第28話 冷血・氷結

 ペルビオールのスキル「冷血」は名の通り血液の冷却を中心とするスキルである。

 厄介極まりないのが、遠隔の血液にも作用すること。

 一定範囲内であれば自在に血液を操れる吸血鬼に備わった力と、血液を中心に温度調整をするスキルを組み合わせることで、敵に触れずして凍らせるという離れ業を為す。

 ニヤリ。ペルビオールの笑みと同時に、ヴィーカの足元から凍結が開始される。

 血液を媒介とした過度な冷却であるため、血液操作の結果に過ぎず魔法そのものではない。

 つまりは内部から魔力や魔法で対抗する手段は意味を為さないため、外部から炎などで熱して体温を上げるしかない。


 「む!?」

 

 動きが一気に鈍くなり、全身の血流が重くなる。

 体温が異常に下がっていることを感じとり、ヴィーカは怪訝な表情をする。

 

 ――遠隔での凍結か。魔力量の変化はない……となればスキル!

 

 スキルはリスクなしに連続使用できる。

 魔法に比べれば工程は少なく魔力も削らない非常に便利な代物。


 「なるほど、やるな!」

 

 巨大な斧が突然光を纏った。

 闇夜を照らす、陽光よりも眩い光がペルビオールの視界を覆う。

 

 ――破天。

 

 斧に魔力を通し斬撃として放射する。

 ヴィーカは魔法もスキルも未使用のままである。

 広い面積を穿つ広範囲の斬撃。

 ペルビオールに逃げ道は無かった。

 吸血鬼だと悟られてはならない。

 吸血鬼の再生速度は非常に速いものの、血液を多量に消費するため全身の再生は一日でも三回程度が限度である。

 再生のし過ぎは命に関わってくる。

 つまり、スキルは解除するしかない。

 

 『隔てる壁は天を貫け――大地の胎動』

 

 ――第六階梯岩魔法「石壁」

 

 凍結が停止すると同時に、ヴィーカは全身に熱を送り込む。

 

 ――第一階梯炎魔法「焔」

 

 転移魔法や治癒魔法などの時空干渉系統や再生系統は非常に複雑で第六階梯では六十節を超える。

 それに対し基幹五属性に関しては十節以内での詠唱で第六階梯までの魔法が行使できる。

 第一階梯は完全に詠唱を破棄することなど誰でも可能であり、魔法においては、ヴィーカの方が先手を取る形になった。

 体温の冷却が収まり、肉体の動きが高まる。

 そして地面を強く蹴って突撃する。

 しかし、それらの工程を含めるとペルビオールの方が早い。

 先に石壁が出現し、ヴィーカの突貫を阻んだ。

 

 ――スキル「冷血」

 

 無論、血液以外の冷却も可能とする。

 魔法を得意としないペルビオールは、自らの血液を混ぜ込んでその精度を補う。

 石壁から血液が銃弾となって放たれ、飛来する最中に凍結される。

 石壁を目前に速度を落とした途端に銃弾を目にしたため、ヴィーカはまともに攻撃を受けてしまった。


 「その距離で防ぐとは感心ですね」


 「むしろ失態だ!驚いて目を閉じてしまったのだからな!」

 

 五発撃ち込んで命中したのが一発。

 それ以外は直感による回避で凌ぎ切った。

 戦斧が石壁を両断。

 混ぜ込んだ血液は切り離され魔法の再生は出来なくなる。

 

 ――「冷血・燐」

 

 ペルビオールは自身の体温を氷点下まで低下。

 全身を氷の鎧で覆い、戦斧を自らの腕に敢えて傷を入れ、再生を施すことで斧を固定する。


 「まだまだ!」

 

 ヴィーカは斧を手放し脇差を抜刀。

 神速をもってペルビオールの両腕を切り裂かんと迫る。

 ペルビオールは固定していた戦斧を手に取って応戦する。

 ところが、戦斧が突如として霧散した。


 「ふむ、悪くない動きだが、敵の獲物を簡単に扱わないことだな!」

 

 手元に戻った戦斧。

 両刀により、肉薄した状態で白兵戦が再開される。

 

 ――破天。

 

 再び魔力が獲物に伝い、眩い光に包まれる。


 「近すぎますね」

 

 それらの魔力が、一気に凍てついた。

 ペルビオールへ直撃し、そして彼の鎧の硬度に敗北し砕ける。

 至近距離の魔力など、手に取るようにわかる。

 魔力振盪などするまでもなく、目先の魔力に干渉し凍結させた。

 続いて拳を凍結。脇腹に蹴撃を打ち込んだ。

 ヴィーカの視界がブレる。

 真横に吹き飛び、無様にも周辺の廃墟の建物に突っ込んだ。


 「暑いですね。もう少し下げましょう」

 

 ――「冷血・帷」

 

 曇天が空を覆い隠し、地面を雨粒が濡らす。

 破壊された「石壁」で飛散した血液を蒸発させ、大気中に含ませたことで周辺温度を自在に調整する。

 先ほどの戦闘まで徐々に周囲温度を上げていき、今度は一気に冷却した。


 「いやぁ、龍の混血なだけあって強いな!しかし、龍鱗があるなら何故使わない?」


 「私は弱いのでもっていないのですよ」

 

 雨粒は凍りつき、そして雪と化す。

 

 ――奴のスキルは温度操作と見て間違いない。魔法の練度も向こうが上か。距離を詰めると武器も破壊される。触れれば俺も凍るのか?

 

 ――神呪「自動回復」

 

 頭から流れている血をぬぐい、ヴィーカは高笑いする。

 蹴りによって肋骨が砕け、全身を叩きつけられて亀裂が入る。それらの損傷は、すでに完治した。

 

 ――完治……スキルでしょうか。最高幹部なら、七神から何か与えられていてもおかしくない。


 「これは骨が折れそうだ!ハハッ!」

 

 先ほど破壊された金色の戦斧が、再びヴィーカの手に舞い戻る。


 『大地の炎――我が手に宿れ』

 

 ――第二階梯炎魔法「円陽」

 

 完全詠唱。

 

 戦斧――ではなく、その炎を全身に纏う。


 「炎は得意じゃないが、氷結は面倒だからな。やむを得まい!」

 

 設置型の魔法は術者の魔力が切れるまで継続する。

 任意のタイミングで解除することも可能。

 ヴィーカが地面を蹴る。


 『天空より兆し――空を割る閃光――鏡面と水面は連続し――月下――夜風が舞う』

 

 そして、発動中に別の魔法を並行して行使できる。

 炎は得意ではない。

 では、得意魔法は?

 

 ――第十階梯風魔法「月経霊風」

 

 空気を丸ごと引き裂くほどの、強烈な風の塊。

 その塊を無理矢理薄くのばし、莫大なエネルギーを何とか封じ込める。

 そして放たれた風の矢。

 「冷血」による冷却を伴い、風そのものの硬度が逆に増す。

 ペルビオールが魔法そのものを氷結させるより早く、瞬く間に風は空気を斬り裂いた。

 おびただしい血を流し、ペルビオールは左胸を抑えていた。


 「…………よもや心臓に命中するとは」


 「頸か心臓であったが、命の気配が強かったのは心臓だったのでな。だから心臓を貫かせてもらった」

 

 直感で吸血鬼の弱点を射抜くヴィーカの勘の鋭さ。

 並みの吸血鬼ならこの一撃で死んでいる。

 真祖であっても心臓の破壊は大きなダメージとなる。

 無暗に血液を消費できない状態なので、心臓が回復するまでは再生が困難になる。

 さらに、スキルも血液の使用を制限しなければならない。


 「それで?」

 

 心臓が再生するのが先か、ペルビオールが死亡するのが先か。

 黄金の斧は容赦なく振り下ろされ、動きの鈍ったペルビオールに直撃する。


 「やはり亜人なだけある。なかなか殺しにくい!」


 「亜人ですから、そうい――」

 

 無数の斬撃を受け、ペルビオールはおびただしい損傷を受けている。


 「つまり、そう大きな声で喋るな!」

 

 首を切断される。

 並大抵の生物であれば死亡していて間違いなく、たちまち全身が崩れる。

 しかし、切断した首は消えず、むしろペルビオールは嗤っている。


 「さて、どうやって殺すのです?」

 

 真祖は何より、その不死性が強力である。


 「ふむ、まだ息があるか」

 

 頭部を四分割する。

 しかし断面から血が滴るだけで、いつまで経っても消滅しない。

 それに首から下の胴体が、見れば体を起こしている。

 

 ――切り刻んでも同じ結果になりそうだ。となると燃やすか、毒などの手段になるか。俺の炎魔法で焼き切れるか?

 

 口だけが再生して、にやりと口角を上げる。


 「あなたでは私を殺せない。私とあなたでは格が違うのですよ」


 「私と君に格の違いなど無い!全ては魔皇の下に平等だ!殺せないという道理もないぞ!」


 「信仰、あるいは盲信でしょうか。どちらにせよ気に入りませんね」

 

 とはいえ、心臓は既に鼓動を打っている。

 驚異的な再生力を披露せず、内臓の損傷だけを的確に治癒させた。

 不死性が強くても、血液は有限である。

 明るい炎ほど消えゆくのも早いことと同じであり、真祖の欠点とも言える。

 こうして時間を稼ぎつつ、血液の総量を増やしにかかる。


 「頃合いでしょう。そろそろ殺します」

 

 頭部が融解し、今度は首から再生される。

 流石のヴィーカも瞠目した。

 

 ――脳すらその速度で再生するか。俺の炎魔法は通じないと断言できる。


 「まったく、俺よりも適任がいるな」

 

 ヴィーカはまだ、スキルを使っていない。

 


 ――スキル「漠塵」

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