第6話「光輪」
【光輪】
個人に宿る後天的な能力。
現在確認されている発現者は、形状に差異はあれどいずれも頭上に光の輪が浮かんでいるため、この能力を『光輪』と呼称する。
これまでに観測された光輪発現者は、いずれも『四散』によりコロニウムが落下した地点で観測されている。通常、そのような環境下では耐性のある者以外は短時間で死に至る。そのため発現者は全員、コロニウムに耐性のある人間であると考えられる。
追記:親しい人間の死、あるいは単純に周囲で起きた大量死により、発現者は恐怖や絶望、悲嘆など何らかの強い感情、もしくは親しい人間の死を拒絶するなど何かしらの願いを抱いていた可能性が高い。そのため関与の可能性については要検証だが、主に能力の方向性に関しては意識の状態が関与している可能性。
光輪の人為的発現。また、高濃度のコロニウムに耐えうる肉体の条件を明らかにすることを最終目標とした一連の研究を『揺籠計画』と呼称し、我々マギアの最重要事項に加える。
あとは実験体となる人間を用意すれば『揺籃計画』を本格的に始動することができるだろう。光輪が発現する条件次第では強大な力が簡単に手に入る。条件を自分で満たすのが困難なら、光輪が発現したばかりの個体を捕らえ、制御してしまえばいい。
追記:スペクトラム状態のコロニウムに耐え、なおかつ強い感情を生じやすく精神的に不安定な個体が望ましい。
✢✢✢
どこまでも平坦で一切の感情を排除しているようで、その背後にある欲望が見え透いているような、そんな言葉の羅列だった。人のことを、目的のために利用する資源としか思っていない。本の端を握る手に、思わず力が入る。
「……っ」
いくつかの謎が解けると同時に、酷く嫌な気分だった。あの白い地獄の正体は、つまりそういうことだろう。私に宿った『光輪』とかいう得体の知れない力を手中に収めるために、無数の命を、心を試金石にする。そんな狂った場所だった。
「ナイン……?」
何度も繰り返したあの時間を思い出す。緑の光。悲鳴。血の匂い。私の痛みも、番号も名前も知らないたくさんの誰かの死も、全部がここに記された言葉から嫌というほど漂ってくる、薄汚い強欲のためでしかなかったというのか。
これは怒りなんだろうか。私は今、
「ナイン!」
「ぁ、…………」
至近距離で響いた声に思考の渦から引き戻されて、気付けば心配そうに揺らぐきんいろの瞳が、こちらを覗き込んでいた。
「大丈夫……? また、あの場所にいたときみたいな顔してたから」
透き通った高い声に、心を満たしかけていた行き場のない感情が、嘘だったかのように優しく溶けていってしまうのを感じる。……全く、何をやってるんだろう。強張っていた呼吸を
「ごめん。ちょっと、思い出しちゃってただけ」
「……ナインは、ずっとあんな光景を見てきたの? 私の時が初めてなんかじゃない、よね」
「うん。正確な回数はもう分からないけど、少なくとも……百は下らない気がする」
「ひゃく……っ」
触れ合った肩から、息を飲む気配を感じる。無理もない。私自身、どうして壊れずに居られたのか分からないほどの回数だから。……今でも思い出すだけで、正直、身体も心も震えが止まらなくなる。
「死ぬと分かってる子たちを眺めて、その子たちが死んで……その繰り返しで、途中から麻痺してきてた。そのくらい繰り返したにしては残ってる記憶は少ないけど……って、フィフティ?」
「……っ?」
ふと視線を、脳裏に浮かべた記憶から隣のフィフティに戻せば、見慣れたきんいろから涙が滲んでいた。
「もう、どうしてフィフティが泣いてるのさ」
「……ぇ」
私の言葉に己の頬を拭って、ようやく自分が流している涙に気が付いたのか。いつもの明るく透き通るような声とはまた違う、震えと涙を纏った声音。
「なん、でだろ……わかんない。私が見たわけじゃないのに、ナインの感じてたこと、想像することしかできないのに……っ、なんか、なみだ、止まんなくて……」
あなたもそんな顔するんだ。
きんいろから零れる透明に、驚きより先に、そんな言葉が私の脳裏に瞬く。
「……ありがと」
後ろから覆い被さるようにして、そっと腕を回す。
「っ……どうして」
「どうもこうもないよ」
私の傷に泣いてくれて、こうして隣に居てくれて、何より出会ってくれて。心の中で呟いたそんな続きは伝わる筈もないから、戸惑って揺れるきんいろと息遣い。間近で感じる感情も、綺麗な白い髪も、私より少し高い、このまま眠ってしまいたくなるくらい心地良い体温も。確実な喪失に怯える必要のなくなった今でも、心の何処かで思ってしまう。私の隣は勿体ないんじゃないかって。だから。
「ありがと、隣に居てくれて。それだけでもう、私は苦しくなんてないよ」
「……ほんと?」
そんな自信なさげにしないで、私の
「うん、ほんと」
私の返答に、フィフティは少し間を置いて、そしていつもの陽だまりみたいな微笑みを灯して、自分の身体に回された私の手を握った。
「……えへへ、なら、これからも一緒に居るね?」
「……うん、」
私が肯定の言葉を返そうとした、その時だった。
コツン、コツンと。
私たちを包む金色の光を除けば薄暗い闇が支配する図書館に、硬質な足音が響き渡る。まだ遠くから。けれど音が響くたびに確実に近づいて来ている。
……緩んでいた思考が一瞬にして冷めていくのを感じる。強張るフィフティの息遣いを尻目に周囲に視線を巡らせる。隠れられそうな場所は……ない。私の『光輪』とやらも使い方はさっぱり分からない。これに頼るわけにはいかない。
お互い無言のまま目を合わせて、頷く。言葉にしなくても意図は伝わる。逃げると。
腕を解いてゆっくりと立ち上がる。音を立てないように、けれどできるだけ早く。音からして、足音の主はもうすぐそこまで来ている。
私がフィフティの手を引いて一歩を踏み出す。
声が聞こえたのはそれと同時だった。
「おや、
視線だけを動かして
逃げようとしていた足を止める。
「――ナイン!?」
「……大丈夫、少しだけ待ってて」
握ったままの手と視線で逃げようと訴えてくるフィフティに、そう伝えて正面に向き直る。……私たちを追っている様子でもないのにこの場に現れたということは、この図書館は悪魔たちの住処の一部と考えたほうが自然だ。闇雲に逃げても、どうせ捕まる。
それにこいつはあの時、私を意図して『逃がした』悪魔だ。今も捕まえようとする気配は感じない。他の悪魔と何かが違う。下手に逃げて他の悪魔に見つかるより、こいつだけに見つかっている今のほうがまだマシ。そこまで考えて、私は慎重に口を開く。
「……あなたは、あの時の」
「あぁ、覚えていたか。それでどうだ? 光輪の使い心地は」
「……便利だよ。詳しい理屈は知らないけど」
馬鹿正直に使い方が分からない、なんて言う必要はない。逆にこうして見つかってしまった以上、知っているフリをしながら使い方を聞き出すしかない。私たちよりよっぽど深くこの力について知っているであろう、こいつから。
「そうか。もしこの場から消えずに話をしてくれる気があるのなら、幾つか聞きたいことがある」
……よし。この場の主導権は、ひとまず握った。
「いいよ、言ってみて」
「先ず最初に。光輪が生じる前と後で、何か感覚に変化はないか?」
「感覚……?」
「……おや、ないのか。未知の力を操る以上、それを知覚するための我々には無い感覚、もしくは五感の進化とでも言うべき何かがある……俺はそう踏んでいたんだがな」
記憶を探る。あの列車以外に、何か不思議なものが見えたり、聞こえたりしなかったか。何か――
「あ、」
「どうした?」
「……あなたには、これが見える? 私たちの周りにある、金色の光」
「ふむ……?」
遠くから道を描いていると分かるくらい、この光は遠くからでも見えた。けれど私たちを見つけた時の反応からして、こいつには見えていないのではないか。……見えると言えば、光は私だけでなくフィフティにも見えているし、曖昧な反応しか考察材料はないけれど。
「見えないな。であればお前に見えているその光が、光輪が操っているものの正体か……聞かせてくれ。それはどんな形で、お前の力にどう反応する?」
「光、としか言いようがないよ。反応は……」
ぼんやりと光る金色の光。蛍のような粒。……これを、操る?
フィフティの手を握った左手はそのままに、右手を前に掲げる。操作と言っても、私にイメージできるこの光の『動き』というものはそこまで多くない。だから思い浮かべるのは、列車の中で見た渦。たくさんの流れが、一点に収束するあの光景。
「……わ、」
フィフティが思わず、といった様子で声を漏らす。
金色の嵐があった。緩やかに揺蕩っていた光の粒たちが、一瞬にして私が掲げた右手を中心に渦巻く。髪も服も
「ごめん、反応も感覚も、上手く言葉にできない」
金色の風の向こうで答えを待つ悪魔に、苦笑気味に笑っておく。数秒前までは得体の知れない力でしかなかった『光輪』が、まるで元々身体の一部だったかのように感じられる。呼吸よりも当たり前の感覚を、説明するのも馬鹿らしい。
「ハッ、その様子だと今の一瞬で掴んだようだな。何よりだ」
「……バレてた?」
「あぁ、場の主導権を取りに行く頭の回転の速さは悪くなかったが……本当に光輪を掌握しているなら、そもそも俺なんかに頭を使う必要もないだろう?」
それもそうか。結局、最初から
「結局あなたは、何がしたいの? 私を捕まえなくていいの?」
あの時も、今も。私を後押すようなことばかり言って、何の見返りも求めない。私たちに都合が良すぎる行動の理由は。
「そんなものに興味はない。それだけだ。……これ以上聞くことがないならさっさと消えたほうがいいぞ。面倒なことになる」
その言葉に耳を澄ませば、確かに足音がもうひとつ、この場に近付きつつあった。
「……また会いに来るよ」
「好きにしろ」
収束する金色の光に意識を戻す。理屈も何もない、魂か本能とでも呼ぶべき部分で確証があった。今ならできると。
「行くよ、フィフティ」
「っ……うん!」
フィフティの手を強く握る。
掲げた右手の親指と中指を重ねて――ただ、指を鳴らした。
パチン、と。
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