第2話 White game, another
「おい、準備は良いか?」
東村(ひがしむら)はPC越しのXに呼びかける。もちろん東村は緊張しており、PC越しのXが完全に黒地なので自分の焦点が合っているのかどうかも分からない。さらにその黒地に自分の顔が少し映っているので何やら変な光景になっている。
「はい、もちろんです。東村さんのタイミングで大丈夫ですよ」
その口調はもちろん丁寧。声のトーンも整えられており一定。営業マンとして適切過ぎる対応で、Xはこんなデスゲームを仕掛けるような雰囲気ではない。
いや、むしろこんなデスゲームだからこそ丁寧で相手を恫喝しない態度にしている?慇懃無礼が当てはまる?東村はそう逡巡し、即座に集中力を戻した。
前のPCを見ると、相変わらず真っ黒でその機械の妙な圧に気圧されそうになる。
「分かった。では話す。俺の良い所は―、一途に相手を好きでいることだ」
※ ※ ※ ※
俺には、好きな人がいる。
ただ、その人に声をかけたことはない。
その人に初めて逢ったのは、最寄りの街のカフェテリア。田舎暮らしの俺は時折そう
いったお洒落な所に行くのを楽しみにしていた。
そこで俺の斜め前のテーブルに座った彼女は―、綺麗だった。身長が高くトレンチコートが似合う女性。さらにダークブラウンに染めた髪が美しい。こういったものを俗に「一目惚れ」というのだろうか?
しかしあまりに凝視すると相手に失礼なので、俺は横目で彼女を追っていた。
それから俺はカフェテリアに行く日々が楽しくなった。
時間帯は朝。彼女は出勤前なのだろうか?俺も仕事はしているがリモートワーク中心で時間には余裕があった。そして彼女を見ていると毎日着ている服が違う。まあ当たり前と言えばそうだが、服のテイスト自体が違うのだ。可愛らしかったり綺麗だったり。見た目に意識が高いということはアパレル関係の仕事だろうか?俺は想像を巡らせていた。
ただ、俺は彼女に話しかけたことはない。迷惑がられるから?いやそれもあるがメインの理由ではない。俺は彼女を見るのが好きなのだ。遠巻きに彼女を見守る―。それが俺の日課となっていた。
そして俺は他の女性に興味がなくなっていることに気づく。昔も恋はしたことはあるが、彼女は別格だ。俺はそう思うようになった。
もちろん、今も彼女と話をしたことはない。つまりこれは片想いだ。でも俺はそれで満足している。彼女のことだけを考え、彼女を遠くから見守る。それを「一途」以外の何だと言うのだ?それを、俺の長所以外の何だと言うのだ?
※ ※ ※ ※
「なるほど。一途、ねえ……」
そう言うXの口調からは、Xの感情は読み取れない。
「そう、俺は一途。それは長所とは言えないか?」
「ハハハハハハ!」
Xはこういったシチュエーションの時、必ず高笑いをする。
「何がおかしい?」
「いえ、それは本当に長所と言えるのでしょうか?言い換えますと、それは本当に一途と言えるのでしょうか?」
「どういうことだ?さっき言っただろ!」
「確かにあなたは先程、一人の女性に対して一途だと仰いました。しかしそれはあなたの『片想いであるにも関わらず一人の人をを一途に愛している』という境遇に対して、言い方は悪いですが『恋愛の気分』になっているだけではないでしょうか?もっと端的に言いますと、『自分の一途さに陶酔している』『自分で自分自身に浸っている』だけのように私には見受けられます」
「……何を言っている!?」
「もう少し発言させて下さいね。そういった見た目やそういった雰囲気の女性なら、あなたは誰にでも恋をしてしまうのではないでしょうか?つまりAさんをBさんに交代して全く同じ条件にすれば、あなたは簡単に恋に落ちてしまうような気がします。なぜならあなたは『恋をしている自分に酔っている』からです」
「そんなわけないだろう!」
「では、あなたが一人の女性、本当に一人の女性に一途に恋をしていることを、論理的に証明して下さい」
こんなものは詭弁だ、こんなものはまやかしだ、そう東村は思ったが、反論する言葉が見当たらない。実はXの言うことは本当か?これだけ語られたら、そんな気もしてくる。
「反論が出てこないということは、あなたはそれほどその女性の方が好きではない、という風に解釈します。あなたはただ自分に酔っているだけ。それはあなたの『良い所』とは言えません。却下です」
全く論駁ができないのは自分の頭の回転が悪いだけなのか?それとも図星をつかれたからなのか?Xにそう告げられた東村は、その判断もできないでいた。
White Game 水谷一志 @baker_km
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