第12話 相対

「はぁ..はぁ..っ!な、なんだってんだ!クソ!」ダッダッダ


 と走りながら息も絶え絶えに悶絶するコウ。その耳を抑える左手からは血がポタポタと垂れていた。ワインのような深い色の血だ。

 コウを支えるラームは手の中でカチャカチャと金属音を鳴らしていた。


「で、それはなに?」

 マフェが彼の手に持たれているものを見て言う。


「この軽さ……そして」バス!

 

 と彼は持っていたうちの一本を近くの木へと投げつけた。すると刃物は易々と木を貫通しその奥へ飛んで行った。つけた傷跡は非常に滑らかで、年輪さへ見えるほどだ。


「この鋭さは……多分マカラかシタルで出来た短剣だろうな。小型ので触った感じ毒やら呪いやらの付加はなし。ただ単純に投げつけて来たと見える。策なしの力技、チンピラの盗賊か?」


「それじゃあ相手は複数人かな〜?」


「いや、多分違うんじゃ無い?」


——ヒュッ……カカカ

 話している最中にも背後からは執拗な攻撃が続く。例の刃物が幾本にも。ただ、ほとんどの飛翔物は彼等に到達しないか逸れるか。空を切り裂く音の後に、甲高い金属音が流れるだけだった。

 そんな様子を見たテトラは言う。


「一人でしょ。やっぱり」

「ふーん、そうだね。一人だ…ま、何人であろうとこのチームで居る内は絶対誰一人殺させはしないさ。現地集合で!」ザスッ


 ダントは踵を返してナイフが飛んでくる方向へ思い切り走り出した。彼女の手には何も無く、ただ拳を握った。そして姿勢を低くして腕を上げ、構えを取る。

 そのまま刃が髪をかすめるほど最小限の動きで避けながら、荒れた森の道を難なく進んで行った。その姿はまるでボクサーのように身軽だ。


「見えたっ!」


 彼女の青い目が元凶を捉える。その者は白いローブを纏っていた。胸の辺りにインクで雑に塗ったような模様がある。円、それか球に一個の輪がかかった見た目だ。

 そして特徴はもう一つ。それは手に握られた銀色で曲がりくねった刃物である。


 彼女はソレを見た瞬間に嫌な気配を受け取った。まるでその得物の周辺だけ空間が歪んでいるかのように見えたのだ。


「よーし!」


 だが怯まずに真っ直ぐに向かった。

 白ローブの者は背中を向けて逃げ始める。速さは彼女よりは遅かったが、地形を無視するがの如くの身のこなしで上手く逃げ続けていく。


 しかし10分を超えるだろう鬼ごっこの後、崖へと追い詰められた。


「……」チャッ


 その者は切先を彼女に向けて迎撃の構えを取る。すぐ後ろを追っていた彼女との距離はぐんぐんとついには近くなり、あの歪な刃が先に動いた。


「フン!」


 と低い唸り声と共に大きく振り下ろす。しかしその動きは彼女が手首を取るのには十分過ぎるくらいに鈍重だった。


「よいしょー!」グッ

——ドン!


 ダントはその者の首を前からガッチリ掴むと力任せに勢いよく押し倒した。土が宙を舞い、白いローブに赤色がつく。


「(…軽い?偽物か!)」


 彼女がそう思った時、捕まえていた者の姿がパッと煙となって消えた。彼女は体を上げて己の手を見た。


「殺し損ねちゃった。不甲斐ないね」


 一方その頃、残りの四人は森の中の洞窟へと傷の治療するために隠れていた。マフェが汚れを取り除くという魔法を掛けた後、荷物から包帯を出すと首尾良くコウの傷に巻いていく。


「にしてもアイツお前を狙ってたな。知り合いか?」

「いや知らん。知らない奴だ。神に誓っても良いぞ」 

「そうなの?じゃあ本当に盗賊なんじゃない?……あー分かったコウ君が弱そうに見えたから狙ったって訳でしょ!」

「おい怪我人だぞ。心への配慮を大さじ一杯頼む。そんでこの後どうするんだ?」

 

 そう言って短剣を弄っているラームに顔を向けた。彼は少し考え込んで言う。


「基本続行だ。がコウが帰るというならばテトラを残して俺らも帰る。死なれたくないんでな?」


 それを聞いたテトラはえーっ!と苦い顔をした。


「せっかく皆来るから楽になるって思ってたのに〜」

「もともとテっちゃんへの依頼でしょ。我慢して。それで、どうするのコウ。続ける?帰る?」


「そりゃ続けるがな」

「やった!コウく〜んありがと〜!」

「えぇ……」


 と少し休んでから彼等は十分な警戒を行いながらまた進み始めた。


「(はぁ……こんなんじゃ命が幾つあっても足らん………それにしてもあのナイフ……あてつけってやつか?ねぇ?)」


・・・


「は……は……はー」

 大木の根に腰を下ろすは薄汚れたローブの者。赤茶色に染まってしまった背中を気にしながら懐からとあるものを出す。

 それは色褪せた[写真]であった。そこには一人の幼い男児とその両親と思われる男女が居た。遊園地のような場所で仲睦まじく並んでいる。

三人は笑顔であった。


「オモロイヤンケー アー オモロイワー…」


 その者は無機質に呟くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

やがて箒星と共に逝こう ポリニンゲン @hikaemenaG

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ