第7話

 シェルターを出ると、外には例の装備に身を包んだ連中が三人いた。シェルターの出入口のゲートには何か特殊な機構が埋め込まれているのか、外へ出るその一瞬は景色が歪んだように見えた。外から見ても、シェルターがそこにあると、そこから人が来たと分からないようにするためのものだろうか。


「三人か……何とかやれるか……?」


 ジャッジの戦闘能力は分からない。だが、初めて遭遇した時の行動を考えれば、という感情は存在していないのだろう。恐らく、俺がこちら側についたことを知れば、同郷の人間だろうと手加減などしないはずだ。


 赤火刀を抜く。連中がこちらに気づいた。銃を構え、銃口はこちらに向けている。先頭にいた一人は、口元に手を当て、何やら連絡を取り合っているようだ。


 仕草が違う。人数もそうだが、先ほどの連中とはまた別の部隊らしい。


「悪いが、銃口を向けられながら議論の余地だ何だとは言ってられないから……な!」


 先手必勝。奴らが動き出すより前にその場から駆け出す。止まらないように、複雑な動きをつけながら、奴らとの距離を詰める。


 銃弾が皮膚から数ミリ離れたところを掠めながら、後方に消えていく。一歩間違えば弾丸の雨に晒され、蜂の巣になるほどの密度。避けきれない分は刀で受け流しながら、視界いっぱいに奴らが映るほどの距離まで接近した。


「ほっ!」


 瞬時に姿勢を低くして、他二人からの射線を遮りながら、一人の懐に潜り込む。ジャッジはすぐに反応して銃口を向けようとした。


「悪手だな」


 奴らがメインで扱うライフル型の銃は、その銃身の長さ故、この超至近距離で取り扱うには不向きだ。咄嗟のことで判断を間違えたのだろうが、こと戦闘においては、その一度の間違いが死を招くだろう。


 左手で銃身の側方を叩き、僅かに銃口を逸らす。その隙間に体をねじ込んで、下方から上方に向け、刀を振り抜いた。


 奴らの装備は一見すると頑丈そうに見えるものの、やはり、可動部は脆くなる。頻繁に可動する場所なら、その分さらに脆くなる。奴らのメインウェポンが銃ならば、狙うべきは、そう……手首だとか。


 銃のフロント部分を支える左手と、グリップを握る右手、その両方の手首の装甲の隙間を狙って、斜め上方に刀を走らせる。少しばかりの抵抗はあるが、赤火刀は元々、対鎧獣用に造られた刀だ。俺の計算通りなら、問題はない。


「ぐぁっ……!?」

「まずは距離を取るべきだったな」


 一人目の手首を斬り落とす。右手は入りが浅かったのか、斬り落とすまでには至らなかったが、出血量を見るに十分な成果だろう。


 すぐさまよろめく一人目の体を盾にして射線から逃れ、背中の装甲を掴むと、二人目に向けてそのまま駆け出す。この辺りには銃弾を避けるための遮蔽物が少ないため、行動を制限した敵を遮蔽物代わりにする。撃ってきたならその時はその時だ。


「くそっ、距離を取れっ!」

「作戦は叫んじゃダメだろう。相手にも聞こえるんだから」


 二人は距離を取りつつ、大きく展開する。直線上にいても射線が通らないと踏んで、遮蔽物のない側面に回ろうとしたのだろう。


 口元に手を当て、通信をしていた、恐らくリーダーであろう男。リーダーであるなら当然、頭もキレるはずだ。今この状況において、最優先すべきは敵の数を減らすこと。となれば、先に倒すべきは……もう一人の男だ。


「よっ」


 ベルトから残りの煙幕玉を取り出し、地面に叩きつける。煙幕が十分に視界を遮ると、掴んでいた遮蔽物を、思い切り、リーダーの男の方へ投げ付けた。


「なっ、ぐぁあっ!?」


 奴らの装備に体温を検知する何かがあるのかは知らないが、煙幕の中から突然投げ付けられた、推定百キロオーバーで体温のあるものをすぐさま攻撃するのは難しいだろう。何せ、あの遮蔽物は味方なのだから。今向かってきているのが味方なのか、敵なのか、シルエットで判断することは可能だが、この一瞬で判断をつけるのは難しい……はずだ。


 直後に、背中から軽槍を抜く。持ち手を回転させて槍を展開すると、それを、煙幕が広がる直前までもう一人の男が立っていた場所に向けて投擲した。機械的な仕組みのせいで少しばかり熱を持ってはいるが……煙幕の中からなら、突然の一撃は避けられまい。


 ずぶり、という嫌な音が響く。どこから飛んできたのか、生暖かい液体が頬に付着した。命を狙われているのだから、最悪、殺してしまっても正当防衛ではあるが……すぐに反撃が来ないことを考えると、かもしれない。


 この一連の攻防で、少しずつ煙幕が晴れていく。視界の先にあったのは、腹のど真ん中を軽槍で貫かれたジャッジだった。即死ではない。軽槍は軽さを重視して攻撃性能を弱めたものだ。槍の先端辺りが突き刺さっているだけだし、今すぐに治療を受ければ一命は取り留めるだろう。


 そして……残ったリーダー格の男は、先ほど投げた遮蔽物がそのまま直撃したのか、尻餅をついていた。遮蔽物の男の体には銃で撃たれたような傷はない。やはり、あの一瞬で判断をつけるのは難しかったのだろうか。


 男はすぐさまこちらに銃口を向けた。が、銃が小刻みに震えている。まるで、恐怖心を抱いているみたいに。



 そんな男の様子に……俺は、何となく、違和感を覚えた。


「……? 何かおかしい……」


 何かがおかしい。そんな気がする。何がおかしい? この違和感は何だろうか?


 この装備は先ほど遭遇した連中と全く同じものだ。つまり、こいつらもジャッジという連中で間違いない。だが、どうにも……、




 そうだ。どうにも、気がする。


 ぴりりちゃんはジャッジと遭遇した時、戦うべきではないという判断を下していた。その様子から、俺はジャッジというのが、あれほどの威力の攻撃を有するぴりりちゃんでさえも戦うことを躊躇うほどの連中なのだと思っていた。


 だが、蓋を開けてみればどうだ。装備こそ立派なものの、戦い方があまりにも稚拙だ。一人目の男にしても、俺が接近した時に取るべき行動は『距離を取ること』か『近接戦闘に切り替える』ことだったのに、まるで素人のように、超至近距離での戦闘には向かないようなライフルを使おうとしていた。


 この男もそうだ。本当にリーダーであるかは別として、投げられた遮蔽物を避けることもなく受け止め、おまけに今は震えている。


 これではまるで……装備だけを着せた、全くの素人集団のようではないか。


「……お前たちは、本当にジャッジなのか……?」


 俺がそう問いかけると、リーダーらしき男は、突然発狂し、喚き始めた。


「お、おいっ……どうしたっ!?」

「死にたくないっ……死にたくないっ! 俺はまだっ……!」


 今度は、銃を捨てて接近してきたかと思うと、目の前で転び、這いつくばりながら俺の足にしがみついた。


「ちょっ、おい、何だいきなり!?」

「お、お前も……お前もっ!」


 直後、男の体が光り始めたかと思うと、視界が揺らぎ始めた。視界にノイズがかかったような感覚だ。この感覚には覚えがある。世界間を移動するムーバーを起動した時の感覚。


「おまっ……ここで戻って大丈夫なのか!? おいっ!?」


 この座標が、表世界上のどこに位置するのかは分からない。目の前の男は何かに取り憑かれたように喚いていて、話が通じない。何とか引き剥がそうと試みるものの、力が強すぎて剥がれない。


 徐々に視界が歪み、色が戻っていく。視界の端から、徐々に、綺麗な青色が広がっていく。



 綺麗な青色……いや、これは、水だ。



「ぶっ……う、海かっ……!?」


 海だ。水が塩辛い。見渡す限り陸地の一つも見えない、海原のど真ん中に放り出されたようだった。


 それに加え、足にはまだ、男がしがみついている。少しずつ、男の重みで海中に沈んでいくのが分かった。


「は、離せっ……一緒に死ぬつもりかっ!?」

「死にたくない、死にたくないっ……!!」

「死にたくないなら離せ、馬鹿っ!」


 何とか振り解こうともがくが、海中では上手く力が入らない。やがて、頭も完全に引き摺り込まれてしまった。


 男の装甲同士が上手く噛み合ってしまっているのか、男がもがくのをやめても、足から引き剥がれることはない。俺は俺で、突然のことで息を吸うこともできなかったために、それほど長くは対抗できそうになかった。


(まずいっ、このままだと息が……!)


 男の体を、右足で蹴る。しかし、剥がれることはない。ならばと、死ぬ気で浮上を試みるものの、これも上手くいかない。男は既に意識がないのか、うんともすんとも言わなくなっていた。まるで、足に巨大な石を結び付けられたかのような感覚だ。


(本当にやばい……もう、息がっ……)


 抵抗するたびに体内の酸素が失われるのが分かる。何をしようとしても、もう、空気が足りていない。


(く、そ……こ、こんな、ところで……!?)


 ぴりりちゃんや烈王の前で格好付けて飛び出してきたというのに、敵の攻撃でもなんでもない、ただの世界間の移動に巻き込まれ、最後は海で溺死するというのか、俺は。そんな馬鹿なことがあっていいはずがない。


 だが、現実は非情である。少しずつ意識は薄れていく。空は遥か遠くに見え、もう手が届きそうにもない。


(くそ……こんなことなら、最後にぴりりちゃんの配信が……見たかった……)




 そうして、薄れゆく意識の中、ぴりりちゃんの笑顔だけが脳に焼き付いて……そこから先の記憶は、存在していない

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