SUGAR SUGAR　〜または、悪役令嬢は乙女ゲームの夢を見るか〜

　すっかり、日が暮れたようです。

　お腹が空きましたね。そろそろ、夕食にいたしましょうか。

　本日のメニューは、肉厚の牛一〇〇％ハンバーグ（つなぎなし）のキングサイズをダブルで、更に、ふわとろのオムレツをのせたものでございます。

　たっぷりお召し上がりください。

　ご満足いただけましたら幸いです。

　食後はコーヒーでよろしいですか？　ご用意いたします。

　私もですか。では、失礼してご一緒に。

　彼女らのその後、ですか。といいましても、私は、あくまでも一介の執事です。お仕えする方がそう望んでいただけない限りは、お供することが出来ませんので。

　困りましたね。

　いやそりゃ、知らないわけではありませんが。

　わかりました。では、ここから先は、ちょっとしたおまけとしてお聞きください。

　本当に、蛇足ですから。

　怪我をして入院した、演劇部の印西麻紀乃様について、まずお話ししましょう。

　印西様は、あの事故から数日後、包帯が取れました。するとどうでしょう。目を開けた当初は、ほんの少しの明かりにも敏感に反応しておりましたが、しっかりと目を開けるようになると、両目とも、しっかりと世界を見ることが出来ていました。

　驚いたことに、眼球にも視神経にも、一切の傷が残っていなかったのです。まさに、奇跡でした。

　本人はもちろん、船橋千歳様、それに家族も友人も、そして、後輩たちも、もちろん皆喜びました。なぜなら、すっかり元通りになり、その他の怪我もなければ後遺症も一切なく、医者が驚きつつも太鼓判を押し、夏の公演に問題なく出られるというのですから。

　これ以上はありません。

　その結果、ヒロインオーディションについて、後日やり直しが計画されましたが、ここで、天才脚本家が待ったをかけます。

　脚本家の鎌ケ谷亜希子様が、メインを二人の男女の話ではなく、三人の女女男が絡み合う三角関係の物語として再構築なさったのです。

　結果、公演の稽古は滞りなく進み、見事、夏の公演のコンクールで、賞を受賞いたしました。その後、受験も問題なく突破し、見事、第一志望の大学に合格、より深く演劇を学びに行くことになります。

　余談ですが、親友の船橋千歳様も、同じ短大へと進みました。

　結果、印西麻紀乃様は、世界一幸せな方になったのです。

　続いて、酒々井美桜様についてお話しいたします。

　事故のあった日、酒々井様は、駅のホームで線路に飛び込もうとなさいました。

　ところが、茂原陽葵様が、必死で引っ張り、酒々井様は駅のホームに戻されました。手足にかすり傷は多少できましたが、おかげで我に返ることが出来ました。

　そして、印西先輩の回復を必死で祈り、回復した折には、抱きついて、泣きながら謝りました。その後、何か憑き物が落ちたというか、険が取れ、自分ばかりがヒロインのように振る舞うのではなく、周りの人々とも協力しながらお芝居をするようになり、演技的にも一皮むけたようになりました。

　事故のあったオーディションの日までは、同級生を少し下に見ている感覚があったようですが、すっかりなくなり、まさに誰からも愛される存在になりました。

　コンクールでの入賞も、彼女の献身的な尽力あってのことであり、審査員からも、向こう二年間が楽しみであるとの講評を得ました。

　酒々井美桜様は、より演劇に打ち込み、ゆくゆくは演劇部の部長として活躍することになります。

　結果、酒々井美桜様もまた、世界一幸せな方になりました。

　左様でございます。お二方とも、世界一幸せになったのです。

　もうお一方の運命をお話しする前に、先に種明かしをしてしまいましょう。

　私どもが存在している世界は、『ＳＵＧＡＲ　ＳＵＧＡＲ』というタイトルの乙女ゲームでした。このゲームは、革命期の異世界で恋愛をするゲームですが、当初、ゲームの難易度があまりにも高すぎて、クリアが出来ない、トゥルーエンドを見ることが出来ないと、酷評の嵐でした。

　それもそのはずです。

　民衆の革命を元に、何の特殊能力もなく、処刑されないように王子たちを導いていき、最終的に平民になることを納得させるなど、常識的に考えて出来ることではありません。

　ただし、世界観やグラフィック、キャラクターデザインは人気があったので、ならばと、制作会社が、ほぼ同じゲームをリメイクで作ったのです。

　一作目のタイトルが、『ＳＵＧＡＲ　ＳＵＧＡＲ　〜シュトルム・ウント・ドランク』。二作目のタイトルが、『ＳＵＧＡＲ　ＳＵＧＡＲ　〜デウス・エクス・マキナ』。

　タイトルに、一とか二とか付けておいてくれればいいものを、わざとわかりにくくして、誤魔化そうとしている制作側の意図が丸わかりです。

　リメイクではありますが、ストーリーなどは、特に変わりはありません。やはり、民衆の革命で、王子たちと恋愛をするお話です。

　ただし、リメイク版には、攻略対象が若干追加されたのと、申し訳程度の「魔法」という設定が追加されていました。たった一つだけ、追加された魔法があり、それにより、格段に難易度が変わったのだそうです。

　キャラクターは、生涯に一度だけ、「自分の好きな人が世界一の幸せ者になる代わりに、自分のことを忘れちゃう魔法」を使うことが出来るのです。

　そうです。願いは、魔法によって叶えられたのです。

　ご納得いただけましたら、幸いです。

　では、話を戻しましょう。

　茂原陽葵様は、酒々井様と同じく、駅のホームで、酒々井様ともども、線路に落ちることもなく、助かりました。そして、酒々井様を抱き締めて、ワンワン泣き喚きました。ちなみに、駆けつけた駅員から、こっぴどく叱られました。当たり前です。

　それから毎日、印西様のお見舞いに病院へ向かいました。先輩は、たくさんの笑顔と、たくさんのアドバイスをくれました。それが、陽葵様にとっての希望になると信じて。

　演技は、集中は必要だが、視野が狭くなってはいけない、遊びの部分をもって、意識を分散させ、周りの全てのものが見えるのが本当の意味での集中だ、とか。陽葵様は、一つ一つ丁寧に話を聞いていました。

　包帯が取れ、問題ないと分かったとき、その場にいたみんなが駆け寄る中、一人、ベッドに近づけなかった陽葵様を、印西様は優しく手招きし、「心配かけてごめんね」と、むしろ謝ったそうです。陽葵様は、周りに人がいることもかまわず、余計に泣きました。みんなが笑顔になれる、いい涙でした。ちょっとうるさかったです。

　その後は、先程のお二人とかぶる部分もありますが、オーディションはなくなり、新しい作品で、見事、酒々井様とＷヒロインを演じ、印西様と共演を果たし、きっちり賞もいただきました。

　その後、新部長に任命され、親友の鎌ケ谷亜希子様と共に、部を盛り立てました。誰かのためでも誰かのせいでもなく、それからは自分自身のために、演技を続け、ゆくゆくは、プロの役者になるという目標を掲げたようです。

　そして、全ての罪の罰を受け終えた茂原陽葵様もまた、世界一幸せになったのです。

　なんですって？　理屈が合わない？

　確かに。このままだと、魔法が発動したにも関わらず、誰も、誰の事も忘れていませんね。

　簡単な話です。

　まず、印西様の幸せを願ったのは、レープ嬢＝酒々井様です。結果、印西様は怪我が治り、印西様は酒々井様の事を忘れます。

　そして、酒々井様の幸せを願ったのは、シャルロッテ嬢＝陽葵様です。打ち合わせたわけではありません。ただ、陽葵様らしいと言いますか、印西様の幸せを願うなら、自分よりも酒々井様がいた方がいいと、他人のために祈ったにすぎません。

　しかも、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、酒々井様のことを、好きになっていたようなのです。

　ただし困ったことに、酒々井様が印西様から忘れられたままでは、酒々井様は世界一幸せにはなれません。だから、魔法の力で、印西様の記憶は戻らざるを得ませんでした。

　同じ方式で、陽葵様も、また、印西様から忘れられますが、陽葵様が世界一幸せになるために、記憶が戻ることになります。

　簡単な話ですね。

　え？　計算が合わない？

　シャルロッテ嬢とレープ嬢のお二人が魔法を使ったのであれば、世界一幸せになるのは、そもそも世界一といいながら世界一が何人もいるのはおかしいけど、そこには目をつむるとして、二人のはず。数が合わないと？

　なるほど確かに。

　しゃらくさい娘ですね……何でもありません。

　まさか。

　王子たちが、異世界にいる誰かを幸せにする道理はありません。そもそも、存在すら知りませんよ。

　もしかすると、世界一幸せになって欲しいと願う人が、どこかにもうあと一人、いたのかも知れませんね。

　都合よすぎでしょうか？　いいんじゃないでしょうか。乙女ゲームですから。乙女が幸せになるためだったら何が起きてもいい、都合のいい展開は、いくらでも必要と存じますよ。

　お前はいいのかって？

　人のことをお前だなどと、はしたない。

　お仕えする方の幸せが、私の幸せです。

　仕事じゃなくて、お前の気持ちはどうなんだ、世界一幸せになって欲しいほどに好きな人じゃなかったのか、ですって？

　また、お前など。はしたないですよ。

　はばかりながら、一つ申し上げさせていただくと、元々攻略対象じゃなかったとある執事が、リメイク版では攻略対象として追加され、ＦＤも作成されたそうです。

　つまり、ヒロインにくっついていたただのモブが、きちんとキャラクターの一人になった、ということのようです。

　コーヒー冷めてしまいましたね。

　おかわりはよろしゅうございますか？　かしこまりました。

　それでは、ごゆっくり。おやすみなさい。

〈　終　〉