第27話 第七席ペルビオール

 ――吸血鬼。

 

 それは外の世界からの侵略者にして、長らく地球を蝕む癌。

 人類を排斥し星そのものを塗り替える。それは世界の変革であり法則の改変。

 まさしく、星の敵そのものである。

 その吸血鬼の始祖は、『原初』として崇拝されており、全ての吸血鬼はこの『原初』から由来している。

 その『原初』を守護する吸血鬼が、現世にて存在する最恐の十一柱。

 

 真祖十一円卓。

 

 その一人「冷血」ペルビオール。

 吸血鬼にして、唯一無二の魔法属性を持つ側近。

 初老の男性の外見をとることが多く、それは生前の姿をうつしているとの噂がある。

 そして、スキルの正体は不明。


 「少しだけ客人の相手をします。夕食はもう少し待ってもらえますか?」


 その気配から、何者が襲来するかの見当はつく。

 子供たちを見やり、ペルビオールは穏やかな表情を崩さなかった。


 「「わかった。じゃあ遊んでてもいいんだね!やっ――」」


 吸血鬼にとっての羨望の的にして、人類にとっての恐怖そのもの。

 ペルビオールの価値観では、命は有効に消費するべきであり、決して粗末に扱われるべきでないというものがあった。


 そして、教会は風圧で吹き飛ばされた。


 一瞬にして天井が崩壊し、瓦礫が飛んで子供たちへ直撃する。

 最早孤児たちを守る手立てはなく、ペルビオールに圧死していく孤児たちの姿を見るしかできなかった。


 「ふむふむ。神父の真似をして国内に潜伏する亜人とは、変わった種類もいるもんだ。まだまだ世界は面白い!」


 「あなたは道具こどもを殺して何も思わないのですね」


 顔に彫られたその皴は、一層に深くなった。

 ただただ、眼前に無傷で立っている襲撃者を穏やかに見つめる。

 一際明るい表情で、ペルビオールを見つめていた。


 「うむ、既に異端の手先となったのならばやむなし!」


 「そうですか」

 

 恒温動物の血液は体温を調節し冷却、あるいは温めて一定の温度を保つ。


 「むむ、となると生き残った貴様が亜人だな!いや失礼、気配だけ辿って思わず斥候よりも先行してしまった!」

 

 ――最高幹部ですら私の気配を辿れるのですね。少し想定外でしたよ。

 

 しかしペルビオールを「亜人」と認識している。

 追討軍が派兵されたことは猫人族より聞き及んでおり、その指揮官は最高幹部の一人。

 亜人に誤認される可能性は十分に高い。

 何より吸血鬼だと悟られなかったのは大きい。

 

 ――この程度に吸血鬼がわかってしまったとなれば、真祖全体の問題になりますし。

 

 真祖に彼ほど温厚な人間はいない。

 特に序列の高い吸血鬼には、ペルビオールも恐怖を感じている。


 「いい加減龍王にも重い腰を上げてもらいたいものです。最高幹部、ヴィーカですね?」


 「おや!よもや亜人全体にも知れ渡ったか!間違いなく、俺はヴィーカそのものである!」


 「私はペルビオール。確かに亜人――龍人です」


 「ほうほう、全く俺は運がいい!真祖に復讐する機会が巡ってきたのだからな!」

 

 ――喧しいほど元気な戦士ですね。嫌いじゃありませんが。

 

 道具こども三十五人を一瞬にして喪失してもお釣りが返ってくるほどの成果。

 死んだ意味はあったと言える。

 

 尤も、ペルビオールが勝利する必要があるが。


 「さて、魔皇がその視線を向けているなら伝えていただきましょうか。いずれは錆び付いたあなたの血縁ごと殺し尽くすと」

 

 ヴィーカの表情が一転した直後、大きく斧を振りかざして肉薄した。


 「さきほど、魔皇を愚弄したな?どうやらただ殺すだけでは足りなくなったようだ」

 

 片手に持つ巨大な両手斧。

 金色の戦斧が、まさしくペルビオールの両腕を千切ったのだ。

 瞬きで至近距離まで到達する敏捷性と両腕を鮮やかに切断する正確さ。

 何より激情の籠った本物の一閃。

 

 ――多少知恵の回る人間でも勝てない領域、が適切な評価でしょうか。

 

 魔法使いなら速度に対応できず即死する。


 「良い動きです」

 

 龍人と欺瞞する限り、全力の再生力は披露できない。

 両腕を切除した状態で、この敵を相手どらなくてはならない。

 あるいは、正規の方法で再生を遂げるか。


 「むむ、残念だが、魔皇様を侮辱したお前を俺は惨殺するしかなさそうだ!次は両脚を――斬る!」


 「私は魔法が得意ではありません。というのも、いつも詠唱の途中で噛んでしまうからです。しかし、魔法を使うしかなさそうですね」

 

 禁忌の十三階梯を含めると、死者蘇生や時間停止など、生物が想像できる範囲内において、魔法は万能である。

 時間の飛行や空間の転移などの時空を超える魔法のほか、治療する魔法も存在する。

 ペルビオールが言い終えるまでに、既に両脚が切断されていた。


 『大地と命の神――天理は遵守し理は反駁する――汚泥の水を希薄し葉脈を濁す――生命の泉より取水されし静謐の脈液――血は流れ滴りその生命を穢す――山並みは天を閉じ――天への梯子は凱旋する――その罪業を背負い呪いはその御霊を癒し――希う奇跡を背に――再びこの身を大地の煉獄へ浸せ』

 

 ――第十二階梯治癒魔法「天陽樹」

 

 八十三節の大魔法を可能な限り省略。

 十節にまで短縮させ辛うじて脳幹は潰れていなかった。

 詠唱を終えるとほぼ同時に首は絶たれ、全身の感覚が消えていたものの、声を発することが出来たため魔法名までの詠唱を遂げる。

 正規の方法での治癒。

 ペルビオールの全身が回復し無傷同然の状態へまで戻る。

 数十人がかりで行使する大魔法を発動させた代償として、ペルビオールの魔力量は残り二割を切っていた。


 「その傷から立ち直るか。感心だな!これは手強そうだ!」


 「それでは、こちらの番ですね」

 

 ペルビオールの異名である「冷血」。

 

 右手を空高く上げた瞬間、ヴィーカの全身を巡る血液が一斉に凍結した。


 ワールドスキル「明鏡」は、龍神の保有する最高硬度の体表「龍鱗」と並んであらゆる物理攻撃及び魔法攻撃を無効化する。

 加えて呪術と毒やスキル封印・貫通行為のほか神聖祈祷の完全耐性。

 さらに「明鏡」は任意で攻撃の反射が可能であり、同一の攻撃をそのまま返す芸当が可能である。

 現在存在するあらゆる攻撃行為が、無効化されるのである。

 魔皇レーヴリスタに備わっていたワールドスキルの中でも魔導皇帝を抜いて最も厄介なスキルと目されており、長年神々と人類はその突破法を思案した歴史がある。

 おおよそ千年の年月を経て、人間はようやく魔力振盪という技術を開発した。それでも魔法の軽減でありスキルには程遠い。


 では、そんな絶対防御の魔皇を、いかにして殺したのか?

 

 神話において、魔皇を殺害したのは後に勇者と称される異界出身の青年一行である。

 まさしくそれは事実であるが、如何なる生物でも「明鏡」は結局のところ攻略できなかった。

 二千年経っても「明鏡」の防御は突破できず、即ち傷一つつけられない。

 今となっては、この神話は子供でも知っているほどに有名である。

 故にその突破法を、誰でも知っている。

 

 尤も、知っていてもそれを為し遂げるのは七神と同等でなくてはならないとされる。

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