえ込んだのち、腹部に発勁を叩き込んだ。
背中から肉が飛び出し、口から血が出ている。
「それで、我らの協力が得られるとでも?」
「友好条約でも結ぶつもりだったのですか?私たちの関係など、最初から冷め切っている。ただ利害が一致するだけ、違いますか?利害が一致していながら、私情で否定するなど、族長として言語道断です」
「ふざけないでニャ!断じて宿敵とは手を結ばないニャ!」
迫真の面持ちが口癖で台無しである。
猫人はそもそも人間からの扱いも酷いものだ。
そんな人間の名残りか、吸血鬼になってもまだそれを繰り返す連中がいる。
「ご安心を、こちらも血統は制御しています。昔日に二種族の女を六割ほど屠ったという真祖の家系は、既に根絶している。信じるかどうかはお好きにどうぞ」
「信じるだあ?お前信用は求めてねえよ。狼はとっくにお前の手に落ちてるっぽいしな。俺はお前が強ければそんだけで十分だ」
――話がわかる亜人もいるとは、少し驚きましたよ。
額に傷の入った狼族長は、信用ではなく実力を重んじた。
「私は断じて許容できない。私の種族は、前座として殺されたというのですか?」
対して翼竜族は否定的だった。
占拠した都市国家以外の成果はなく、国境で膠着し撤退している。
「私は……うーん、楽に生きられる方で良いわよぉ。そもそも妖狐って、吸血鬼とも関りが深いし、ねえ?」
「第十席ミレイ様は、今も健在です」
「おばあちゃんが吸血鬼なら、私も吸血鬼の味方〜」
否定派が多数の中、一部は賛成に回っている。
種族長でも一枚岩の組織ではないと初めて知った。
「き、貴様ども!亜人としての歴史を、誇りを否定する気か!?」
「誇りも何も無いでしょ〜。だって私たち、そんなに強く無いじゃない」
龍王と鬼族長以外の族長は、強者であっても逸脱していない。
真祖という理の縁を歩く存在になど到底抵抗すら叶わない。
「さあシュトレーゼマン。どうしますか?私はまだまだ数を増やすつもりですよ」
我慢ならなくなった猫族だが、立ち上がることすらできず脚がへし折られる。
次々と無力化されていく族長たち。
シュトレーゼマンには時間が無かった。
「…………亜人を吸血鬼化させない。それで同盟は締結だ」
「シュトレーゼマン!龍族の血も地に堕ちたか!愚かも…………受け入れるしかないというのか」
眼圧で砂人族を射抜き、そのまま威圧によって口を閉ざさせた。
「血を流してはならない。我々は変革を求められているのだ」
「よろしい。書類は必要ですか?」
「否。本件は秘密協定とし、証拠は一つも残さない。この場に居合わせる全員に同盟の口外禁止を厳命する。どうせ吸血鬼は表立って動くことはしないのだろう?であれば亜人に見られることなく動くこともまた容易であると信じて良いな?」
「今回稼働する吸血鬼は私の人形で事足ります。いくらか眷属を呼び出しても構わないのですが、不足分は現地で調達していく予定です。そこの生首も、再生して眷属とします」
ヴィーカの死亡はまだ流出していない。
追討軍の指揮系統も混乱しているか、入れ替わったとしてもペルビオールの敵ではないだろう。
「ちなみにぃ、亜人が協力しなかった場合は吸血鬼だけで国を取っていたのぉ?それとも亜人は名目上の反乱軍としての意味合いで、戦力としてカウントされていなかった?」
「龍王は言わずもがな、種族長を戦力外とするのは些か驕りが過ぎているというもの。現地で数を増やしていく予定でした。一個大隊程度の戦力規模を獲得すれば、概ね計画通りです」
吸血鬼も増えすぎると制御できないものである。
犠牲を抑えた策略を用いるにせよ、やはり亜人の戦力は大きすぎる。
――龍王に至っては神殺しすら可能ですからね。それが出来る者など、神話から見ても珍しいですよ。
「一個大隊で最高幹部と、七神を殺すだと?お前強いくせに馬鹿なのか?まあ俺も馬鹿だからよく分かんねえけど」
「ただ国を落としたいのなら、真祖全員を派遣すればこんな小国など一晩で陥落します。そうしない理由があるということです」
常人にとっては肝を冷やす発言であった。
実際に真祖が本格的に世界を滅ぼしにかかれば、七神の抑止力が機能しても犠牲は計り知れない。
吸血鬼にとってそれは瑣事に過ぎないこと。しかしそれは――
「真祖として、美しくない」
「参謀はそちらに一任するのでいいのかな?無駄な犠牲が出れば僕が君のこと殺しに行くけど」
「『百鬼』ギレンも物騒な事を言う。どうせ私が考えているので、異論があれば私に一声かけてください。しかしくれぐれも馬鹿な意見で時間を無駄にしないように」
「じゃあ質問だけど、どうやって魔国を落とすの?」
ペルビオールは最初から長期戦を主体とした作戦を計画していた。
徐々に魔国を追い詰めていき、そこで亜人を登場させるという算段である。
隠密に適した猫人にはすでに動いてもらっているため、現状では種族長らが動くことは何もない。
同盟の締結だってヴィーカの頸を取ったため早巻きに進めたのだった。
「初めに地脈を穢し、環境そのものに細工します」
ギレンは瞠目した。
「地脈を汚染させるなんて、一体何年かかるつもり?そこまで回りくどくする必要ってある?」
「魔皇ゲーテは『不死王』です。不死の軍勢を召喚された場合、数で押されて亜人軍に勝ち目は消える。確実な勝利を狙うなら、魔法を封じることです」
その一端は、アルバートとの戦闘にて披露している。
かなり手を抜いてあの状態。
そして不死の軍勢は無限にも近しい大群のため、これらを対処しなければ亜人が勝利する筋書きを作れない。
「では、地脈に異常を起こしてから我らが動くということだな」
「その通りです。それまでは各種族、戦いの準備を」
「あんた、ずっと私の種族を使ってるみたいだけどニャ、いつになったら故郷に返してくれるのかニャ?」
「本格的な侵略と入れ替わりで返しますよ。安心してください」
「だから、それは何時だって聞いてるのニャ!」
ペルビオールは頭の中を整理し、その長期的な計画を時間に換算した。そして結論を出す。
――おおよそ、一年後でしょうか。
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