第9話 パリの恋人

 実際はクリスマスが終わってからフランスに行った。私は学校があったし、パパもママも仕事が入っていたからだ。クリスマスが終わっていても、パリはまだイルミネーションが綺麗だった。日本より寒かったけれど、石畳や、レンガの建物がまるで映画の世界に入ったような気持ちになる。


 久しぶりに会った晴さんに飛びつくと、私はお願いして、マカロンを食べに連れて行ってもらった。お城のような店内のお店だったから、もっと素敵な服で来ればよかったかな、と思ったけど、一応紺のワンピースでお嬢様風に見えるはず。このワンピースも晴さんがプレゼントしてくれたものだ。案内された席に着くと、

「灯花、よく来たね」と晴さんは言った。

「パパも来たがってたし。私も晴さんに会いたかった。あ、そうそう。告白してきた先輩、結局、私の友達と付き合って、そのあと、また別の子とも付き合ったから、大変だったの」と言うと、晴さんは声を出さずに笑った。


 パパとママは二人でパリの花屋に出かけている。その後、デートするらしい。

「晴さん、日本に帰って来ないの?」

「うん? 後半年くらいかな…」

「でも本当はずっとフランスにいることもできるんでしょ? パパが言ってた」

「そうだけど…」

「私、フランスに留学しようかな? パパだって、お花の仕事、フランスでやればいいし」

 運ばれてきたマカロンの大きさに驚いた。まるでどら焼きみたいな大きさだった。晴さんは紅茶だけ頼んでいた。カップを持つ指が長くて綺麗だ。

「やればいいって…。そんなに簡単なことじゃない」

「晴さん。うちのパパ、すごいの知ってるでしょ? お花のことは誰よりもすごいんだから」

「知ってる」

「フランス人もびっくりするよ!」

 晴さんはまた声を出さずに笑う。

「そしたら、またみんなで暮らせるし」

「…灯花。フランスに来たのはみんなから離れるためだったんだ」と晴さんが言った。 私は驚いて、何も言えなかった。


 ずっと一緒だった。

 生まれてからずっと一緒で、晴さんも家族で、私の一部のような気がしていた。


「みんなから…? パパからも? 私からも?」

 答えが聞くのが怖かった。私は知っている気がした。晴さんは答えないまま、優雅に紅茶を口に運んだ。


 滞在先はホテルじゃなくて、一日日単位で借りれるアパートだった。帰り道、私は晴さんと一緒にパリを歩けるのが嬉しくて、手を繋いで歩いた。セーヌ川を渡る橋の上で立ち止まって、エッフェル塔を眺める。寒くて震えていると、晴さんが後ろから抱きしめてくれる。暖かくて、力が抜ける。晴さんに嫌な思いをさせてから、まともに会わなかったので、ちょっとドキドキする。

「まるで恋人みたいに見えるかな?」とふざけて私は言った。

 晴さんがどんな顔をしているのか気にはなったけれど、見るのが怖くて、振り向けなかった。

 セーヌ川沿を恋人たちが歩いているのが見える。何を話しているのかはさっぱり分からないけれど、手を繋いで、くっつきあって、顔を寄せてキスをしたりしている。日本ではなかなか見ることができない景色が日常らしい。そこまで堂々としていると、あまり恥ずかしいと思えなくなってしまう、と格好つけながらも、やっぱり興味があるから、目で追ってしまう。

「灯花…」

「晴さん、何?」

「フランスに来てくれてありがとう」

 晴さんにそう言われて不思議な気持ちになった。まるで押しかけたような感じだったから、実際のところ、迷惑だったかもしれないと、内心思っていた。

「晴さんがフランスに逃げたのに、追いかけてよかった?」

「別に…逃げたわけじゃないから」

 アパートについて、暗証番号を押す。ビーと音がして、鍵が外れた。鉄のドアを押して入ると、すぐに小さなエレベーターと螺旋階段がある。

「先に、ママたち帰ってるかな?」

「さあね…」

「晴さんはやきもち焼かない? ママとパパと一緒にいる時」

「焼かない」

「ふうん」

  レトロなエレベーターに乗り込む。丸くて飛び出しているレトロな黒いボタンの3を押す。扉が開いて、内廊下に出る。右側に歩くとすぐのドアが借りてる部屋だ。

 私は鍵を渡されていたので、それで開けた。

「パパ? ママー」と二人を呼ぶ。

 リビングは静かだが、キッチンに二人いて、ママが泣いていた。パパが黙って、その場にいた。声をかけようとして、晴さんに手を引かれた。別に二人っきりにしてあげようという配慮じゃなくて、手を洗いなさいということだった。

「晴さん。…ママ泣いてた」

 洗面所で神経質に手を洗う晴さんは私にも手を洗うように促す。

「そりゃ、芽依だって色々あるだろ」

「…今、入って行ってもいいのかな?」と言いながら、手を洗った。

「じゃあ…、もう少し散歩しに行く?」

「それもいいけど…ママが気になる」

「じゃあ、直接聞いたら?」

 頷いて、キッチンに戻ると、涙を拭いたママがいて、パパが困ったような笑顔で「お帰りなさい」と言った。

「ママ?」

「…灯花。苦いマーマレード買っちゃって…」

「苦いマーマレード?」

 確かに蓋の開いたジャムの瓶がキッチンのテーブルに置かれていた。

「ちゃんと書いてたのに、フランス語が分からなくて…。失敗しちゃった」

「うん。でも…それで泣いてるの?」

「ラパンはもう大きくなったって」とパパがため息をついた。

 私は余計、訳が分からなくなった。晴さんは肩をすくめて、お茶を沸かす。

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