第10話

——如月さんと連絡が取れなくなって、一週間。毎日毎日、何度も電話をして、メールを送っても、なんの成果も得られない日々。


「……如月さん。一体、どこに……」


 あの日——音声サポートをしながらクモ型鎧獣を倒したあの日。討伐報告を終え、帰還するはずだった如月さんは、帰ってこなかった。それどころか、音信不通の上、行方不明になり、現在もまだ発見されていない。


 最後に話していたのは私だからと、色んな人から事情を聞かれた。でも、あの日の如月さんに変なところなんて一つもなくて、失踪する原因なんて何一つとして分からなかった。


 もしかしたら、私たちが観測できていなかった、別の鎧獣と遭遇してしまったのかもしれないとも思った。とっくに調べた。けど、何度調べても、あの日あの場所、あの時間に、如月さんが倒した以外の鎧獣は存在していなかった。



「……私が、あの時、最後まで通話を繋いでいれば……」



 私が如月さんの担当になって一年。討伐報告がされなかったことは数多くあっても、連絡が取れなくなったことなど一度たりともなかった。あの人は、稲妻ぴりりという配信者を最優先にして、鎧獣討伐中にも配信を見るような、頭のネジが足りていない人ではあるけれど、いきなり仕事を放棄して失踪するような不義理な人ではない。


 知り合って一年しか経っていないけど、私には分かる。あの人は不真面目だけど、それと同じくらい真面目な人だ。


 何か事件に巻き込まれたのかもしれない、とも思った。けど、それだって考えにくい話だ。如月さんはああ見えて、数多くいるリンドウの鎧獣ハンターの中でトップの成績を誇っている。ハンター業界の中で見ても、恐らく五本の指に入る実力者だ。対鎧獣戦で負けたという話は聞かないし、ルール違反をしていた同業の人間六人を無傷で制圧したという話も聞いたことがある。事件に巻き込まれたというより、あの人自身が事件を起こしたという方が、まだ納得がいく。


「如月さん……どこに行っちゃったんですか……?」


 メールボックスも、私から送ったメールだけで埋まってしまった。電話の履歴も、私から如月さんにあてた不在着信でページが埋まっている。


 本当に一体、どこに消えてしまったのか。如月さんの持っていた携帯の、最後の通信座標は、クモ型鎧獣を倒したあの場所だった。そこで通信が途切れ、確認できなくなったということは、つまり、そこでということだ。


 携帯が壊れるほどの激しい戦闘が起きた。あるいは、何者かに携帯を破壊された。破壊されたとすれば、何のために破壊したのか。


「……破壊しなければ困る事情があった」


 仮に、後者だと仮定して……ならば、その事情とは何なのか。如月さんの携帯が生きていると困る事情とは何か。


 考えられるとすれば……通信、か。如月さんの使っていたリンドウ製の携帯はこちらから座標を確認できるようになっているが、その機能を知っていた何者かが、邪魔だと判断して破壊した。


 座標が知られて困るというなら……拉致監禁。如月さんをどこかに連行した場合、連行先の座標を知られないために携帯を破壊した可能性はある。


「でも……如月さんを無理やり拉致するなんて、どんな手練を用意すればそんなことが……」


 戦闘能力だけは業界最高峰と言っても過言ではない人だ。そんな人を拉致するなんて、それこそ……。



「……あ」



 いる。それができそうな人……いや、が。


 この世界の境界を歪めた存在——クイーンだ。


「まさか、クイーンが……? 確かに、クイーンらしき存在に殺されるハンターは実在する。拉致じゃなくて、その場で戦闘になったと仮定しても携帯が壊れる可能性はある……」


 ぶつぶつと、誰もいない深夜のデスクで一人、呟いた。


「でも、如月さんなら隙を作ってムーバーで逃げるくらい……いや、その隙さえなかった……? もしくは、本当に拉致されたとか、何か事情があってクイーンにとか……」


 可能性はいくらでもある。クイーンが鎧獣と異なるパターンを発するなら、こちらで観測できていないことにも頷ける。


 ただ、戦闘になったというなら、現場に何かしらの遺留品が残っているはずだ。リサーチャー曰く、あの時のクモ型鎧獣の杭の反応を辿ることはできなかったらしい。杭を刺す前にやられてしまったか、杭を刺した鎧獣消されてしまったか。


 ただ、偶然にも、三日前、あの日と近い座標で鎧獣討伐があったため、無理を言って現場の確認をしてもるったところ、『それらしき遺留品はなかった』という報告を受けた。一片の証拠も残さずに消されてしまったという可能性も考えづらい。


 だとすれば……やはり、拉致監禁の可能性か。あるいは、脅されて従わされている、だとか。如月さんにそんな弱みがあるとも思えないが……。





「……弱み?」


 ふと、妙な考えが頭をよぎった。そんなはずはないのに、如月さんならと思わせてしまう考えが。


「……いやいや、まさか、そんな……そんな偶然があるわけ……」


 キーボードを叩き、動画配信サイトを開く。その中から、一週間前のあの日、あの時間に配信をしていた『彼女』の配信のアーカイブを開く。


 確か、あの時如月さんは……と言っていた。私の聞き間違いでないのなら、この配信は、私と如月さんの通話が切れる直前に終わっているはず。


「……うん。やっぱり、これはこの時間に終わってる。えっと、確かリンドウのデータベースに……」


 リンドウ社員用のデータベースを開き、クイーンによるハンター殺害事件が起きた日時を調べる。それらと照らし合わせ、彼女の配信アーカイブを見ると、事件が起きたその日、その時間の少し前に、同じように、『仕事の予定』だと言って配信が終わっているケースが複数件あった。


「……いや、流石にただの偶然でしょ……? ほら、ナントカの法則とかいう、それっぽい情報が適合しちゃうみたいなの……」


 目を見開いて、次から次へと調べていく。いくつか該当しないケースもあるものの、やはり、クイーンによるハンター殺害の日付と、『仕事の予定』と言ってかなり短めの配信をしている日が一致しているケースが多い。これが私の勘違いであれば、本当に、ただただ彼女に失礼な誤解を抱いているだけで済むのだが……如月さんの唯一の『弱み』というと、私にはこれしか浮かばなかった。


「……如月さんなら、彼女に言われたら、ホイホイついていく気がする……」


 画面の中に映るのは、黄色い髪の女性。如月さんが『推し』だと明言していた配信者。


 違うなら違うでいい。ただ、一度抱いた疑問は払拭しておきたい。そんな気持ちが芽生えて、仕方がない。



「……確認するしかないか。稲妻ぴりり……如月さんが何よりも優先していた、推しとやらに」




 彼女のSNSアカウントを探し、記載されている仕事用メールアドレスに、メールを送る。その僅か数分後だ。本当に、ただの偶然だと思っていた私の予感が、奇跡的に命中していたことを知ったのは。



『私も、如月さんの行方について知りたい。できれば、会って話したい。危害は加えない』



 彼女のメールにはそう書いていた。間違いなく、彼女は如月さんのことを知っている。そして、如月さんの失踪に、一枚噛んでいる。


 クイーンの疑惑がある人に会うことは、正直、これ以上にないくらいのリスクを孕んでいる。だけど、私は会わなくてはならない。たった一年しか一緒に働いていないけれど、如月さんは大事な——、






——大事な、私の相棒だから。







——推しの配信>ボス討伐・完——

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推しの配信>ボス討伐 お茶漬け @shiona99

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