第7話

 相変わらず啓一は魔術の授業で魔法を使えずにいた。

 麻乃も今日は啓一の為に魔法の補助装置を持ってきていた。

 

「うーん。なんで魔法が使えないのかしら?」


「すみません」


 啓一は補助装置を使い、魔力を収束まではうまくいっていた。

 しかし魔術陣を利用して魔法の構築をすることはできずにいる。


「啓一くんは、魔法って言うのはこういう風に使うんだよ!フラワーガーデーン!」


 恵は啓一を励ますために、フラワーガーデンというあたり一面に花を咲かせる魔法を行使した。

 これには自由に授業をしていたクラスメイトや麻乃までもが驚いている。

 フラワーガーデンの魔法は麻乃も使えるがここまでの規模で魔法を使う気にはなれなかった。

 この魔法の種類は創造に入るからだ。

 炎や水などの元素として単純なものと違って植物は色々な細胞で構成された生命体な為、ここまでの行使となると魔法行使を誤れば反動が脳にフィードバックしてしまう。

 自分よりも遥か高みにいる魔導士というのが、麻乃が恵に対して抱いている評価だった。


「流石ね高須さん」


「すげぇな。これ何の意味があんだ?」


「かわいいでしょ?」


「うーん・・・そうだな」


「え?蘇我くん?」


 まさか啓一の口から、かわいいという言葉を肯定するものが出るとは思っていなかった為、麻乃は思わず啓一の名前を口に出す。


「先生、俺もこれができるようになりますか?」


「え、あ、できるようになるわよ!魔力はあるもの」


 ここまでの魔法を行使して、魔法のフィードバックが脳に行かないか心配だったが、ここで生徒の可能性を切り捨ててはいけないので野暮なことは言わなかった。


「ところで先生」


「何かしら?」


「中村先生って逃げましたか?」


「ッ!?」


 まさかの啓一からの言葉に思わず反応してしまった為、麻乃は咄嗟に口を押えるも遅かった。

 

「わかりやすいな」


「麻乃ちゃんはもっとポーカーフェイスを身につけたほうがいいよー?」


「な、なにを言ってるんですか!?中村先生は休みです!朝礼でも聞いたことでしょう?」


「そうだな。なんでか知らないが隠す理由があんだろ?」


「だから、休みだと・・・」


「わかってる。中山先生は休みだ。変なことを聞いて申し訳ありません」


 そう頭を下げると啓一は再び魔法を構築し始めた。

 最も魔法の行使まではうまくはいかなかったけれど。

 麻乃はその場に座り込んだ。

 そしてその横に恵も同じように座り込む。


「中山先生って逃げちゃってたんだ。啓一くんどうして気づいたんだろ?」


「驚いたわ。でも彼も元勇者なんだろうし、何か特別な・・・それこそ心が読めるような祝福ギフトを受けたんじゃないかしら?」


「祝福・・・そうかもね!」


 少しだけ恵は俯いたが、すぐに笑顔で言う。

 異世界に呼ばれた人間の中には一部祝福と呼ばれる異能を手に入れて帰ってきた人間もいた。

 それは未来を視るものだったり、相手の思考を読むものだったり様々な祝福が存在した。

 麻乃は祝福を受けたわけじゃないので、それがどう作用しているかはわからなかった。


「麻乃ちゃん、隠し事をするときは笑顔でいる方がいいよ?」


「そうね。確かに向こうの世界の貴族のご婦人にはそう言われたこともあったわね」


「笑顔って、一番疑われないからね。でも笑顔で対応するのもデメリットはあるんだ」


 恵は言葉の後、すっと表情を消して立ち上がり麻乃を見下ろしている。

 それは、昨日啓一に向けられた目と同じ目をしている。

 しかしすぐに恵は笑顔に戻る。


「ね?ちょっと怖いでしょ?」


「え、えぇそうね」


「笑顔って裏の顔のいい隠れ蓑だけど、その仮面が剝がれると、その裏の顔が相手に一生脳裏に焼き付くことになる。要するに信用できなくなるんだ」


「失礼で聞くけど、高須さんもそんな経験が?」


 麻乃がそんな質問を投げかけてくると思っていなかったので、少しだけ困った笑顔を向けながら口に指を充てた。


「女の子は秘密が多いほうがモテるんだよ?だから先生にもそれは教えなーい」


 それは経験談だということは麻乃にもわかった。

 だからこそ、麻乃も恵に倣って笑顔で返す。


「ふふっ、確かに笑顔って隠し事には向いてるわね」


「でしょ?」


 恵はくるくると身体を回転させながら啓一の方へと戻っていった。

 異世界で苦労したであろう二人の姿を見て、麻乃は今朝方に教師が集められ神域学園の理事長が話をしたことを思い出している。

 

「郊外は禁止するが、中山夏宗が行方不明だ。今日ニュースになると思うが、中山のパーティメンバーを含めたBSFの警官10名が何者かによって意識不明に追い込まれた」


「理事長よろしいですか?」


「話は最後まで聞け検見川。まぁいい、なんだ?」


「BSFの警官って勇者ですよね?」


「そうだ。話を戻すがその意識不明の10名がまぁ素行に問題があってな。不正の数々が見つかったんだ。彼らは意識を取り戻し次第、懲戒免職から国の管理下に置くことになった。そして中山夏宗にも不正に関与した疑いが掛かっている」


「それを察知されたか今朝、行方を眩ましたってところか?中山は教師陣の中で戦闘力は一番高い魔剣士だぞ?精々対抗できるのは本郷先生くれぇだろ」


「馬鹿言うな八幡。俺は剣士で魔法があまり得意じゃない。魔剣士になんて勝てないぞ」


 教師陣が騒ぎ出すが、理事長が手を叩きたしなめる。

 すると教師陣はすぐに話すのをやめ、理事長へと意識を向けた。


「落ち着け!現状生徒で対抗できるとされるのは津田詔司のみだ。校内では津田と本郷の二人に教師陣がいるから問題ないが、校外はそうもいかん。故に細心の注意を払って授業に取り組むように」


「「はっ!」」


 そうして各自授業中に中山が生徒の誰かを人質に取らないかに気を付けて授業を行っている。

 麻乃は啓一と恵、二人の仲睦まじい姿を見て、教師としてこの笑顔を護らないといけないと誓った。

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